東急目黒線の運転士たちが、消費電力を抑える運転方法を編み出した(写真:東急電鉄)

コロナ禍による利用者数の低迷で苦境が続く鉄道。各社は列車本数の削減や終電繰り上げなど、運行コストを少しでも削減するための施策に追われている。

そんな中、東急電鉄目黒線の運転士たちが、新たな設備投資などの費用をかけずに運転方法の工夫だけで消費電力を減らす方法を編み出した。

「新ECO(エコ)運転」と銘打った運転手法を考案したのは、東急目黒線の運転を担当する奥沢乗務区の運転士(運転士兼車掌)たちだ。新エコ運転導入後の2021年4月とコロナ禍前の2019年4月を比較すると、電車1両を1km走らせるために必要な電力量を1カ月当たり約13%削減した。

どう走れば消費電力を減らせるか

「エコ運転」そのものは新しい取り組みではない。目黒線では、2011年の東日本大震災後から節電を目的として実施してきた。ただ、従来は11〜16時台に運行する、急行との待ち合わせがない各駅停車のみに限られていた。

今回の新エコ運転は対象を終日・全列車に拡大。「先輩たちが取り組んできた手法をさらにブラッシュアップして、運転士として固定費の削減に貢献できないかという取り組み」と、同乗務区の羽野洋平さんは説明する。

エコ運転の基本は自動車の省エネ運転テクニックと同様、不要な加速を抑えることだ。定められたダイヤの範囲で運転できるのであれば、スピードを一気に上げてから急減速するよりも、一定の速度で加速をやめてゆっくり走ったほうが使うエネルギーは少なくて済む。運転士たちは、どの程度の速度で走れば定時運行を維持しつつ電力の消費を減らせるかのバランスを探り、新たなエコ運転の手法を編み出した。

新しいエコ運転は、従来と比べて速度を大幅に落として走る。例えば田園調布駅から多摩川駅に向かう場合、従来は時速75kmまで加速していたが、新エコ運転では時速45kmになった時点でノッチ(自動車のアクセルに相当)をオフにして加速をやめ、あとは動力を使わず惰性による「惰行」で走る。走行速度は遅いものの、その分ブレーキを使う時間が短くなるため到着時間の差は数秒だ。


運転席から見える位置にある加速の目安。各停・急行ともに時速60kmまで加速してノッチを切れば「エコ運転」ができる。隣の三角は行き過ぎて停車位置を修正する場合、ノッチを使わず勾配を利用してバックできるという印だ(記者撮影)

時速何kmまで加速するかは駅間ごとに異なり、各駅のホームドアの裏には運転席から見える位置にノッチをオフにする速度の目安を書いたシートを貼っている。速度は各駅間ごとに計算して定めてあり、この目安に従って運転すれば、電力消費を抑えた運転ができるという仕組みだ。各駅停車の場合、従来と比べてノッチを使用する時間が1往復(日吉―目黒間)あたり30%減ったといい、使う電気も少なくなったことになる。

一方、エコ運転は駅間の所要時間が多少伸びるため、駅の停車時間がある程度短くなるのは避けられない。だが、目黒線ならではの強みがある。「ワンマン運転のため、ハンドル操作もドア操作も自分でやる」(奥沢乗務区・新山竜介さん)ことだ。運転とドア開閉を1人で行うためタイムラグが少なく、停車時間が短くなる分をカバーできるという。

勾配を生かして自然に加減速

急行は各停よりも効率がよく、ノッチの使用時間を従来比で40%削減した。その秘密は「勾配」だ。

例えば大岡山駅から武蔵小山駅までの区間には上り・下りの両方の勾配がある。大岡山を出発するとしばらくは上り勾配で、1つ目の通過駅である洗足を経て次の通過駅の西小山までは下り勾配、そして同駅付近から停車駅の武蔵小山までは再び上り坂だ。

この線形を生かし、急行の場合は「大岡山を出て一度ノッチをオフにすれば、あとは武蔵小山に着くまでハンドルを操作しない」(奥沢乗務区・竹内奏真さん)運転方法を編み出した。大岡山を発車後、時速52〜53kmまで加速したところでノッチをオフにし、あとは下り勾配で加速。停車駅の手前は上り勾配で自然に減速していくという仕組みだ。

目黒線は「ATC」(自動列車制御装置)を導入しており、指定された速度を超えると自動でブレーキがかかる。このブレーキは衝撃があるだけでなく、自動減速した後に再加速すればノッチを使う時間も増えてしまう。だが、今回の手法であれば、発車から停止まで一度も制限速度のコードに当たって自動減速することなくスムーズに走れるといい、不要な加減速がない分乗り心地の向上にもつながる。

同線は駅の停止位置に自動で停まる「TASC」というシステムを使っているため、停車時のハンドル操作は不要だ。「うまくいけば、上りの急行は6回ハンドル操作をするだけでいいくらい」と羽野さんはいう。

操作もシンプルな新エコ運転。だが、この手法を確立するまでにはさまざまな試行錯誤があった。

新エコ運転を考案するきっかけになったのは、コロナ禍前に始めたラッシュ時の運転方法研究だったという。朝ラッシュ時は列車本数が多いため、先行列車に追いついて駅と駅の間で停まってしまうこともあり、「とくにカーブの区間で停まると、車体が傾いているのでお客様にはきつい状態になってしまう」(羽野さん)。駅間で停まることなく運転するためには、極力ノッチを使わずにゆっくり走ることだ。そこで気づいたのは、「ノッチを使わずに走れるのであれば、朝ラッシュ時もエコ運転ができるのでは」ということだった。

その直後、コロナ感染拡大が深刻化。鉄道の利用者数が減少する中、運行コストの削減が重要な課題となった。一方で、利用者減はエコ運転導入にプラスとなる面もあった。駅での乗降時間が短くなったことだ。エコ運転はスピードを抑えるため駅間の所要時間がやや延び、駅での停車時間は短くならざるをえない。このため混雑が激しい時間には導入しにくかったが、利用者減で乗降時間が延びることが少なくなり、ラッシュ時もエコ運転ができる可能性が高まった。

「トロトロ走らない」がコンセプト

新エコ運転の研究は2020年の7月ごろスタート。羽野さん、新山さん、竹内さんと、当時奥沢乗務区に所属していたもう1人の運転士による4人のチームが中心となり、ダイヤを維持しつつどこまで電力消費を減らせるかを探る取り組みが始まった。コンセプトは遅延を発生させないこと、ノッチを入れる時間を1秒でも減らすこと、動力を使わず惰性で走る「惰行」の時間を長くすることだ。


「新エコ運転」開発の中心となった3人。左から竹内さん、羽野さん、新山さん(記者撮影)

そして、もう1つの条件は「トロトロ走ってお客様に不快感を与えないこと」(羽野さん)だ。チームメンバーは非番の日にさまざまな路線に乗り、低速でもどの程度のスピードなら不快感がないかを調査。その結果、時速40km以上を1つの目安とすることに決まった。

各駅間でどの程度まで加速してノッチをオフにするかの目安は、チームメンバーが日々の乗務の中で試行錯誤し、意見を集約して固めていった。目黒線はほかの東急各線と接続するため、多少の遅れでも乗り換えができなくなる可能性がある。新山さんは、「コロナ禍で打ち合わせがなかなかできない中で、どの程度でノッチオフすればいいのか、どこまでノッチを使わずにいけるか個々人がまずやってみる。その経験を月1回程度集まって共有していった」と語る。

試行錯誤で得た大きな「気づき」は、同線で導入している自動のブレーキシステム「TASC」でも、ブレーキをかける時間を短縮できることがわかったことだという。プロの運転士にとって、「これはTASCの歴史が変わるかな、というくらいの気づきだった」と羽野さんはいう。

TASCは駅の停止位置に自動で停まるシステムで、スピードと停止位置までの距離に応じて自動的にブレーキがかかる。スピードが速ければ減速に時間を要するため、ブレーキは停止位置よりもだいぶ手前でかかり始め、ブレーキを使う時間は長くなる。一方、低速の場合は停止位置に近づいてからでも停まれるため、ブレーキの作動開始位置はより先になる。

運転士にとっては「当たり前のこと」というこの理屈だが、一方で「停止位置にかなり近づいてからブレーキをかけるのはTASCでは無理だと思っていた」(羽野さん)。スピードが遅くても一定の地点でブレーキが作動するという考えがあったため、ブレーキ時間が長くなり、所要時間が延びてしまうと思われていたという。

だが研究の結果、早い段階でノッチをオフして惰行で走り、自然にスピードが落ちていけばブレーキを使う時間が短くなり、所要時間にはほとんど影響を及ぼさないことがわかった。例えば田園調布―多摩川間の場合、時速45kmでノッチを切って惰行で走ると、多摩川駅停車のためにブレーキがかかり始めるのはホームにさしかかってからだ。ブレーキを使う時間は非常に短くなり、到着時間は数秒しか変わらない。

この特性を見出したことが、今回の新エコ運転実現の決め手の1つとなった。「TASCのこの理論を生かして省エネ運転をしている例は他社にもないのでは」(新山さん)。羽野さんは、半自動で確実に停止位置に停まるというTASCシステム自体が、エコ運転に向いているのではないかと指摘する。

「スタンダードにしたい」

乗務区のほかの運転士の声も採り入れ、新エコ運転の手法がほぼ固まったのは今年3月ごろ。その後、踏切が多い区間では遮断機が閉まる時間が長くならないようにある程度ノッチを使うなどの改良を加え、今では目黒線運転士の全員が実践しているという。自動車の燃費にあたる、電車1両を1km走らせるための電力は、2019年4月時点では1.661kWhだったが、新エコ運転導入後の今年4月は1.455kWhまで下がった。東急電鉄は全社で同様の取り組みを行っているが、最も進んでいるのが目黒線だという。


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だが、新エコ運転はコロナ禍による利用者減少で乗降時間が短い環境下ゆえに実現できた側面もあり、利用者数が回復すれば再び停車時間が延びる可能性もある。「実はその点も考えている」と羽野さん。どの駅で利用者数が回復してきたといった情報を各乗務員がアプリの掲示板に書き込み、その内容を受けて区長の判断で従来の運転に戻すといったルールもつくってあるといい、「柔軟に対応できる」という。

さらに、目黒線は2022年度に8両編成化、同年度下期には相鉄線直通という転機を迎える。路線の両端が別会社の路線となり、乗り入れが増える中でエコ運転を維持し続けられるかの研究が今後の課題だ。

エネルギー消費を抑える運転手法は東急に限らず鉄道各社が研究に取り組んでいるというが、「TASCを導入している路線でのエコ運転は東急がスタンダードという形にしていきたい」と羽野さんは意気込む。鉄道各社が運行経費削減を迫られる中、費用をかけずに電力消費を抑える目黒線発の運転テクニックが広がっていくかもしれない。