"NYのお騒がせ歌手"波乱万丈な人生と恋愛遍歴
※本稿は、フレッド・シュルアーズ著、斎藤栄一郎訳・構成『イノセントマン ビリージョエル100時間インタヴューズ』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■さまざまな女性と浮名を流し、結婚は4回
さまざまな女性との浮名を流し、4度の結婚を経験したビリー・ジョエル。新たな女性と出会うたびに、そして恋に破れるたびに、ビリーはその思いをストレートに歌に託してきた。
第1回の記事にあったように、21歳のころビリーはバンド仲間で親友のジョン・スモールの妻エリザベスと意気投合する。その三角関係が原因で2度の自殺未遂を起こしているが、結局、ジョンと別れたエリザベスと付き合うようになる。
「お金もなくて、妻へのバレンタインデーの贈り物代わり」に書いたのが、『僕の故郷(You’re My Home)』だった。
早朝のインディアナだったり
カリフォルニアの丘の上だったり
つまり君が僕の故郷なんだ
と、エリザベスにぞっこんだったことがわかる。
『シーズ・ガット・ア・ウェイ(She’s Got A Way)』では、恋人を眺めているだけで気分がよくなるのはなぜかと純粋な気持ちを打ち明ける。
でもとにかくそこに理由なんてあるわけがない
■西海岸のピアノバーに雲隠れして専属歌手に
当時、まともにアーティストをサポートしてくれない不本意なマネジメント契約にビリーは辟易し、マネジャーから逃げるように西海岸にやってきたが、仕事がない。ようやくありついたのが、ピアノバーの専属歌手だった。雲隠れした手前、大っぴらに名前を出すこともできず、「ビル・マーティン」の名で一晩に30分間のステージを5、6本こなし、文字どおりピアノマンの真骨頂を発揮していく。
恋人のエリザベスは、大学で経営学を学びながら夜はビリーのバーでウェイトレスとして働き始めた。ピアノの弾き語りをしながら客席を毎日観察していたビリーの経験をそのまま歌にしたのが、『ピアノ・マン(Piano Man)』だ。
常連客が集まってくる
すぐ近くの席の爺さんは
ジントニックがお気に入り ウェイトレスの客あしらいは見事なもの
やがてサラリーマンたちは酔いが回ってくる
そう、みんな孤独という名の酒を酌み交わしている
でもひとりで飲むよりはましなんだ 1曲頼むよ、ピアノマン
今宵は俺たちのために
みんな歌に酔いしれたい気分なんだ
あんたの歌でいい気分になれるんだ
ピアノバーの看板シンガーとしての人気ぶりがうかがえる。だが、一度はレコードデビューした身だ。西海岸で半ば潜伏生活でくすぶっている自分自身を印象的な歌詞で斬ってみせる。
「あんた、こんなところじゃ、もったいないな」
■崩れ始めた夫婦関係、諦めの気持ちを歌う
だが、エリザベスと結婚し、ビリーが順調にヒットを出すようになると、エリザベスはマネジャーに就任する。ビリーが売れれば売れるほど、エリザベスはビリーを上回るほどの権力を振りかざすようになる。
経理も任せていたが、ビリー以上に自分の取り分を確保するなど目に余る行動にビリーは彼女との距離を置き始め、やがて夫婦の関係が崩れ始めていく。関係を維持したい気持ちともうどうにもならない諦めの気持ちを歌ったのが、『夏、ハイランドフォールズにて(Summer’Highland Falls)』だ。
僕にできるとといえば遠巻きに慰めるしかない 僕らはいつも状況に左右されるしかないから
悲壮感と陶酔感の間を揺れ動くんだ
「2人の関係にほころびが現れてきて、夫婦を代表して僕が感じ取った悲しみを曲にしていたんだと思います」とビリーが振り返る。
そのころ、君は君のままが美しいと歌う『素顔のままで』という名曲を書いている。むろんエリザベスをモデルにしたものだが、それは幻想だったとビリーは言う。
「今にして思えば、2人の関係は絶望的だとすぐ気づくべきだったんですね。結局、がらりと変わってしまった人に対して、(君は変わらなくていいんだと語りかける)歌を書いたことになりますね」
■高級リゾートでスーパーモデルに恋
そしてエリザベスの裏の顔に対する疑念に突き動かされて、『ストレンジャー(The Stranger)』を書く。
君の中にある別の顔を いくら善人ぶっていても
炎を消すことはできない
欲望に従うしかない 別の顔でいるときには
さらに『ガラスのニューヨーク(You May Be Right)』で怒りを爆発させている。
自分を満足させてくれる相手を探し続けてきた 君が言うように僕は狂っているかもしれない
みんな君のせいだから
エリザベスとの離婚、オートバイ事故など不運が続いた後、1983年にビリーはミュージシャン友達のポール・サイモンの勧めで気分転換にカリブ海の高級リゾートアイランドを訪れる。
そこでスーパーモデルのクリスティ・ブリンクリーと出会い、久々に恋を予感し、明るい気持ちを取り戻す。曲作りにもはっきりとその変化が見られる。それまでの陰鬱な日々に制作したアルバム『ナイロン・カーテン』は暗く深淵でとことんまじめな内容だったが、クリスティとの出会いをきっかけに、次作『イノセント・マン』はカラーがガラリと変わった。
■有頂天な曲にも「不安」が見え隠れする
「純粋無垢な男」という意味の同アルバムの収録曲は、新たな女性との出会いの喜びを素直に表現してはいるが、そこはビリーのこと。「そんなにうまくいくわけない」という後ろ向きの気持ちも随所に込められている。
「人生、嫌というほど見て来ましたからね。どの曲にもとことんロマンチックな幸福感に憧れる感傷癖みたいなものを入れているんです」
そのアルバムに収録されている『ロンゲスト・タイム(The Longest Time)』は、
幸せは残っていたんだ
君に会ったその日から 僕の首に君の腕が絡みつく
こんな気持ちになったのは本当に久しぶり
と、当時34歳ながら、恋に有頂天な気持ちを明るい曲で表現している。だが、本人が「ストレートなドゥーワップでさえ、ちょっと暗い面が見え隠れしている」と打ち明けているように、
君がいなくなったら寂しくなるだろう
こんなふうに不安を口にする。そしてクリスティという恋人が現れたのに、ツアーに次ぐツアーで家に帰れず、恋人にも会えない根無し草のような日々への不満、さらには自身が生まれ育った家庭に恵まれなかったこともあってか、『ナイト・イズ・スティル・ヤング(The Night is Still Young)』では家庭生活を夢見る気持ちをのぞかせる。
結婚もしたい
そのうち子供もほしくなる
旅暮らしを終える日が来る もう離れ離れの日々はいらない
電話越しの「おやすみ」なんて
ベイビー、こんなの本当の人生じゃないだろう
■離婚、交通事故、アルコール依存症、そして3度目の結婚

幸い、不安は外れ、無事クリスティと結婚し、アレクサという娘も生まれた。ところが金庫番の使い込みや持ち逃げなどの訴訟、夫婦のすれ違いの生活もあって、私生活は荒れてくる。夫婦関係は気まずい言い争いが絶えず、傷だらけになっていた。クリスティとは1994年8月に正式に離婚する。ちょうどそのころビリーはポップスの曲作りを停止する。
その後、相次ぐ交通事故やアルコール依存症の治療など、“お騒がせ”スターの話題ばかりが増えてくる。そんな中、2002年に32歳年下のケイティ・リーと出会って意気投合し、その2年後に3度目の結婚にこぎ着ける。
だが、結婚生活わずか4カ月目にしてアルコール依存症が悪化し、リハビリ施設に入ることになる。
ポップスづくりは休止状態ではあったが、入院中も献身的に支えてくれたケイティへの愛情を示したくて、2006年に2度目の結婚記念日のために『オール・マイ・ライフ(All My Life)』を書き上げた。
ひとり、またひとりと
愛情のかけらもなかった 粗野で落ち着かない男だけれど
やっぱり伴侶なしに生きられない男なんだ
と感傷的で自虐的な歌詞を切々と歌っている。
■ライブでは観客のプロポーズを演出
2008年、ニューヨーク・メッツの本拠地であり、数々のアーティストの公演に使われてきたシェイ・スタジアムが幕を閉じることになり、その最後を飾るコンサートをビリーが手がけることになった。
この記念すべきライブの観客の中に、プロポーズを計画している男性がいるとの情報をスタッフが事前につかんでいたため、ビリーも一肌脱いでプロポーズを応援することになっていた。いよいよ運命の時間がやってきた。スポットライトを当てられた男性は、隣にいる恋人にプロポーズした。
すかさずビリーが声をかける。
「彼女と結婚するのか?」
男性は両手を高く上げ、満面の笑みを浮かべた。
「そうなんだな?」と念押しするビリー。会場は祝福の声援に包まれた。
「おめでとう! ちゃんと婚前契約書を作っておけよ」
今度はスタンドから大きな笑いとどよめきが押し寄せる。
「あれは急に思いついたんですよ。5万5000の大観衆がいるスタジアムで、このジョークを笑えなかったのは僕だけですよ」
それもそのはずで、このライブから1年も経たないうちにケイティとの離婚が発表されるのだった。
■「元妻たちはみんな僕のことを嫌いになってない」
当時、親交のあったソングライター、カッサンドラ・クビンスキーにビリーが詞のコンセプトを提供した『No Hard Feeling』という曲があるのだが、そこに離婚の思いが描かれている。
家具もガラクタも全部
犬まで君についていってしまった でも一番つらいのは
自分の心を深く探っても
うらみつらみがまるでないこと
君に心から愛されていたことは確かだから

今、4人目の妻アレクシス・ロデリックと穏やかに暮らすビリーは、達観したかのように元妻たちを語る。
「今もお互いにいい友達ですよ。元妻たちがそろってすばらしいのは、みんな僕をいまだに嫌いになっていないことです。元妻たちとの交流が残っているんです。クリスティもそうだし、エリザベスともたまに会いますよ。彼女たちにとっていい友人でいられてうれしいですね」
ビリーは「女性が望む“元夫”の鏡」と、うれしくない評判が立つほどで、そこがまたビリーの魅力でもあるのだろう。
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フレッド・シュルアーズライター
音楽専門誌『ローリングストーン』のライターとして、フリートウッドマック、ブルース・スプリングスティーン、ジャック・ニコルソン、シェリル・クロウ、マシュー・マコノヒー、トム・ペティ&ザ・ハートブレーカーズ、クリス・ロックなど、さまざまなミュージシャン、俳優の評伝を手がけている。ほかにも『プレミア』、『エンターテインメント・ウィークリー』、『メンズ・ジャーナル』、『GQ』、『ロサンゼルス・タイムズ』、『コロンビア・ジャーナリズム・レビュー』などにも寄稿多数。
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(ライター フレッド・シュルアーズ)