世界中に感染が拡大しつつある新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)。内外から「後手後手の対応」を批判される日本とは対照的なのが台湾だ。昨年12月31日には早くも国民に注意喚起を行い、その後も検疫強化や専門家チームの発足などの措置を迅速に打ち出してきた。なぜそのような対応が可能だったのか--。
写真=ロイター/アフロ
独自に情報を集め、迅速に判断して必要な手を次々と打つ――新形コロナウイルス関連の記者会見で、台湾の現状を報告する蔡英文総統(中央)と陳時中・衛生福利部長(その右)=2019年2月7日 - 写真=ロイター/アフロ

■昨年暮れには早くも検疫強化を実施

昨年末の12月31日、中国・武漢市衛生健康委員会は、「原因不明の肺炎が27例、うち重症7例が確認された」との発表を行った。この報告を受け、台湾政府の衛生福利部(日本の厚生労働省に相当)は、即日最初の注意喚起を行った。同時に、武漢からの帰国便に対する検疫官の機内立ち入り検査、空港等での入国時の検疫強化を指示し、即実行している。

ちなみに、大みそかで休みだった日本の厚労省が最初の注意喚起を行ったのは、6日後の1月6日だった。台湾の衛生福利部は中国の意向でWHO(世界保健機構)への加盟を認められていないが、今回の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)危機では独自に情報を収集し、必要と思われる措置を果敢に打ちながら、国民に対し毎日のように関連情報を提供した。経済や観光など、中国との人的往来の多い台湾が、どのようにこの危機に対応してきたかを、時系列で追ってみたい。

■専門家会議も迅速に招集

1月2日、専門家などによる「台湾衛生福利部 伝染病予防治療諮問会」の「旧正月春節インフルエンザ対応整備会議」において、武漢の肺炎についての対策を討論。医師の診察時のN95マスク装着の徹底、入国検疫の再強化と帰国後10日間の経過観察、旅行経歴の告知の徹底などが話し合われ、即日実行に移された。

1月5日には、「中国原因不明肺炎 疫病情報専門家諮問会議」が陳時中(Chen Shih-chung)衛生福利部長(日本の厚生労働大臣に相当)の召集で行われ、経過観察を10日から14日に延長することなどが話し合われた。翌6日には、台湾行政院(内閣)が中国での正確な情報を把握するための調査体制強化を指示(繰り返しになるが、日本の厚労省はここでようやく最初の注意喚起を行った)。7日には武漢地区の危険レベルを早々とレベル1「注意/Watch(一般的予防措置の遵守)」に上げている。

■フェイク情報には即座に対処、罰則も

1月8日には、すべての国際線と中国・厦門(アモイ)、泉州、福州などの船舶の往来についても警戒レベルを上げる決定を行った。また、2019年12月31日から1月8日までの武漢地区からの帰国便数(13便)、帰国者についての検査人数(1193人)、疑義のある案件数やその症状(8日時点で感染者なし)も明確に国民に報告し、管理体制が整っていることを積極的に国民に開示。その後も、台湾での検査状況と武漢・中国での伝染病情報は、毎日アップデートされている。

1月11日、会員制交流サイト(SNS)で「台湾ですでに武漢コロナウイルスに感染した症例が見つかった」というデマ情報が流れたが、台湾政府はすぐに当該情報が虚偽であると発表。ウソ情報、虚偽報告などのデマを流した者は「社会秩序維持保護法」あるいは「伝染病予防治療法」で罰せられると警告し、国民の不安を取り除く努力をしている。

1月14日には、タイで武漢から来た中国女性が陽性反応で隔離されたことを衛生福利部が確認。タイからの入国者や帰国者への特別検疫体制を検討したが、14日時点では見送ったとも発表された。このように、台湾当局は細心の注意を払いながら、情報を独自に収集し判断を下していることがわかる。

■証拠がないから対応しない日本、危険性があるから対応する台湾

1月16日には、武漢から1月6日に帰国した神奈川県在住の中国人男性が10日に発病、16日に陽性と確定されたことが日本でも報道され、衛生福利部でも検討の対象とされた。

しかし日本では、この時点でも厚労省のコメントとして「ヒトからヒトへの感染リスクは比較的低い」とテレビなどで報道され、厚労省のホームページ(HP)でも「WHOなどのリスク評価では、持続的なヒトからヒトへの感染の明らかな証拠はない」と表記。一方の衛生福利部は、タイと日本の例を分析し、ヒトからヒトへの感染は排除できないとして、さらに武漢地区への危険レベルをレベル2の「警示/Alert」(防護措置の強化)まで上げた。

証拠がないから警戒しない日本と、可能性がゼロではないから警戒を強めた台湾。両者の危機管理に対する姿勢の違いが、はっきり表れた事象だ。

■感染者ゼロでも「非常対策本部」を立ち上げる

タイ、日本、韓国などで新型コロナウイルスに感染した患者が発生したことを受け、台湾政府は1月20日、「厳重特殊伝染性肺炎 中央伝染病指揮センター」を正式に立ち上げた。日本でいう「非常災害対策本部」のような存在だ。全省庁と地方政府の横断的な連携で伝染病対策に取り組む体制が、これで整った。このニュースはすぐに国民に伝えられ、政府は積極的対応に乗り出しているから安心してほしい、というメッセージにもなった(ちなみに、日本で新型コロナウイルス感染症対策本部が設置されたのは1月30日になってからである)。

翌21日、武漢からの飛行機で帰台した50代女性が、空港での検疫で「症状あり」と認定され、搬送先の病院で陽性と判定された。残念ながら台湾で最初の感染者が確認されたことになるが、体制が整っていたために水際でスクリーニングができたと評価できる。機内で当該の女性と接触があったと見られる46名についても追跡調査が行われ、幸い全員が陰性と確認された。

この時点で、WHOもようやく「ヒトからヒトへの感染」の可能性を認め、同時に台湾は武漢地区の危険レベルをレベル3「警告/Warning」に引き上げた。日本が、武漢の危険レベルをレベル2まで上げる2日前だ。そのころ日本の厚労省はHPで、武漢市からの帰国者および入国者の「自己申告」を、空港等でのポスターや機内アナウンスで促す措置を取ったと報告していた。

■マスクが不足すると、素早く輸出制限

1月22日には総統府で、蔡英文総統が「国家安全ハイレベル会議」を招集、1月23日に武漢市が封鎖されると、台湾政府も伝染病発生レベルを上げ、警戒態勢を強化。「中央伝染病指揮センター」を陳時中・衛生福利部長が直接指揮することになる。台湾行政院(内閣)の蘇貞昌(Su Tseng-chang)行政院長(首相)や各閣僚も集まり、政策を協議した。

1月24日には中央伝染病指揮センターが、行政院および経済部と協力して大きな政策を打ち出すことになる。それが「マスクの輸出禁止」だ。中国の動向に敏感な台湾ではデマ情報も流れ、台湾国内でもマスク不足が深刻になり始めた直後の素早い決定だった。

■転売監視や政府備蓄マスクの放出も

日本で中国にマスクを寄付する動きが盛んになったタイミングで、台湾では逆の政策が早々に決定・施行されたことになる。これには「非人道的」「自分勝手」という非難の声も上がったが、台湾当局の判断が正しかったかどうかは、今後の状況が証明することになるだろう。

ただ、筆者は国が守るべき「安全」の主格は絶対に国民であり、「日本」では自国民である「日本国民」の安全を確保して、初めて人道があると信じている。台湾政府のこの決定は「英断」であったと考える。

台湾当局の決定をもう少し詳しく述べると、

1.マスクの台湾からの輸出の禁止 出国者の持ち出し制限 個人輸出も原則禁止
2.マスクの高値転売などの公正取引監査の強化
3.政府備蓄マスクの放出 コンビニなどで1枚8元(28円)1人3枚までの提供
4.マスクの国内生産業者への増産依頼
5.マスクの政府買い取り保証
6.マスクの正しい使用方法の啓発

という内容になる。さらにその後、製造業者への残業代の政府補塡(ほてん)や、国軍兵士(予備役)による生産協力体制などで、マスクの増産体制をさらに支援している。国民には、「マスクは足りているから安心して」とアナウンス。当初1枚8元だったマスクを同5元(18円)に値下げもしている。

■断固とした危機対応で国民の信頼を向上

台湾当局は国民健康保険のIDを使い、薬局でマスクを配給するシステムも立ち上げた。さらに中華郵政公司は、全国の薬局6500カ所のマスクの在庫をオンラインで把握し、過不足なく無料で配送する態勢を整備。蘇貞昌首相は2月11日、中華郵政公司の疫病対策物流センターを訪れ、上記の協力に謝辞を述べている。

政府が国民の安全を第一に考え、迅速に行動。危機対応で政府への信頼をさらに向上させつつ、国民が一丸となって疫病対策にあたる--そんな台湾の動きには、日本が学ぶべき点が大いにあるのではないだろうか。

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藤 重太(ふじ・じゅうた)
アジア市場開発・富吉国際企業顧問有限公司 代表  
1967年、東京都生まれ。国立台湾大学卒業、国際経営学士。92年香港でアジア市場開発設立。台湾経済部政府系シンクタンク 顧問、台湾講談社メディアGM 総経理などを経て、現在は日本・台湾で企業顧問、相談指導のほか、「台湾から日本の在り方を考える」「日本人としての生き方」などのツアー・講演活動を展開。
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(アジア市場開発・富吉国際企業顧問有限公司 代表   藤 重太)