「僕のヤバイ妻」伊藤英明と木村佳乃のヤバさを検証

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火曜の夜10時〜は「重版出来!」(TBS)と「僕のヤバイ妻」(フジテレビ/脚本:黒岩勉)の2本のドラマが放送されている。どちらも視聴率は高いとはいえず、1話から最新回までずっと10%以下だったところ、


極めて誠実な仕事への向き合い方を描いた「重版出来!」が伸び悩む一方で、ゲス過ぎる欲にまみれた男女の姿を描いた「僕のヤバイ妻」の視聴率がここへ来て9.4%(5月31日の第7話)にまで上昇した(その日の「重版出来!」は7.4%)。
やっぱり時代は真面目で誠実よりもゲスなのか。そもそも、フジテレビの火曜10時、関西テレビ制作枠は、かつて「僕」シリーズという実直なドラマを草なぎ剛主演で放送し好評を博していた。にもかかわらず、「僕」のタイトルを使って、真逆な方向に振り切った決断が時代の移り変わりを感じさせるではないか。

ドラマの概要は、結婚6年目、傍から見たら豊かで幸福そうな夫婦(伊藤英明、木村佳乃)の妻がある日誘拐された。ところがそれは妻の狂言だった。第1話は、ヒット洋画映画「ゴーン・ガール」(2014年)ぱくり疑惑で注目されるという、このつかみ方がゲスイ。架空の毒薬を登場させてネット検索を煽るのも用意周到だった。
第2話は、妻の独白で狂言誘拐の顛末を一気に説明。自分を殺そうと共謀する夫と不倫相手(相武紗季)への反撃の意思が実にわかりやすかった。

3話になると、夫婦それぞれの行動を描き、「ヤバイ妻」というより「ヤバイ夫婦」になってきて、ここから面白さが加速度を上げてくる。「ゴーン・ガール」の闇というよりも、「ローズ家の戦争」(89年)とか「Mr.&Mrs.スミス」(05年)的な痛快さだ。もっとも、こういう欲望ドロドロ展開はジェットコースタードラマ「もう誰も愛さない」(91年)などに代表されるフジテレビの自家薬籠中のものでもある。

伊藤英明の行動の根拠は愛情とかではなく、お金。不倫相手もお金目当て。話は妻の身代金として用意された2億円をめぐっての攻防になっていく。伊藤英明の姉の元夫で今は探偵をやっている(都合のいいキャラ設定)宮迫博之や、夫婦の近所の年下イケメン夫(高橋一生)とおばちゃん妻(キムラ緑子)も金に眼がくらんで、次々と夫婦に襲いかかってくる。
このままではただのドタバタな欲望バトルものだが、妻が利用していた美大の後輩(眞島秀和)が死んで、誰が彼を殺したのか謎を引っ張っていることと、年の差夫婦にも秘密を作っていること、妻の知り合いであるバー経営者(佐々木蔵之介)を意味深に登場させたり、事件を追う刑事(佐藤隆太)に唯一の実直さを託していたりと、意外ときめ細かい。脚本の黒岩勉は、「ストロベリーナイト」「謎解きはディナーのあとで」「ようこそ、わが家へ」などの人気ミステリー小説の脚本化を多く手がけているだけに随所に眼を行き届かせている。

そういう下地があってこそ7話が弾けた。離婚を前に最後の晩餐とばかりに夫婦が夕食を作り合うが、両者とも毒を仕掛けている。腕によりをかけた毒入り料理の前で行われるロシアンルーレット。バラエティー番組のそれのようで、はらはらしっぱなし。伊藤英明の脳内シミュレーションが台詞で語られるところはちょっと「カイジ」ふう。「これも これも これも 毒だらけかよ」とか毒入を回避する際にいちいち「セーフ!」と叫ぶところにはお腹を抱えた。

この脚本をみごとに成立させているのは、伊藤英明と木村佳乃だ。
伊藤英明は「海猿」シリーズなど、肉体美で人気を誇っていた俳優だが、その肉体が放つ理屈抜きの野性が、服を着ていても濃厚に放たれる。その威力に圧倒されっぱなし。対する木村佳乃は徹底的にクール。へんな作り声を出しても、貞子のような格好をしても、常に淡々としている。人形のように整った目鼻立ちを一切歪ませることのない精神力と顔筋は脅威だ。
本能ギラギラの伊藤英明とマシーンのように抑制された木村佳乃。このふたりの拮抗するエネルギーがドラマを面白くしている。

この夫婦は、結婚前に「死がふたりを分つまで決して離れない」とワインで血判して誓い合っていて、これがドラマの鍵になっていそう。ふたりは、どちらが死ぬまで戦い続けることが呪いのように宿命づけられているのだ。物騒だけど、ある意味、このふたり、お似合いということなのかもしれない。

7話のロシアンルーレットを超えるエピソードが8話以降も描けたら化けるだろう。
(木俣冬)