画/ぼうごなつこ

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市役所職員を18年勤めた後、2012年の「維新ブーム」で衆院議員に初当選。14年に落選するも、17年衆院選で自民党から出馬して当選した杉田水脈氏。文筆家の古谷経衡氏は「『打倒左翼』という言葉をさけぶばかりで、体系的な主張や世界観が何一つない」という。そんな杉田氏が「オタサーの姫」としてネット右翼から熱狂的な支持を獲得した背景とは――。

※本稿は、古谷経衡『女政治家の通信簿』(小学館新書)の一部を再編集したものです。

■定義が曖昧で、呪詛の対象も定義も判然としない

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杉田水脈 衆院議員
1967年生まれ。神戸市出身。鳥取大学農学部卒業後、積水ハウス木造を経て、西宮市役所職員に。2012年衆院選に、日本維新の会より出馬し(兵庫6区)、比例近畿ブロックにて復活当選。17年衆院選では自民党から出馬し、当選(比例中国ブロック)。国連に影響力を及ぼす日本の左派団体を批判し、保守層の支持を得る。

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杉田水脈(みお)がその著書で開陳する世界観がまったくよく分からない。なぜなら杉田の世界観には、ひたすら「打倒左翼」という言葉しか無いからである。

体系的な主張や世界観が何一つ無い。たとえば代表的な女性保守政治家であり、杉田と同じ次世代の党に所属していたこともある中山恭子(希望の党)が「戦後シンドロームからの脱却」というスローガンを主張し、その元凶が教育にあると言い切るのに対して、杉田のそれは曖昧すぎてその呪詛の対象も定義も判然としない。

杉田水脈は、元来兵庫県西宮市の市役所職員を18年勤めた地方公務員であったが、2012年衆院選挙における「維新ブーム」の中で一挙に代議士として国政に登場した。そののち、日本維新の会が分党して「次世代の党」を作ったときこれに参加。2014年12月の衆院選挙で落選して以来、珍しく一貫して自民党に入党せずに「ゲリラ戦」を続けてきた。

■2014年の落選以降、知名度が加速度的に上昇した

落選した後の杉田は、精力的にネット右翼への訴求に傾注した。右派系雑誌(隔月)『JAPANISM』(青林堂)の常連寄稿者となり、現在までに杉田水脈の名で刊行されている4冊の著書の内、2冊が同社を版元とした出版である(『なでしこ復活 ─女性政治家ができること─』『なぜ私は左翼と戦うのか』)。

また杉田はネット右翼に人気のあるYouTube番組やCS番組にも積極的に出演し、対談や討論、オピニオン開陳を行う他、SNSアカウントでも頻繁な投稿を繰り返している(2018年5月現在、そのフォロワーは約10万人)。このように、杉田は維新の会で第一期の代議士をやっていた時代よりも、むしろ2014年に落選以降、知名度が加速度的に上昇しているとみた方が良い。

杉田はその著書、『なぜ私は左翼と戦うのか』にあるように、一貫して「反左翼」の保守系女性言論人としてネット右翼に圧倒的な知名度を獲得するに至る。しかし杉田の仇敵という「左翼」が、何を指し示すものなのかは、一向にその正体が判然としないのである。

■「人道主義」がなぜ「左翼」とイコールなのか

試しに前掲書を読むと、杉田の言う「左翼」とは、日本共産党、中国、韓国、既存の大手マスメディア(NHK、朝日新聞、毎日新聞、TBSなど)、国際連合、はてはLGBTへと対象を広げ、これらをひとくくりにして「人道主義」として「左翼」と定義し、批判の対象としているのである。

普通、「左翼」とは、人間の理知や理性に誤謬が無く、過去から未来に向かって急進的かつ計画的に社会が進歩し得ること(進歩史観)を信じる価値観を指す。

その意味で日本共産党は冷戦時代が終わってしばらくまで、政治用語的に「革新」と定義されてきた。が、天賦人権を肯定するものとして、「保革」の区別無く近代以降是認されてきた「人道主義」がなぜ「左翼」とイコールなのかの説明は一切無い。杉田は漠然とこれらの勢力や国家や組織を「左翼」と定義しているが、つまりは自身の道徳観や世界観と相容れず、嫌悪するに値するものを一括して「左翼」と称しているだけで、その呼称も「反日左翼」とか「サヨク」などと移ろいでいる。

■「左翼」「革新」「保守」を理解していないのではないか

私は杉田を批判しているのでは無い。杉田の熱心な支持層であるネット右翼の間にある「左翼」像と杉田の想定する「左翼」像が、ほとんど同じものであるだろうことを指摘しているに過ぎない。「左翼」の定義がこのように曖昧であると、対置される「保守」の方への認識もおそらく推して知るべしであろう。

「保守」とは本来、人間の不確実性・不完全性を認識しつつ、であるからこそ歴史的経験や慣習に照らし合わせて漸次的に社会を改良する価値観を指す。そのような意味では「保守」とか「保守主義」とは、中国や韓国、朝日新聞やLGBTへの嫌悪とは全く関係の無い立ち位置なのだが、ネット右翼のほとんどがそうであるように、杉田自身が「左翼」も「革新」も「保守」も、その本質をよく理解していないのではないかと疑いたくなるのである。

■日本軍の従軍慰安婦問題に積極的に関与

さて、代議士で無くなった浪人中の杉田の動静を注視していた私は、杉田がこのまま女性活動家として各方面で定着し、議員に復帰するつもりはないのだろうと踏んでいた。というのも杉田は落選してから、元女性代議士として日本軍の従軍慰安婦問題に積極的に関与しており、「日本軍による(慰安婦の)強制連行は無かった」「(慰安婦が)性奴隷であったという事実は無かった」というオピニオンを、国内のみならず海外に向かって積極的に発信する活動をやり始めたからである。

ちなみに従軍慰安婦問題については、男性側が「無かった」というよりも、女性側が「無かった」として同性が同性への陵辱を否定することが保守界隈の傾向として強い。確かに、一般的に性暴力の加害者である男性が従軍慰安婦の強制性を否定するよりかは、被害者である女性がその強制性を否定する方が、「なんとなく」説得力があるかのように思える。

なぜ説得力があるかというと、脂ぎったオッサン活動家が従軍慰安婦を「無かった」というよりも、被害者の同性側、つまり女性から否定された方が、より男性的には得心の度が強まるからだ。要するに男からすると、「女がそう言っているのだからそうに違いない」と溜飲を下げられる。ネット右翼が3:1の割合で男性に著しく偏重しているのは私の調査だが、私の観るところ杉田のファンには男性が多い。

■男性的価値観への無批判な追従

本人の無意識か意識的かは分からないが、女性側から男性の自尊心やプライドをくすぐる事を言うことで、杉田はネット右翼から熱狂的な支持を獲得してきた。それは男性的価値観への無批判な追従であり、要するに男性寡占世界に於いての男へのヨイショと「媚び」なのである。これを現代風に言えば、男性寡占社会の中に紅一点の女性が入り込み、彼らの自尊心をくすぐる事(あるいはくすぐり続ける事)で歓心を買う「オタサーの姫」と相似形である。繰り返すように私はこれを杉田が意図的にやっているかどうかまでは断定していない。ただその構造を指摘しているだけだ。

であるから、主にアメリカにおいて在米韓国人団体などが慰安婦像を建立していることに対して、反対の前衛に立ってネット右翼から注目を得ているのは男性ではなく女性活動家であり、その象徴的な例が、山本優美子氏を代表する日本の女性市民団体『なでしこアクション』なのである。

ところが少し立ち止まって考えてみると、一般的に性暴力の被害者である女性の側が、同性への性被害を「無かった」として擁護するのは国際潮流に反した奇観なのではないか。ハリウッドでの女優やモデルらの告発にはじまったいわゆる「#MeToo」問題にしても、被害者と同じ「性」であり、その苦衷を想像できるはずの女性が「そんなものはない」と批判し、加害者側に加担し、男性側に同化する現象を私は観たことが無い。

■「性奴隷」と形容するかは、表現のギミックにすぎない

私は、女性が日本軍の慰安婦問題に関わるべきでは無い、といっているのでは無いが、日本軍の慰安婦問題は秦郁彦氏を中心とする実証史学の分野ですでに結論が出そろっており、性に関係なく、この問題を歴史家では無い政治活動家が俎上に載せても、国際世論への公論惹起にはつながらないのではないかと思う。

実際に日本政府は、公式に従軍慰安婦の存在を認め、そこに日本軍の関与を認めるばかりか、村山・河野の談話において公式的立場として謝罪と賠償の意味での基金設立を行っている。2015年に安倍晋三・朴槿恵両首脳で合意されたいわゆる「慰安婦合意」でも、日本は公的に韓国(朝鮮)出身の慰安婦の供出と管理に、日本軍が関与していることを認めた上で、「最終的かつ不可逆的に」と結論してこの問題の最終解決が合意されたものである。

論点はこれを「性奴隷」と形容することがふさわしいか否かであるが、それは史学での検証と言うよりも表現のギミックの範疇に入ると思う。

■従軍慰安婦に支払われた給与は「紙切れ」になった

ちなみに私は従軍慰安婦に対して、その出身地が日本、朝鮮、台湾を問わず「性奴隷」という表現は適当では無いと考えている。

また同時に「従軍慰安婦の待遇が優遇されていた」事を以て、従軍慰安婦への日本軍の関与を正当化するつもりも無い。多くの場合、従軍慰安婦に支払われた給与は軍票であり、出金に制限があった。そしてたとえどんなに高給をもらっていたとしても、日本の敗戦と共にその軍票は無価値の紙切れになった。

日本人が歴史の一面の加害者として痛切に理解しなければならないのは、軍の関与や強制性云々では無く、こちらの方だと個人的には思う。

ともあれ、こういった下野中の杉田のゲリラ的政治活動が自民党に認められたのだろう。杉田は2017年衆院選挙で自民党比例中国ブロックから立候補し、約3年ぶりに代議士に復帰した。旧次世代の党が壊滅して以来、ほとんど全ての代議士は日和見的に自民党に復党するのが常であったが、そういった日和見態度に出ず、地道なネット宣伝活動を3年間続けた上で、自民党に入党した例は杉田水脈ただ一人である。こういった意味で、杉田の実直さはネット世論から厚い信頼を受けるに至っている。

ちなみに現在、杉田がそのオピニオン発信の主戦場のひとつとしているツイッターのヘッダ絵は、「そうだ難民しよう!」というシリア難民を揶揄するイラストを投稿して国際的顰蹙と抗議が殺到した、イラストレーター・はすみとしこ氏による、日章旗を背景にした自画像である。(文中敬称略)

(文筆家 古谷 経衡)