椎名林檎(撮影:外山繁)
 1998年にデビューした椎名林檎が、さいたまスーパーアリーナで「椎名林檎 (生)林檎博'08 〜10周年記念祭〜」を行った。会場に集った観客は三日間で述べ55,000人。彼女のキャリアを通じて最大規模だ。照明が落ちると、まずはステージ前に設置されたオーケストラ・ピットに総勢65名の林檎博記念管弦楽団が登場。指揮を執るのはアルバム『平成風俗』でもお馴染み斎藤ネコ氏だ。そして、楽団の音出しから緩やかに幻想的なオープニング曲「ハツコイ娼女」へ。会場を満たす彼女のサンプリング・ヴォイスが肉声にすり替わると、焚かれたスモークの向こうから、椎名林檎がゆっくりとその姿を現した。ふわりと繭がかかるエルクのような角を頂いたデコラティヴなヘッド・ドレスとモスグリーンのロング・ドレスを合わせた衣装は、曲調と相まって、聴き手を幻想的な空間に導いてゆく。そして、2曲目「シドと白昼夢」からはベースの亀田誠治、ドラムの河村“カースケ”智康、ギターの名越由貴夫が参加。「ここでキスして。」と「本能」という大ヒット曲が早くも披露される。そして、「ギャンブル」を歌い終えると、彼女は舞台袖へ。ここでスクリーンに「林檎の筋」とタイトルが映し出され、椎名林檎10年の軌跡が「宗教」のインストゥルメンタルとナレーションを交えスライドショー形式で上映される。

 中盤は、ギターを手に、「ギブス」からスタート。オーケストラ・アレンジがスリリングな「闇に降る雨」からジャジーな鍵盤さばきを披露した「すべりだい」、そして、続く「浴室」では、歌いながら曲に合わせて包丁で林檎を刻んでゆくエキセントリックでチャーミングな演出が初期のビジュアルを想起させる。そこから「錯乱」、「罪と罰」、「歌舞伎町の女王」、「ブラックアウト」と続く展開は音楽の持つ力が聴き手を押し流してゆく。鳥肌が立つようなオーケストラの迫力とその音の壁と拮抗する彼女の圧倒的なヴォーカルに包まれる何ものにも代え難い至福の瞬間を演出すると、彼女は舞台袖へ。再び上映されるスライドショーは、「林檎の芯」と題され彼女の生い立ちが幼少時代の写真と共に、7歳になる愛息のナレーションによって紹介された。

 そんな微笑ましいひとときを経て、後半はダンス・カンパニーのイデビアン・クルーから招聘した女性ダンサー4人をフィーチャーした美しく、スケールの大きな名曲「茎(stem)」から。息子の存在が曲の誕生に大きく関わっているこの曲以降はメッセージ・ソングが続く。ゲストに実兄の椎名純平を迎えた「この世の限り」、そして、「ずっとこんな曲が書けたらいいのにと思っている曲をコピーさせて頂きます」というこの日初めてのMCを挟んで披露されたマーヴィン・ゲイ&タミー・テレルのコピー「玉葱のハッピーソング」。2人のソウルフルな歌声が聴く者の心にあたたかい感情を注ぎ込み、コンサートはフィナーレへと突入する。演奏されたのは東京事変の「御祭騒ぎ」だ。ラテンのリズムに乗って登場したのは、総勢80名による阿波おどり。和の要素を洗練させて織り込みつつ、会場の祝祭感はピークに。そして、パンキッシュなビッグ・バンド・ジャズ「カリソメ乙女」を「〜左様なら」と歌い終えると、全てが幻であったかのように、彼女はステージから忽然と姿を消した。

 そして、アンコールでは、ファースト・アルバム『無罪モラトリアム』から「正しい街」と「幸福論」の2曲、再度拍手に迎えられ、過去と未来を繋ぐように、7歳の時の処女作とモータウン・ソウルの要素を織り込んだポップ・ロックな新曲を披露。音楽制作を始めた10代、その世界を美しく、壮大に広げた20代を経て、去る11月25日に30歳の誕生日を迎えた彼女は2時間半に及ぶ記念祭を大成功のうちに終えた。シンプル且つ彩り鮮やかに洗練されたレーザー等の装飾や、アップを多用せず演奏を映し出した映像に彼女の志の高さがうかがえる一方、曲の尋常ならざるクオリティと鉄壁のアレンジ、淀みない曲順は観る者を惹きつけてやまない椎名林檎作品の間口の広さ、エンターテインメント性の高さでもある。この日のライヴはそれらの奇跡的なバランスこそが椎名林檎の作品世界を形作っていることをまざまざと再認識させられた夢のような一夜であった。しかし、ようやく10年、まだまだ10年。椎名林檎は頭の中で鳴る最良の音楽を追い求め、その歩みは'09年も真っ直ぐに続いてゆくはずだ。

「椎名林檎(生)林檎博'08〜10周年記念祭〜」セットリスト(2008年11月28日〜30日共通)
01. ハツコイ娼女
02. シドと白昼夢
03. ここでキスして。
04. 本能
05. ギャンブル
06. 宗教
07. ギブス
08. 闇に降る雨
09. すべりだい
10. 浴室
11. 錯乱
12. 罪と罰
13. 歌舞伎町の女王
14. ブラックアウト
15. やっつけ仕事
16. 茎(stem)
17. この世の限り
18. 玉葱のハッピーソング
19. 夢のあと
20. 積木遊び
21. 御祭騒ぎ
22. カリソメ乙女
- アンコール -
23. 正しい街
24. 幸福論
25. 未発表曲
26. 未発表曲

椎名林檎椎名林檎,斎藤ネコ椎名林檎×斎藤ネコ+椎名純平東京事変 - アーティスト情報

■関連記事
椎名林檎「裸の私をやってもいいんじゃない?」(2008年11月13日)
椎名林檎、生誕30周年記念BOXセットを発売(2008年10月01日)
椎名林檎史上、最も類“稀”な実演を映像化(2008年08月22日)
椎名林檎、新作クリップ「メロウ」完成(2008年06月09日)
椎名林檎、10周年記念特設サイトがオープン(2008年05月27日)