米国で相次ぐ、銃乱射事件。国民は怒りを露わにする。しかしトランプ大統領は全米ライフル協会の肩を持つ。そんなトランプが大統領選で勝ちそうなのは、なぜか。
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誰もが、ヒラリー・クリントン氏が勝つと信じていた米国大統領選挙から3年。ドナルド・トランプ大統領は再選に向けて動き出している。米共和党に食い込む、国際政治アナリストの渡瀬裕哉氏が最新情勢を解説する――。

■バイデンを潰す民主党の愚行

ドナルド・トランプ大統領の再選阻止に向け、米民主党側の対抗馬を選出する予備選挙が本格化しつつある。しかし、民主党にとって望ましいものとは言えない。

最有力候補者はジョー・バイデン前副大統領である。同氏はトランプと本選で戦った場合の支持率調査で他候補者と比べて強い数字を出しているが、同時に党内のライバル候補者からの集中砲火を浴びている。特に、党内左派からの同氏への攻撃は熾烈なものがあり、過去に選挙の応援演説時に同党女性候補者の髪の匂いを嗅いだことが#MeToo運動に絡めて非難されたことを皮切りに、TV公開討論会では人種差別主義者のレッテルを貼られるまでになっている。つまり民主党は、トランプに最も勝てる可能性がある道を自ら葬り去ろうとする愚行を冒している。

■バイデンに対する対抗馬として急浮上している人物

バイデンに対する対抗馬として急浮上している人物は、カマラ・ハリス上院議員だ。女性かつ有色人種という自身の特徴を最大限に生かし、第1回TV公開討論会でバイデンに対するジャイアント・キリングに成功した人物である。人種差別されていた女の子は「自分だ」と主張して自らの幼い頃の写真をSNSでバラまいて大拡散させる戦略が大成功、民主党予備選挙において大票田となるカリフォルニア州選出上院議員という点もポイントが高い。ただ、人種問題に関する過剰な傾斜は一部の白人有権者や進歩派嫌いの有権者からの反発を招く可能性もあり、現在の勢いが維持できるのかどうかは、極めて疑問だ。

党内最左派からバイデンを猛追している人物は、エリザベス・ウォーレン上院議員。女性候補者であり、強烈なリベラル姿勢から党内左派有権者からの支持が急速に拡大している。GAFAを分割することを主張し、大企業への大幅な課税を痛烈な言葉で語る姿勢は、極端なイデオロギー傾向を持つ古くからの支持者を動員することに成功している。

トランプは先住民の血を引くと主張してきたウォーレンに対して「偽のポカホンタス」というあだ名をつけて馬鹿にしていたが、そのように揶揄されたことも同女史に注目が集まった要因の1つとなっている。

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(左)ジョー・バイデン
オバマ前政権の副大統領。組織からの手堅い支援で暫定1位。ただし、女性の髪を嗅ぐスキャンダル、過去の人種問題に関する投票履歴などの差別で批判の的に。
(中)カマラ・ハリス
インド系・ジャマイカ系移民2世、カリフォルニア州選出上院議員。州司法長官として舌鋒鋭くバイデンを人種差別で批判。自分の少女時代の写真を差別された当事者としてSNSで拡散。
(右)エリザベス・ウォーレン
富裕層への大増税を主張し、サンダースと党内左派No.1を競い合う。先住民の血を引くと主張。曰く6〜10代前に先住民の血が混ざっているという。

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前回の2016年大統領選挙では、最終的に民主党の党候補者になったヒラリー・クリントン氏を追い詰めたバーニー・サンダース上院議員は今回も民主党代表候補者に名乗りを上げている。しかし、左派系候補者である彼は、現在、陳腐化リスクとの戦いに悩まされている。一部の熱心な若者はサンダースを支持しているものの、ハリスのように人種問題に強いわけでもなく、ウォーレンに比べればイデオロギー的偏りも不十分であり、同氏は埋没気味だ。サンダースの埋没は民主党全体が中道派有権者から遊離して、左傾化を更に強めている現状を表していると言えるだろう。

同党内の左傾化は大統領選挙本選に深刻な打撃を与える政策主張に繋がっている。民主党候補者はいずれも気候変動問題に積極的であるが、これは同党内での環境団体の影響力が強まっていることに起因する。そのため、各候補者はグリーン・ニューディール政策という、電力を100%再生可能エネルギーにして二酸化炭素の排出を約10年以内にゼロとし、温室効果ガスの排出をなくすという過激な政策に同調を示すことを迫られている。

しかし、この政策はトランプが16年大統領選挙で勝利するきっかけとなった製造業地帯である「ラストベルト(さびた工業地帯)」で非現実な政策と受け止められており、同地域の民主党支持母体である労働組合からの反発も非常に大きい。したがって、グリーン・ニューディール政策を大々的に打ち出す候補者が予備選挙を勝ち抜いた場合、トランプ再選の可能性は飛躍的に高まることになるのだ。民主党はそれがわかっていても、それを止めることができないとても苦しい状況に置かれているのである。

一方、中道派有権者と左派系有権者を繋ぐ可能性がある候補者として、インディアナ州サウスベンド市のピート・ブティジェッジ市長の存在が注目されつつある。同氏はトランプの選挙対策本部がダークホースとして最も警戒する人物として知られている。

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(左)バーニー・サンダース
民主社会主義者を自称。学生ローンの徳政令で若者に人気。ただし、著書販売で億万長者になったことを批判されて失速気味。その社会主義的政策をトランプは批判する。
(右)ピート・ブティジェッジ
37歳最年少、マッキンゼー出身、従軍歴あり、性的マイノリティ。ダークホース。トランプは風刺雑誌「MAD」のマスコット「アルフレッド・E・ニューマン」と顔を比べておちょくった。

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37歳、大手コンサルティング会社「マッキンゼー・アンド・カンパニー」出身、従軍経験者、米国中西部から大西洋側中部にわたるラストベルトが地盤、多言語能力、そして性的マイノリティという様々な特徴を兼ね備えた民主党の秘密兵器だ。

小口献金による豊富な資金力は、予備選挙の行方を左右する初期の選挙州での組織体制整備に投入されており、地味だが手堅い選挙戦略を取っている。差し馬のポジションで最終盤に大外から一気に他候補者を抜き去る可能性も高い。

トランプは民主党予備選挙に頻繁にコメントしており、あえて民主党内の左派を挑発することによって、同党内の分断を煽るとともに、大統領選挙本選での中道派からの支持を失わせる作戦だ。今のところ、民主党側はトランプの作戦にうまく乗せられており、その主張は左派的な方向にイデオロギー的偏向を強める一方である。民主党候補者選びに最も影響を与えている人物は、トランプにほかならないという皮肉な事態と言えるだろう。

■トランプの再選を左右する宗教票

対する共和党は、マサチューセッツ州のビル・ウェルド元知事が予備選への立候補を表明しているが、トランプは党内で9割近い支持率を得ており、圧倒的な強さを見せる。

そのトランプ陣営は20年大統領選挙に挑む体制を着々と整えつつある。とはいうものの、近年の大統領選挙の傾向は敵対する民主党側に有利な状況に変わりつつあり、トランプ大統領再選に向けた戦略展開には極めて優れたセンスが求められている。

■3つの「ベルト」に対する適切なアプローチが欠かせない

トランプが再選を勝ち取るためには、3つの「ベルト」に対する適切なアプローチが欠かせない。その1つは16年の大統領選挙で勝敗を決したラストベルトだ。同地域は製造業地帯を中心とした工業地域で、開発途上国との国際競争の激化、バラク・オバマ政権時代に強化された産業やエネルギー開発規制によって衰退してきた地域でもある。トランプがラストベルトの票田を現在でも意識していることは、同氏がFRB(連邦準備制度理事会)の利下げに拘るとともに、同地域にメリットをもたらすインフラ投資に積極的な姿勢を示していることからも自明であろう。

ただし、20年大統領選挙はラストベルトの接戦州を押さえれば勝てるという単純な構図ではない。現在、選挙の勝敗を分ける焦点として急速に関心が高まっている地域は「サンベルト」である。サンベルトとは米国の南部諸州を指す言葉だ。

現在はあまり注目されていないが、共和党の絶対的な地盤として金城湯池であった同地域における共和党優位の構造が揺らぎつつある。

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もともと南部諸州は銃規制に反対し、学校における銃乱射事件に対応するために、教師らに銃武装させたり学校が独自に乱射事件に対応する専門家を雇うことを支持するような、保守的な共和党地盤であった。しかし、前回の大統領選挙時にヒラリーが同地域での票の掘り起こしに一部成功しており、18年中間選挙においては共和党候補者が敗北または大苦戦する状況に陥った。特にテキサス州上院議員選挙で、民主党予備選挙に出馬しているベト・オルークが共和党のテッド・クルーズ上院議員を敗北寸前まで追い込んだ出来事は、サンベルトにおける共和党支配が陰りを見せている象徴となった。

同地域は自由貿易を相対的に支持する人々が居住しており、なおかつ近年ではヒスパニック系住民も増加している。そのため、トランプの貿易戦争に関する姿勢は必ずしも絶対的な支持を得ておらず、ヒスパニック系住民などに対する姿勢も肯定的には捉えられていない。そのため、これらの地域での世論調査の数字が悪化した場合、トランプの対中貿易戦争などに対する姿勢が変化し、ひいては日本なども影響を受ける可能性が皆無とは言えない。

共和党にとってサンベルトにおける苦戦は、同地域と一部がかぶっている米南東部の「バイブル(聖書)ベルト」を重視する戦略に繋がっていくことになる。バイブルベルトとはキリスト教の影響力が極めて強い、宗教票が選挙結果に大きな影響を与える地域のことだ。トランプは貿易戦争の長期化などに対する経済団体等からの批判を乗り越えるため、経済的利害を超えた愛国心の高揚などのイデオロギー的支持を必要としている。

そのような要素の1つが宗教的な盛り上がりである。共和党の選挙活動はこれらの宗教団体の熱心な活動によって支えられており、その影響力の強さは注目に値する。トランプ政権は同地域の有権者からの関心を引くために大統領令などで様々な宗教活動への配慮を行ってきている。

写真=iStock.com/Bet_Noire
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Bet_Noire

日本人にはわかりにくいかもしれないが、宗教政策は共和党政権の対中強硬政策などの対外政策にも反映されている。対中国政策の観点から「中国における宗教弾圧に対抗する」という論点を設定し、同地域住民を積極的に動機づけることを通じて、経済的利害とは異なる対中強硬姿勢への支持を獲得することは1つのセオリーだ。

たとえば、直近の動きとしては、世界中の宗教弾圧と戦う指導者がワシントンD.C.での会議に集められており、マイク・ペンス副大統領とマイク・ポンペオ国務長官が激しい対中批判を展開し、米中の覇権争いを正当化する主張が行われている。

同会議参加者からは中国での宗教弾圧に繋がる商取引を米ハイテク企業に取りやめるように要請した書簡が公開されており、今後は米国政府・米国議会への働きかけを強化することが議論された。ファーウェイに対する制裁などは単純なハイテク覇権争いという側面だけでなく、このような宗教的背景を含む複雑な要素を持ったものだと言える。米中貿易戦争の影響を強く受ける日本は、その裏側の事情も理解するセンスが従来以上に求められることになる。

■鍵を握るのはフロリダ州

トランプ大統領再選戦略における最重要地域はフロリダ州だ。同州に割り当てられた大統領選挙人数(同合計数で勝敗が決まる)は多く、同州を制する者が大統領選挙に勝利すると言っても過言ではない。実際、近年の大統領選挙では共和党・民主党の勝敗が僅差での決着を繰り返しており、得票数の数え直しなども含めて何かと物議を醸す地域でもある。

フロリダ州におけるトランプ政権の集票ターゲットはキューバ系ヒスパニックである。実はキューバ系ヒスパニックは他系統のヒスパニックと比べて共和党への支持が明らかに高い傾向がある。キューバの社会主義政権から逃れてきたヒスパニック系住民は同国に対する共和党の対キューバ強硬姿勢を支持しているからだ。

そのため、キューバと密接な関係を持つベネズエラのマドゥロ政権の打倒も支持を受けやすい政策と言える。共和党保守派はベネズエラを徹底的に槍玉に挙げるとともに、キューバやベネズエラを揶揄しながら社会主義の失敗を喧伝し、左傾化する米国民主党を馬鹿にする選挙キャンペーンを実施している。トランプ政権にとっては選挙戦略上の観点から世界の他地域での問題よりもベネズエラの反米政権にとどめを刺すことの優先順位が高いと考えるべきだろう。

また、フロリダにはユダヤ系有権者も多く集住している。これらのユダヤ系有権者はフロリダ州の勝敗を左右する力を持っている。その力とは純粋に「票」の力である。フロリダ州には60万人以上のユダヤ人が住んでいると推計されているが、同州における大統領選挙の得票差は12年では約7.5万票、16年では約11万票程度しか差がない。そのため、80%前後の投票率を誇るユダヤ系有権者票の影響力は極めて大きい。同有権者層は一般的には民主党を支持する傾向があり、大統領選挙などにおいては同党候補者に70〜80%が流れる傾向がある。

トランプ政権はエルサレムのイスラエルの首都認定やイラン核合意からの離脱などの親イスラエル的な中東政策を展開することによって、ユダヤ系有権者票の一部を民主党から引き離すことを狙っている。それは、ユダヤ系有権者の一部を構成する親イスラエル派からの支持が固まるだけでも十分なインパクトが見込めるからだ。

■トランプ政権の高い政局運営能力

トランプ政権は国際情勢を意識しながら国内政局を進めており、政権を持っていない民主党側はやや後手に回っている印象を受ける。最重要州におけるトランプ再選戦略は着々と進展していると言えるだろう。

トランプの再選を支える最も大きな要素は、その巧みな政局運営能力にある。メディアの報道ではトランプ政権の混乱が伝えられることが多いが、それらは表層的な人間関係上の現象の話であって、トランプ政権の実績を検討した場合の評価は異なるものになるだろう。

トランプは“Make America Great Again”というスローガンを掲げて当選した大統領だ。そして、大統領選挙時にはスローガンに付随する形で様々な選挙公約が提示されていた。そして、トランプが16年大統領選挙に掲げた選挙公約の多くはすでに完遂または部分的に達成されている。

大減税、オバマケア強制加入見直し、規制廃止、エネルギー開発、国境壁建設、パリ協定離脱、核合意見直し、エルサレム首都移転、その他の保守的なイシューに関して、大統領令や議会対策を駆使して実現に漕ぎつけている。政権発足当初2年間で共和党多数の上下両院の力を背景とし、トランプ政権は通常の政権では何年かかっても通過させることが困難な政策を矢継ぎ早に達成した。

特に景気刺激策によって、高い経済成長率や歴史的な低失業率を記録し、経済面における米国の復活を強く印象付けた。トランプは自らの支持者との約束を果たすとともに、スローガンに掲げた米国の復活を成し遂げつつあると言えるだろう。共和党支持者からの高い支持率もその実績が党内から評価されていることを端的に表している。

一方、トランプには未達の選挙公約もある。その象徴的な公約が巨額のインフラ投資政策だ。インフラ投資政策は米経済に更なるカンフル剤を投入することになるが、実はこの政策はトランプの支持基盤である共和党保守派から不評な政策の1つである。一般的に共和党保守派は政府の肥大化に繋がるインフラ投資全般を好ましいとは考えておらず、トランプ政権発足後も彼らが支配する下院共和党は同政策に頑強に抵抗してきた。

しかし、インフラ投資政策は下院共和党保守派が18年中間選挙で過半数割れしたことで日の目を見る機会が出てきている。むしろ、トランプ政権はこの展開を読んで同政策を後回しにしてきた節すらある。下院民主党がトランプへの弾劾をチラつかせたことの影響で、一時的に同政策が暗礁に乗り上げたようにも見えたが、民主党執行部は実際には弾劾手続きを進めなかった。

その結果として、インフラ投資は財源をめぐる修辞的な問題を克服すればいつでもGOサインが出る状態となっている。現在積み残されている政策は同政策を含めて薬価引き下げやオピオイド問題対策などの超党派的支持を得られる政策が多い。そのため、下院多数派の民主党も無下にできず、トランプ政権に対する超党派の支持が高まっていく可能性も否定できない。

以上のように、トランプは政権を取り巻く状況に合わせて着実に公約達成に向けた歩みを進めている。各種メディアの報道では同大統領の派手な言動に目を奪われがちであるが、時期に応じた臨機応変な政局運営能力が注目されることは少ない。実際にトランプが大統領に再選された場合は、政局上の実務力の高さこそが真の要因と言えるであろう。(文中敬称略)

■乱射事件で大量死しても米国から銃は消えない

銃乱射事件が相次ぐ中、トランプ大統領が犠牲者に哀悼の意を示しつつも、米国で銃規制が進まないのはなぜだろうか。

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デモをする反対派。だが銃規制は進まない。 - 時事通信フォト=写真

米国の憲法には「規律ある民兵団は、自由な国家の安全にとって必要であるから、国民が武器を保有し携行する権利は、侵してはならない」と明記されている。この条文が米国における銃規制に反対する根拠であり、米国民の深層心理に深く根差した精神的な根源となるものだ。

銃規制に積極的だったオバマ政権下においても、バイデン副大統領(当時)が「護身用には散弾銃を買いなさい」と主張しており、自己防衛の考え方や自主独立の精神を保つことは米国民にとって所与のものとして捉えられていることがわかる。

また、全米ライフル協会などの銃規制に反対する強力なロビー団体が存在しており、連邦議会議員らは強力な圧力の下に置かれた状態で法案審査に臨んでいる。各議員はロビー団体にその言動を見張られてレーティング(採点)されている。ロビー団体の影響力は大統領であったとしても無視することが難しい。

米国民にとって銃規制は自らのアイデンティティーに関わる問題であり、現実の政局上も極めて困難な問題といえるだろう。

■▼選挙環境は民主党が有利、だがトランプが勝つのはなぜか

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渡瀬 裕哉(わたせ・ゆうや)
早稲田大学招聘研究員
国内外のヘッジファンド・金融機関に対するトランプ政権分析のアドバイザー。米国共和党保守派やトランプ政権と深い関係を有する。
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(早稲田大学招聘研究員 渡瀬 裕哉)