部活動における男性間のセクシャルハラスメント。その問題とは?(写真:m.Taira / PIXTA)

部員に対する強制わいせつ罪で起訴されていた大阪市の私立高校野球部コーチだった被告(31)が9月13日、部員に性的暴行をしたとして、強制性交等致傷の疑いで大阪府警に再逮捕された。

同被告は8月にも同じ性的暴行の疑いで逮捕・起訴されており、被害にあった球児は50人以上いるとされる。被告は高校時代に甲子園出場経験があった。

「気合入れのために」全裸ランニングのケースも

スポーツ環境におけるハラスメントを研究する明治大学政治経済学部の高峰修教授は「部活動顧問による性虐待の被害は女子がほとんど。被害対象が男子というケースはほぼ聞いたことがない」と驚きを隠せない。しかも約10年にわたり50人以上と、大量の被害生徒が出ていることは、非常に衝撃的だった。


日本の部活動の指導現場における男性間のセクシャルハラスメントは、一例ある。2005年に中国地方の私立高校野球部で、顧問教諭が部員を全裸でランニングさせた事実が報道された。

2002年から行われていた通称「フルラン」は、顧問が指導の際に暴力をふるったことによって明るみになった。暴行と強要の疑いで逮捕・送検され、懲役1年6月、執行猶予3年の有罪判決が言い渡されている。

加害教諭と被害生徒2人をヒアリングした高峰教授によると、雨中の練習後にふざけてベースランニングしていた部員に顧問が「どうせシャワーを浴びるのだから裸になってランニングしろ」と命じたのを機に、その後は「気合入れのために」全裸ランニングを数回やらせたという。

「最初は悪ふざけでやらせたことだったが、当然だが全裸で走ることに抵抗のある部員もいた。保護者が問題にして強要罪になったので、今回の性虐待と内容は違うが、同性の教え子に対し行ったセクハラ、強要という部分で既視感がある。ただし、今回の事件は明らかな性虐待。誰にも言えなかった生徒たちに与えた心の傷の深さは計り知れないし、将来にまで心理的に影響が及ばないか心配だ」(高峰教授)

高峰教授が憤るように、これだけ大量に、長期間にわたって性虐待が隠し続けられたのはなぜなのか。そこには、男子部員が被害を言い出しづらい5つの理由が横たわる。

1つめは、圧倒的な主従関係を背景にした、指導者による支配力が部員を黙らせていることだ。冒頭に伝えた大阪の私立高校での事件でも、メンバーを決めていた被告に「逆らえばレギュラーを外されるかもしれない」と部員が吐露している。甲子園を目指すような学校では、野球で生きていこうと決めプロ入りを目指す球児は多い。

「不祥事が公になれば、活動停止、大会への出場停止といった処分が下される。このような性虐待はほかにもあるのではないか。決定権をもつ人から「嫌だ」と感じることをされたとしても、なかなか言い出せないもの。レギュラーに選ばれないとか、大学への推薦をもらえない、さらには指導をしてもらえなくなるといったパワハラを受ける可能性がある。このような理不尽な力関係こそが、セクハラという問題の本質だ」(高峰教授)

社会の偏見にさらされる被害者

2つめは、男らしさの刷り込みだ。「ニッポン男児」と呼ばれるように男は強くあらねばならないと抑圧される文化が、被害を訴えるハードルを上げる。

「暴力根絶宣言がされてから8年になるが、部活での暴力がいまだに散見される。その背景には、男子が体罰を受けても歯を食いしばって頑張るというようなことを『男らしさ』として、それを受け入れる風潮があるのではないか」と高峰教授。

そのため、性被害を受けた男子を、男らしくない、弱々しい存在に捉える社会の偏見はなくならない。被害男子は「こんなことをされたダメな俺」と人格を破壊されかねず、女子以上に周囲に訴えるハードルが高くなる。性被害に遭った女子は、例えば「隙があったのでは」「同意では」といったスティグマ(偏見)がつきまとうが、男子の性被害に対しては「女子に対するものとは異なるスティグマが、日本の社会には根強い」と同教授は見る。

「東京オリパラで、セクシャルマイノリティーの選手が積極的に発言する機運が高まり、同性愛の人たちへの理解や認知が進んだ。そのようないい流れを止めてしまってはいけない。大阪の野球部コーチの一件で、ゲイ男性は危険というようなレッテル張りにならないか心配している」

3つめは、男性は被害に遭わないという社会の思い込みがある。なぜなら、学校現場での女子への性被害は日常的に報道される。例えば9月には、兵庫の県立高校で顧問を務める部活動の女子生徒にわいせつな行為をしたとして、30代の男性臨時講師が懲戒免職にされた。また、沖縄県那覇市立の中学校内で、部活動の副顧問だった40代男性教諭からキスをされるなどわいせつ行為を受けた当時3年の女子生徒が後に自ら命を絶っていたという報道も記憶に新しい。

わいせつ行為やセクハラで2019年度に懲戒処分を受けた公立の小中高校などの教員は273人と、過去2番目に多い。文科省は、児童生徒に対するわいせつ行為は原則として懲戒免職とするよう各教育委員会に指導している。

被害児童生徒の男女の比率は不明だ。高峰教授は「女子が圧倒的に多いと思うが、学校の男性教員が男子児童にわいせつ行為を行ったという報道は少なくない。表面化している男子への性虐待は、氷山の一角ではないか」と言う。

思えば、#MeToo運動を機にカミングアウトしたり、賛同する声をあげるのは女性が多い。被害男性たちの「僕も」は一部で報道されたものの、特異なケースと思われがちだ。

保護者世代の性へのタブー視がある

4つめは、保護者世代の性へのタブー視だ。そもそも性についてオープンな会話があまりなされない土壌のため、息子への性被害を予測している保護者は少ないだろう。したがって被害男子が、親の混乱を思って口をつぐむことも考えられる。女子生徒が母親に訴え、母親も率先して救うケースはあるが、異性の母親には言いづらい。そのうえ、同性の父親には「男らしさ」を求められて育つことのほうが多いため、打ち明けづらいだろう。

これに対し高峰教授も「保護者の影響は、確かにある。性虐待を予防するためにも、男らしさにこだわらず、自分の子どもも被害に合うかもしれないという可能性を考えてほしい。また、日ごろから『何があっても君の味方だ』ということを伝えることが大切」と話す。

5つめは、指導者との密接な関係性だ。これは男女に共通することだが、コーチが部員と寮で共同生活をしている学校部活動は少なくない。学校生活以外の共有する時間が長く、なおかつ、そこには社会と隔離された空間がある。

寮の門を閉めてしまえば、もしくは「監督室」のドアに鍵をかければ、容易に密室になる。異性の選手との面談やマッサージなどをする際はドアを開けておくなどと注意を促す競技団体もあるが、異性に限らず徹底させるべきだろう。

さらにいえば、生徒の心情を思いはかることが重要だろう。指導暴力の取材をすると、よく聞かれるのがこの言葉だ。

「みんな我慢していたから、自分だけ弱音を吐くことはできなかった」

暴力や理不尽な指導が、法的に暴行罪などにも問われると考えていないことが多い。この、スポーツに必要な強固なチームワーク、絆が、裏目に出ることがあるのだ。

以上のような5つの理由を理解し、性虐待を嫌悪する社会を形成することは必要だ。そのためには、「スポーツ現場の暴力やパワーハラスメントをなくし、部活動を正常化することが必須だ」と高峰教授は力を込める。

男子への性虐待は、世界的な問題

同教授も寄稿した『スポーツの世界から暴力をなくす30の方法』(合同出版)の制作に協力した国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)は、日本の指導現場で暴力や暴言がはびこる実態を調査した。スポーツに関連する5団体とともに10月12日、スポーツ庁及び東京オリンピック・パラリンピック組織委員会に対し暴力を根絶するための専門的な独立機関設立を求める要望書を提出した。

HRWのグローバル構想部長を務めるミンキー・ウォーデンさんは、男子への性虐待について「日本だけではなく、世界的な問題だ」と訴える。

「少女だけでなく、少年もまた性虐待を受けやすいのに、報告しにくい。(少年への)すべての虐待は明るみにならない実態がある。例えばハイチの調査では、ハイチのナショナルフットボールチームで子どもの頃に虐待を受けた男性に何人かインタビューした。彼らはコーチと一緒に生活しなければならず、虐待によるトラウマ、PTSDが残っている」

男の子には関係ない──。そんなタブー視や黙認をせず、現実に向き合うことが必要だ。