大阪桐蔭の春夏連覇で幕を閉じた夏の甲子園100回大会。熱戦の余韻は続いているが、ほとんどの学校は新チームが動き出し、来年春のセンバツを目指し日々練習に励んでいる。そんななか、新チームにたしかな手応えを感じているのが、この夏の甲子園にも出場した沖縄・興南高校の我喜屋優(がきや・まさる)監督だ。


昨年の夏も甲子園のマウンドを経験している興南の2年生左腕・宮城大弥

 大会期間中、試合がない日に割り当てられる2時間練習では、炎天下のなか、我喜屋監督自らノックバットを振り、普段の物腰の柔らかい話しぶりからは想像できない甲高い声で檄を飛ばしていた。

 副部長としてチームに帯同している砂川太コーチは言う。

「興南高校のグラウンドでのビリビリと電流が走るような雰囲気を、そのままこっちに持ってきているような感じがします。たしかに、あの頃がそうでしたよね」

 砂川コーチの言う”あの頃”とは、2010年の春夏連覇の1年前、つまり島袋洋奨(現・ソフトバンク)や我如古盛次(がねこ・もりつぐ/現・東京ガス)らが2年の時である。

 島袋らの代は2年春から4季連続で甲子園に出場したが、2年時はいずれも初戦敗退。春は富山商に0-2で敗れ、夏は今宮健太(現・ソフトバンク)擁する明豊に3-4でサヨナラ負けを喫した。

 ただ、富山商戦では島袋が19奪三振の好投を見せ、夏も真栄平大輝(まえひら・だいき/現・JR東日本)が今宮からホームランを打つなど、のちの主力となる下級生たちが経験を積んだ。

 多くの経験者を残したことが、偉業達成の大きな要因となったのは言うまでもない。ちなみに、この夏のチームは下級生レギュラー5人。「力があれば下級生でも迷いなく起用するのがウチの伝統」と言う我喜屋監督だが、たしかにスタメンの全体像はあの時の構成に近い。

 2年連続出場となった今大会では、2回戦で木更津総合に0-7と完敗を喫したが、土浦日大との初戦は6-2と快勝。技巧派の藤木琉悠(3年)と本格派の宮城大弥(2年)という両左腕エースによるリレーも鮮やかに決まり、ベスト8入りした2015年以来となる3年ぶりの甲子園勝利を挙げた。

 とくに8回無死満塁からリリーフし、空振り三振、投手ゴロ併殺打に打ち取り、無失点で切り抜けた、この”宮城の10球”は、富山商戦での”島袋の19奪三振”を彷彿させる名場面だった。

“島袋の再来”と期待される宮城だが、昨年夏は背番号11を背負い、甲子園初戦の先発マウンドに立ったものの、智弁和歌山の強力打線に5回4失点KOとホロ苦い経験となった。

 土浦日大戦の後、宮城はこう語った。

「去年は相手に対して恐怖心を抱いたまま投げてしまった。今年は怖さを蹴り飛ばすつもりで、それぐらい強い気持ちを持って試合に臨めました」

 続く木更津総合戦はリリーフで3回2/3を投げて3失点と打ち込まれたが、自己最速タイとなる143キロをマーク。

「結果的に負けてしまったので、蹴り飛ばせたかどうかはわかりませんが、去年のような怖さはいっさいなかったです」

 去年の経験を力に変えたのはたしかだ。

 我喜屋監督も「同時期の島袋と比べて、単純にスピードという点では宮城の方が上」と言い切る。中学時代にU-15日本代表にも選ばれた宮城への期待も、さらに大きくなったに違いない。

 その宮城に加え、初戦で先制打を含む2安打2打点と活躍した根路銘太希(ねろめ・たいき/2年)や、1年生にしてスタメンで出場し3安打を放った西里颯といった下級生が躍動。さらにはショートで好守備を連発した勝連大稀(かつれん・ひろき)、正捕手の遠矢大雅も2年生である。

 1年生の西里に対して、我喜屋監督は次のように語る。

「こちらが指示する前に、自ら逆方向への打撃をする職人肌のタイプで、2010年の春夏優勝メンバーで、当時2年生だった大城滉二(現・オリックス)のような選手になる可能性を秘めています。一方で、我如古のような意外性もある。炎天下でみんなと同じ練習をしていても、なぜか西里だけは日焼けしないんだよなぁ(笑)。そんな不思議さを持っているという意味でも、今後は西里あたりがラッキーボーイとして活躍してくれるでしょう」

 じつは、この夏を前にして、我喜屋監督は大好きな酒を断ち、1カ月で4キロ体重が落ちた。それによって我喜屋監督の現役時代(24歳当時)と同じになったそうだが、かつての数値に戻したことで闘争心が蘇ってきたのか。それとも、再び全国の頂点を狙えるチームに出会えたことで、68歳の肉体を若返らせたのか。我喜屋監督は言う。

「島袋たちが2年だった頃の雰囲気に似てきたかな」

 いずれにしても、再び全国の頂点を狙えるだけの下地が固まりつつあることだけは間違いない。