日本語学校大手「赤門会日本語学校」が3月に都内で行った卒業式。今年は35カ国から来日した約700人が巣立っていった(撮影:山内信也)

「今年2月に41校もの日本語学校の新設が認められた。これは半端な増え方じゃない」――。

1980年代に日本語学校の経営を始めた古参経営者は、「ひょっとして日本語学校は儲かると思って錯覚している人も多いのだろうか」と嘆息する。

2019年はすでに41校が開設

日本語学校は外国人留学生が来日したときの最初の受け皿になる、いわば外国人にとって「日本の顔」というべき存在だ。日本の大学に進学するにしても、日本の企業に就職するにしても、まずは日本語学校に入って一定程度の日本語を身につける必要がある。ここ数年、その日本語学校の開設ブームが起きている。今年2月19日現在で法務省が認めた、いわゆる「法務省告示の日本語教育機関」の数は749に達した。


毎年の新規開設と抹消の推移をみると、ここ数年の新規開設数の多さが際立っている。2015年は41校、2016年は50校と増え、2017年は77校に。2018年もほぼ横ばいの72校で、2019年は2月19日現在で41校の開設がすでに認められている(1990年は制度初年度のため、新規告示校は409校と多い)。


全国の日本語学校176校でつくる全国日本語学校連合会の荒木幹光理事長は「日本語学校は800校近くまで増えたが、金儲けを目的とする、不真面目な一部の学校経営者とわれわれを一緒にしてもらっては困る。大半の日本語学校は現地に行って面接と試験をし、目で見てしっかり留学生を選んでいる」と訴える。荒木理事長によると、学校の開設母体は、企業が技能実習の外国人従業員のために設立したり、大手学習塾の参入もあったりするようだ。

今年に入り、多数の留学生が行方不明になっている東京福祉大学や定員の3倍の留学生を受け入れていたことがわかった茨城県の専門学校の例など、外国人留学生絡みの不祥事が次々と明らかになっている。

荒木理事長は「われわれは年に1回、法務省と警視庁の研修をしっかり受けている。日本語能力試験で何級に何人受かっているのかのほかに出席率を見たり、どんなアルバイトをしているかなど、留学生に問題が起きないように気を配っている」と強調する。


赤門会日本語学校では35カ国からやってきた、さまざまな国籍の生徒が日本語を学ぶ(記者撮影)

日本語学校は日本語が不自由な外国人を受け入れる。一般的な学校とは異なり、外国人の来日時の出迎えに始まり、市町村役場における住民票や国民健康保険の加入手続き、寮や宿舎での居住マナーや電車の乗り方などの生活面まで学校の仕事は及ぶ。しかも、それを24時間体制でサポートしなければいけないという、特有の気苦労がある。

政府の「さじ加減」に揺れる日本語学校

日本語学校の歴史は、時の政府の出入国管理政策や地震などの外部要因に振り回される歴史だった。

1986年に学校を開設し、東京、大阪、京都で5拠点を展開するアークアカデミーの鈴木紳郎社長は「私が学校を始めたきっかけは、当時の中曽根政権が『留学生10万人計画』をぶち上げたときだった」と振り返る。

中曽根康弘内閣(当時)は1983年に「留学生受け入れ10万人計画」を公表した。日本が受け入れている留学生数が他の先進国と比べて際立って少ないことなどを背景に、当時のフランス並みの10万人の留学生を、21世紀初頭までに実現する目標を掲げた。実際、当時日本にいた留学生は1万人ほどに過ぎなかった。サラリーマンをしていた鈴木氏は「これは面白そう」と考え、日本語学校を始めた。

しかし、その後は浮き沈みの連続だった。1988年には、日本への留学を求める若者が急増し、ビザ申請に対応しきれなくなった中国・上海の日本領事館を取り囲む、いわゆる「上海事件」が勃発した。

韓国のビジネスマン相手の日本語研修がうまく軌道に乗ったかと思えば、アジア通貨危機(1997年)に遭遇したり、石原慎太郎都知事(当時、2003年)の「外国人犯罪キャンペーン」や東日本大震災(2011年)に直面したり。「(日本語学校を取り巻く外部環境は)ひどい波の連続。日本語学校の氷河期には、やめていった学校がいくつもある」(鈴木氏)という。

ある意味、入管当局の“さじ加減”1つで、日本語学校を生かすことも殺すこともできると言える。

増えぬ日本語教師、待遇で見劣り

そして今、過去に何度も経験した「日本語学校ブーム」が到来している。たしかに日本語学校の数は右肩上がりで増え続けており、日本語学習者の数も拡大している。

しかし、仮に拡大しようとしても、日本語学校には「成長の制約」がある。最大の問題は、日本語教育を担う日本語教師の不足だ。日本語学習者の数が増える一方なのに対し、日本語教師はあまり増えていない。文化庁によると、国内における日本語学習者数は2017年度に23万人を突破した。2011年度の13万人弱から2倍近く伸びたのに対し、日本語教師の数(ボランティアを含む)は約3万〜4万人とほぼ横ばいで推移している。


理由の1つは、日本語教師の待遇がよくないことだ。文化庁によると、日本語教師の約6割がボランティア。非常勤教師が3割で、常勤教師は1割強に過ぎない。年配の教師が多く、50〜60代で4割を占める。前出の鈴木氏は「日本語教師の給料は安い。老舗のある学校などは、ボランティア同様に安く使うところからスタートした。教師のなり手が少ないのは給料が安いからだろうが、今はものすごい人手不足だ」と認める。

日本最大級の年間3000人の日本語教師養成講座を持つ日本語学校大手、ヒューマンアカデミーは、この4月の新規入学者から日本語学校の授業料を6万円値上げした。寮費や教材費の有無で差があるが、授業料は初年度70万〜80万円。同社国際人教育事業部の田中知信・エグゼクティブオフィサーは「われわれも教師が不足しており、教師の待遇改善を想定すると授業料据え置きでは厳しい。値上げは過去15年で初めてのことだ」と話す。

【2019年4月8日17時30分追記】初出時、ヒューマンアカデミーの日本語教師養成講座の人数に誤りがあったため、表記のように修正しました。

外国人がこれからますます増えていくことを想定し、国も動き出している。

今年2月、文化庁の文化審議会日本語教育小委員会は「在留外国人の増加に伴い、日本語学習ニーズの拡大が見込まれることから、日本語教師の量的拡大と質の確保が重要な課題」などとする「基本的な考え方」をまとめた。具体的には、質の高い日本語教師を安定的に確保するために、日本語教師の日本語教育能力を判定し、教師のスキルを証明する「資格」を新たに整備する、と提言した。

ただ、日本語教育につぎ込まれる国の予算額はわずか200億円程度と乏しく、年間約4兆円がつぎ込まれる学校予算(文教関係費)との差は大きい。日本語教育機関の業界団体は昨年11月、超党派の日本語教育推進議員連盟(会長・河村建夫衆院議員)に対し、「日本語教育推進基本法(仮称)の早期成立を」と陳情するなど、日本語教育機関の所管官庁を明確にすることを求めている。官庁の指導権限の強化と国の財政的支援はトレードオフの関係にあるが、日本語学校のレベルアップのためにはこうしたことも必要になるだろう。

将来も日本に留学してくれるとは限らない

政府は今年4月に出入国管理法を改正し、特定技能制度を新たに創設した。今後5年間で介護や建設、農業など14分野で約35万人の外国人を受け入れる予定だ。そして、これほど多くの外国人をきちんと受け入れる大前提となるのが、生活や仕事に必要な日本語能力だ。

だが、「特定技能の登録支援機関が、日本語教育についてどういう役割を果たすのか。採算ベースに乗るかどうかを見ながら判断したいが、今はまだ不透明」(ヒューマンアカデミーの田中氏)と当面は様子見の姿勢だ。

3月18日、都内のホールで大手日本語学校、赤門会の卒業式が開かれた。この日卒業するのは中国、韓国やロシア、アフリカのマリなど、35カ国からやってきた約700人。答辞に立ったロシア出身のベリンスキー・ドミトリさんは「入学して2年。お店や役所で会話を理解してもらえないのは日常茶飯事だった」などと日本での生活の苦労を振り返ると、ひときわ大きな歓声が響き渡った。


民族衣装に身を包んだ留学生による卒業式の記念撮影(撮影:山内信也)

ドミトリさんは日本の大学に進学する。彼のように、日本語学校卒業生の7〜8割は大学や大学院、専門学校への進学を希望している。50カ国から1900人が常時在校している赤門会の新井永鎮常務は「ベトナムやネパールなどはここ数年、日本人気だが、ベトナムでも私費で日本で留学する人が少しずつ減ってきている。ベトナムの国力、経済力が上がっているから。アジアのどの国でも、第一富裕層と言われる子どもたちの留学先ナンバーワンはどうしてもアメリカやイギリスになる。2020年の東京五輪後に日本人気もおそらく一巡することなど、複合的要因を考えると、今までのように留学生が右肩上がりで増えることはおそらくない」とみる。

現状の日本語人気に甘えずに、わざわざ日本に来て日本語を学び、日本の学校や企業、地域に入っていく若き外国人たちにどう向き合うか。人類史上例のない、本格的な人口減少に向かう日本社会に突き付けられた大きな課題である。