2011年08月03日配信のメルマガより抜粋

 7月31日に行なわれたチャリティーセミナーで、「日本サッカーをいかに育むべきか」とういテーマで元FC東京、元∪−17日本代表監督の城福浩氏と対談させていただいた。

■参考記事:城福氏が日本は「クラブユースが改善されなければ、中国に抜かれる」と分析(サッカーキング)

 城福氏からは興味深い話を多く聞け、私からも日頃メルマガを中心に訴えている育成環境の改革や整備について提言を発信してきた。セミナー参加者からの質問でジュニアユースの育成環境について聞かれた際、トレーニングコンペンセーション(育成補償金、以下TC)についての問題を話したのだが、今回は改めてTCについて考えてみたい。

 FIFAで定める「Regulations on the Status and Transfer of Players(選手の地位ならびに移籍に関する規則。通称RSTP)」では、34ページからトレーニングコンペンセーション(TC)の目的や支払い、義務などについての説明がある。TC自体初耳の読者もいるかもしれないが、FIFAでは23歳以下の選手が移籍する際、その選手が12歳から21歳までプレーしたクラブ、すなわち育成してもらったクラブに対して、移籍先クラブが育成補償金たるTCを支払うことを義務付けている。

 当然ながら日本の移籍においてもTCは発生するが、移籍金制度が2009年シーズンからFIFAルールに移行したのに対して、TC制度は選手会の反対を押し切って日本サッカー協会(以下、JFA)とJリーグが日本独自、Jクラブを過剰に守るようなローカルルールを作っている。

 日本のTCルールで最も特徴的なのが、「トレーニング費用」と「トレーニングコンペンセーション」という2つの育成補償金制度がある点。トレーニング費用とはアマ選手がプロ選手として移籍する場合の育成費であり、トレーニングコンペンセーションはプロ選手がプロ選手として移籍する場合の育成費。FIFAルールにおいてはTCとして一つにまとめられている項目ながら、日本のTCはJクラブにとって有利となるようなダブルスタンダードの制度となっている。

 簡潔に説明するなら、「トレーニング費用」とはある選手がJリーガーとなった時、選手を育てた高校、大学に支払われる育成補償金のことである。晴れてJリーガーとなった選手が15歳から22歳までの間プレーしたチームに支払われるトレーニング費用の金額については、プロ入り直前の在籍団体には上限30万円×在籍年数(※ただし5年目以降は年15万円)、2つ前以前の在籍団体には上限15万円×在籍年数という計算式で算出される。

 例えば、来季の目玉選手であるU−22日本代表の山村和也(国見高→流通経済大4年)がJクラブに加入する場合、直前の在籍団体である流通経済大には30万円×4年の120万円が上限として、2つ前の在籍団体である国見高には15万円×3年の45万円が上限として支払われる。とはいえ、「上限」と明記しているようにここでもJクラブ庇護のためか、下限でも一律でもなくあくまで上限であり、Jクラブによっては財政難を理由に満額どころか一切支払わないクラブもあるのだという。

 ちなみに、これだけ大卒Jリーガーが増加しているにもかかわらず、トレーニング費用が大学に支払われているケースは全体のうちわずか3分の1。よって、満額の120万円を支払っているケースは数えるほどではないかという推測が立つ。

 プロ野球のように契約金なしで選手を獲得できるJリーグが、プロ選手1人を獲得するために大学に120万円、高校に45万円を捻出できない現状。しかもそのお金は選手個人でも、育てた指導者でもなく選手を輩出したチームに入るもので、トレーニング費用を受け取ったチームは、その資金を活かして新たにいい選手を育てようとする。

 FIFAルールをしっかり読めば誰でもその意図を理解できるのだが、TCとは「選手を育てた謝礼」なのではなく、「いい選手を育てる育成機関に好循環を作ってもらうための投資資金」の意味合いが強い。しかしながら、現在これだけ選手を輩出する大学に全体の3分の1しかトレーニング費用を支払うことができない事実は、単に「Jクラブの経営が厳しい」と言うだけで済む問題なのだろうか?

 話がそれてしまった。続いて、「トレーニングコンペンセーション」について。こちらは、プロ選手がプロ選手として移籍した場合に発生する育成補償金。この金額は、トレーニング費用とかなりの差があり驚かされる。

 プロA契約の選手がJ1のクラブに移籍する場合、1年あたり一律800万円。J2のクラブ移籍で400万円、JFLで100万円だ。例えば、高卒Jリーガーが3年間プレーして22歳でJ1の別クラブに移籍するとなると、移籍先クラブは移籍補償金(違約金=移籍金)とは別に800万円×3年の2400万円を移籍元クラブにTCとして支払うことになる。

 しかも、J下部で育った生え抜き選手に関しては、ジュニアユースの在籍期間が年100万円、ユースの在籍機関がJ1なら年800万円(J2なら年400万円)で算出されるため、もしジュニアユース、ユースを経て、トップで3年在籍して他のJ1クラブに移籍したとすると、ジュニアユース時代は100万円×3年の300万円、ユースから上は800万円×6年の4800万円となるので、合計5100万円がTCとして請求できることになる。

 ここで日本のTC制度がダブルスタンダードになっている理由を気づかれた方は非常に鋭い。前述の通りFIFAではTCが発生する年齢を12歳から21歳までと定めており、これが国際基準の「育成期間」であることがわかる。

 日本のルールにおいても、プロからプロのTC制度ではFIFAルールと同じく第3種のジュニアユース年代が育成期間として認められている。しかし、アマチュアクラブに対するトレーニング費用の制度ではこのジュニアユース年代の3年間が育成期間として認められておらず、町クラブ出身のJリーガーが生まれたとしても町クラブには育成補償金が一銭たりとも入ってこない。

 確かに町クラブの中には、組織として曖昧な体制をとっているクラブもある。日本でトレーニング費用の請求権を持つチームは「営利法人、財団法人、社団法人、NPO法人または学校教育法第1条に定める学校」と定められており、組織としての体をなしていない町クラブに育成補償金が入ることを懸念して、トレーニング費用発生の期間からジュニアユース年代を排除したのかもしれない。

 ただし、そうはいっても国際的統一基準であるFIFAルールとは明らかに異なる点は気になる。手弁当で厳しい運営を行なう町クラブのような組織にこそ、本来は選手育成の補償金がしっかりと支払われるべきではないだろうか。そして、彼らに今まで以上にいい選手を育ててもらうべきではないだろうか。

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