マツダが、あえて「MT車」を充実させる理由
2018年のロサンゼルス自動車ショーで世界初公開された新型「MAZDA3」。日本では5月下旬に発表を控えるが、MTもラインナップに加わる(写真:MAZDA MEDIA WEBSITE)
今は新車として売られる乗用車の98%がAT(オートマチックトランスミッション)車で占められる。1980年代の中盤まで、ATとMT(マニュアルトランスミッション)車の比率は各50%くらいだったが、現時点ではほぼ全車がATになった。
昔のATには、加速力や燃費性能が悪いという欠点もあったが、今はほぼ払拭されている。むしろCVT(無段変速AT)は、効率のよい回転域を積極的に使えるため、MTよりも燃料消費量が少ない。
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また今ではATの性能が高まり、MTに比べて遅く感じることはほとんどない。例えば高性能スポーツカーの日産GT-Rでは、クラッチペダルを装着するMTは選べない。2組のクラッチが内蔵された有段式ATのみになる。GT-Rの性能水準になると、極めて素早い正確な変速操作が要求され、ギヤチェンジがドライバーの手には負えないからだ。ギヤチェンジは優秀なATシステムに任せて、ドライバーはハンドル操作に集中するほうが合理的とされている。
ATでありながらMTのような使い方も
さらに今のATには、ドライバーがマニュアル操作によって変速時期を選べるタイプが増えた。ステアリングホイールの両側にパドルスイッチが装着され、シフトアップ/ダウンの操作を行える車種もある。マニュアルモードでは、ドライバーが操作しなければ自動変速は行われないから、峠道やサーキットを走るときに都合がいい。ATでありながら、MTに近い使い方も可能だ。
この影響もあり、MTを選べないAT専用車が増えた。日本ではハイブリッド車の人気が高く、小型/普通乗用車の約40%を占める。現行ハイブリッド車もすべてATだから、AT比率が100%に近づくのは当然だ。
1991年には、AT限定免許も創設された。2018年の運転免許統計によると、第一種普通運転免許合格者数の内、約64%がAT限定免許であった。そうなれば2018年の合格者で、MTを運転できるのは36%に限られる。
ところが最近発売された新型車には、MTを用意する車種がいくつか見られる。MTに、とくに力を入れるメーカーがマツダだ。スポーツカーのロードスターに加えて、セダン&ワゴンのアテンザ、コンパクトカーのデミオも6速MTを用意する。
SUVのCX-5は、2012年に発売された先代型はATのみだったが、2017年に投入された現行型は6速MTを設定した。アクセラにも6速MTがあり、2019年5月24日に発表される後継車種のMAZDA3も継続採用する。コンパクトSUVのCX-3にも6速MTがあるから、マツダ車でATしか選べないのはCX-8だけだ(OEM車を除く)。
ホンダシビックは、スポーティーなタイプRに加えて、1.5Lターボエンジンを搭載するノーマルタイプのハッチバックも6速MTを用意する。このほかホンダ車ではフィットRSホンダセンシング、トヨタはカローラスポーツ(1.2Lターボ)、スズキはスイフトスポーツやジムニーもMTを設定して人気を高めた。
AT限定免許が普及してMTがマイナーな存在になった今、なぜMTを選べるのか。マツダの開発者に、CX-8以外の全車に6速MTを用意する理由を尋ねた。
「マツダでは(先代CX-5以降の)新世代商品群を開発するに当たって、6速MTも新設計した。この仕上がりがよかったため、アテンザに採用したところ、お客様から高い評価を得た。ほかの車種でも6速MTを希望するお客様がおられたこともあり、今では大半のマツダ車に搭載している」という。
走りのコントロール領域を広げる情緒と楽しさ
スカイアクティブ技術を採用する今のマツダ車は、後席や荷室の広さといった実用性よりも、運転する楽しさに重点を置く。このマツダ車の性格と、6速MTは相性がいい。6速MTを用意するいちばんの理由も、運転の楽しさを盛り上げることだ。速度に見合う適切なギヤを選ぶほか、クラッチを操作することも運転の楽しさになりうる。
MTの楽しさをとくに感じるのは、峠道などのカーブを曲がるときだろう。カーブの手前で4速から3速、2速へとシフトダウンしてエンジン回転を高めておけば、カーブを抜けた後で素早く加速できる。難しいのはシフトダウンで、滑らかに減速しながら、エンジン回転数は順次高めて4速、3速、2速へとギヤを落とさねばならない。
そこで右足のツマ先でブレーキペダルを踏みながら、踵ではアクセルペダルをあおり、シフトダウンの度にエンジン回転を高めてクラッチをつなぐヒール&トゥの操作も必要になる。クラッチペダルを備えたMTならではの運転方法だ。
MTを選ぶ実用的なメリットは乏しいが、走りのコントロール領域を広げる情緒と楽しさがある。ステアリング、アクセル、フットブレーキに加えてギヤチェンジまで自分で行えば、クルマの走行をそれだけ広く管理できるからだ。
目的地までの移動手段とするならATが快適だが、運転を楽しむためにクルマに乗るなら、MTを選ぶ余地も生じるだろう。目的は移動ではなく運転操作に置かれ、ギヤチェンジもそこに含まれるからだ。
感じ方はドライバーによって異なるが、ヒール&トゥの操作で速度とエンジン回転がピタリと合い、滑らかにシフトダウンできたときは気持ちがいい。カーブをキレイに曲がれたときと同様だ。上手に操作できると、極めて軽い力でシフトレバーを扱える。回転合わせを緻密に行えば、クラッチペダルを踏まずに、シフトチェンジできることもある。
一部のMT搭載車が注目された背景には、AT限定免許まで創設されてAT比率が増え、MT搭載車が激減したこともあるだろう。確かにMTのニーズは下がったが、それ以上に車種が減ったから、逆に希少性が生じた。
家族を乗せられるセダンやハッチバックを選びながら、日常的な移動の中でギヤチェンジを楽しみたいユーザーもいる。そういった人たちが、CX-5やアテンザのようなマツダ車、シビックやスイフトスポーツを購入して、ちょっとしたムーブメントになった。
マツダの販売店からは「6速MTの設定により、他メーカーからマツダ車に乗り替えるクルマ好きのお客様が増えた」という声が聞かれる。6速MTだけで購入に導くことはできないが、背中を押す付加価値にはなるだろう。
MTは走りのイメージを高める
またホンダの販売店では「シビックが6速MTを設定したことで、スポーティーなクルマであることが表現された。ATだけでは普通のハッチバックだが、MTを選べると、タイプRと同じように走りにこだわったクルマであることがわかる」とコメントした。以前のMTは当たり前の存在だったが、少数派の今では、走りのイメージを高めるアイテムになっている。
別の観点では、MTにはクラッチペダルを踏むことで、駆動をカットできる安心感がある。何らかのトラブルによってアクセルペダルが戻らない(スロットルが閉じない)状態になったとき、MTであれば、クラッチを踏むだけで事故を回避できる。
昔話になるが、1990年頃までの右ハンドルの輸入車では、アクセルペダルが戻らなくなるトラブルが時々発生した。当時の欧州車は右ハンドルの設計と開発に不慣れで、アクセルワイヤーが引っかかったりしたからだ。
スロットルが開いた状態でクラッチペダルを踏むと故障の原因になるが、駆動力はカットできるから、危険な状態に陥るのは避けられる。クラッチペダルを踏みながら、右足の靴底でアクセルペダルを引っかくと、戻ることが多かった。
そしてMTの運転に慣れていると、同様のトラブルがATで発生しても落ち着いて対処できる。左足でブレーキペダルを踏みながら、ATレバーをN(ニュートラル)レンジに入れ、同じように右足でアクセルペダルを引っかく。
昨今はペダルの踏み間違いなどに基づく深刻な交通事故が増えている。これを防ぐためにMTを推奨するのは非現実的だが、トラブルに陥ったときにATレバーを真っ先にNレンジに入れるなど、駆動をカットすることは心がけておきたい。
自分の運転操作に対して、つねに疑いを持つことも大切だ。例えば駐車場から発進するとき、最初のタイヤのひと転がりは、ATのクリーピングで徐行する。操作ミスでギヤがR(リバース/後退)レンジに入っていれば、このときに気づくからだ。交差点で信号が青に変わって発進するときも、最初はアクセルペダルを緩く踏み、次に踏み増す。
公共交通機関の運転者は「指差し確認」を行う。確認作業そのものにも意味があるが、自分の操作につねに疑いを持ち、違和感を探る気持ちも高まる。これが安全性を向上させる。
古臭いMTに新たな効用の可能性
操作ミスに関していえば、MTでクラッチペダルをいきなりつなぐと、強いショックとともにエンジンが停止したり、ギクシャクと前後に揺れながら発進する。MTでは急発進させるとしても、クラッチペダルとアクセルペダルをデリケートに操作することが必要で、乱暴な操作では急発進すらできない。これが駆動を自分でコントロールすることでもある。
マツダではこの「手と両足を連係させるMTの操作に、認知症を防ぐ効果があるのではないか」という趣旨の研究を行っている。ハンドル操作に集中できる快適なATは、今後も主力であり続けるが、古臭いとされるMTに新たな効用が開ける可能性もある。
頻発する人身事故の防止には、高齢者を中心に補助金などの交付も視野に入れ、緊急自動ブレーキ(衝突被害軽減ブレーキ)を普及させるなど積極的な対策が急務だ。
それと同時に、少しでも長く安全な運転を続けられるドライバーのトレーニングも求められる。この対策の1つに、MTが果たす役割があるかも知れない。販売比率は2%のマイナーな変速機ではあるが、注目すべき点が多い。
AT限定免許ではない読者諸兄は、機会があったらMTを運転してみるといいだろう。ギヤチェンジの楽しさを再発見するかもしれない。