「N’s method」で野球の指導を行う中村紀洋氏【写真:(C)PLM】

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子供たちへ情熱傾ける中村氏、熱い指導論「離れるまでは面倒を見たい」

「N’s method」で野球指導を務める中村紀洋氏へのインタビュー前編は、プロ野球生活を中心に語ってもらった。そこで得た経験と知識は今、指導の道でどのように生かされているのだろうか。そして、野球を通じて何を教え、伝えたいのか。ここでは、中村氏の指導理念と現在をお届けする。

「信用していたコーチから『振れぇ!』と言われて。『3球振って帰ってこい』で、ストライクを見逃したら怒られる。全部振ると『OK! それや!』って」

 中村氏がプロの世界へ飛び込んでからほどなくして叩き込まれたフルスイングの礎は、現在も野球指導を行う上での土台となっている。

「当てにいくとか、中途半端なことは絶対に勧めない。『思い切り振って3球振って帰ってきなさい。空振り三振でいいよ、次に生きるから』と教えています。プロ野球選手でもあの時やっておけばよかったと、どこかに後悔が残ります。後悔しないように、満足して野球人生を歩む。社会人になっても最終的には『よし、俺はよくやった』と思えるような努力をしてほしいと思います」

 野球から生き方を学んでほしい。そして、その過程では、勝つことも大事なのだと繰り返す。昨年12月2日、3日に行われた第1回中村紀洋杯中学硬式野球大会のスピーチでも、「勝ち」に力を込めた。

「負けると、次にやる気がなくなりますよね。スポーツだけでなく、社会に出ても。勝つためにどう動いていくかということを中学生ぐらいの時から体験すれば、いざ、そういう場に立ち向かった時に乗り越えてくれると思います。『耐えて勝つ』という言葉をいつも言っています。できると思うからチャレンジするわけで、最終的に勝つことを目標にする」

 そのために必要と考える要素は情の人らしく思えるが、それも物事を突き詰めて導き出されたものだ。

「勝つためには楽しまないと無理。勝ったから楽しいというわけではなく、楽しみながらやって勝てます。楽しくなかったら、勝てるものも勝てなくなる。勝てないのは例えば、指導者をずっと意識して、野球に集中できていないということもあるかもしれません。それを変えていきたい」

 代名詞のフルスイングに「理」を詰め込んだように、勝利するための手段として「楽しむ」の感情を喚起するのが指導者としての中村紀洋流だ。

「皆、自分の考えがあるから、それを変えるのは難しい。だから、その考えでやってもらいつつ、無駄なところを省く作業が『N’s Method』です。変えるとゼロからのスタートになるので。小学校から高校まで10年振ってきたバッターに、それを止めさせたら10年分損します。軸は一緒で無駄だけ省けばいい。それと頭。『どうすればボールが飛ぶか』、『自分に何が合っているか』と考えられるかどうか」

「プロでもつかめないまま終わった人がいっぱいいる」、求めるのは量より継続

 指導方法はシンプルだ。真新しいことを推奨するわけではない。選手それぞれに合う方法があるため、そこは崩さないように注意する。思考が整えば、あとはどう積み重ねるか。

「天性のものなんて絶対ないから努力する。努力することによって何かをつかめます。それをつかんだらいつでも打てるようになります。でも、それは誰も教えてくれないので、プロでもつかめないまま終わった人がいっぱいいました。自分はつかめたから、長くできた。誰も助けてくれないので、やると決めたらとことんやる。プロも簡単な世界ではなかったので、自覚を持って、何事も自分でチャレンジして解決しない限りは絶対に成功できない」

 求める努力は、量ではなく継続にある。「『1万回も振らないでいいから。30球だけ思い切り振って、それを毎日続けてみよう』と教えています」。育みたいのは、諦めない心だ。

「当時の感覚で指導をすると毎日、腹が立つと思います。だから、プロのOBがアマチュアを教えても、できないものだと思って接しています。できたら褒めて、絶対にけなさない。『こんなこともできないの』というのはプロ野球OBの大体の感覚です。できない時はもっと分かりやすく言えば、自分の勉強にもなる」

 自分たちの時代とは違うから、適応する。中村氏も学びの最中だ。ただ、責任を持って子供を預かった以上は譲れないこともある。

「僕らの時代に比べて、親御さんが甘い部分もあると思います。今の中学生、高校生ぐらいの年代は自分でバッグや道具を持たない。野球をするだけでグラウンドの整備をしない子もいますし、親が代わりにすることもある。それじゃあ、あかんと。使った物を大切にして、感謝の気持ちを持ってやらない限りはうまくならないことも教えています」

「挨拶ができない子が多いから、挨拶ぐらい簡単にしようよと。朝に『おはようございます!』と声に出すだけで、お互いが気分よく1日を過ごせるじゃないですか。きっちりした挨拶と礼儀。礼に始まり礼に終わる。それはもう基本ですからね」

 今、中村氏の原動力となっているのは、野球への感謝の気持ちだ。現在、野球が直面している問題にも思いを巡らせる。

指導に身を粉にする今、プロ野球復帰への気持ちは…

「昔は空き地が多かったけど今は整備されているし、あったとしても野球をしたら駄目という場所も多いですから。ボールを持ってキャッチボールもできない。必然的に野球人口が減るとは思いますね。だから、自分のできることで、野球がこんなに面白いんだという人が1人でも増えたら。1万人増やしたいなんて大層なことは思ってないので、少しでも野球が楽しいと思える子たちができれば、それだけで十分です」

 現在はプロ野球を「全然、観ていない」と言うが、後進も気遣う。

「本当に完全燃焼して、やれるところまでとことんやってほしい。楽しんでやればファンにも伝わるし、それで観る側も楽しくなればファンも増えるでしょう」

 気になる現役選手には、やはり振るバッターとして「柳田悠岐(福岡ソフトバンク)」を挙げた。

「怪我をするなよと思いながら。振ってもいいけど、ケアをしないといけない。若かったらできることもあるけど、26歳と29歳のスイングは絶対に変わるから。同じように考えて振っているようなら、怪我をして終わる。だから、ちょっとずつモデルチェンジが必要。自分は周りの人間に見せないようにして、どんどん振り回しながら変えていた」

 中村氏の豪快なフルスイングは、もう見られないのだろうか。「プロ野球のチームからオファーが届いたら」との問いには即答だった。

「行かない。僕を信用、信頼して来てくれる生徒が1人か2人だとしても、子供たちが離れるまでは面倒を見たい。今は子供たちに、野球選手として一人前になる準備をさせないといけない。これからうまくなれる土台を早く作ってあげて、高校に送り出したい。プロ野球のチームから『戻ってこい』とオファーが来ても、行かないと思う。行ったとしても、その子たちのことが気になるから集中できない。一つのことに集中したいから、今は子供たちのためにどうしたらいいかを考えています」

「生涯現役」を掲げる中村氏は、これからも野球と向き合い続ける。指導の道でもフルスイングの信条を貫きながら。(「パ・リーグ インサイト」藤原彬)

(記事提供:パ・リーグ インサイト)