■雑談から本題へ、会話の流れをつくる

老舗店の一流の常連客は、代々その店を贔屓にしているものです。幼少の頃から大人たちのふるまいを見て育ち、自分の親たちと店との歴史を背負ってその店を利用しますから、自分がお金を払う立場だからといって店の方に対して偉そうな態度は絶対にとりません。

日本画家・伝統文化研究家 小西千鶴氏

料理を「食べさせて+いただく」、商品を「買わせて+いただく」という気持ちを持って「美味しかったわ、ごちそうさま」とか「届けてくださってありがとう」など、素直に感謝の意を伝えますし、心づけを渡すこともあります。お店の方であって親しい知人でもある、そんな関係性を代々保ち続けているのです。最近では百貨店や複合施設でなんでも揃いますが、呉服でもメガネでも、わが家では代々お願いしている専門店で購入します。

そうした日ごろからの店との関係性ができていますから、馴染みの老舗料理店で食事をする際の支払いは後日払いがほとんどです。お客様をご招待するときには、事前にお店に会の概要やどんな方がいらっしゃるのかをお伝えしながらお料理の相談をしますよね。ですから、そのときに予算をお伝えして支払いを済ませてしまうこともできると思います。いずれにしても、会計でもたもたしないよう、会食当日の支払いはしません。

こうした関係は一朝一夕では築けませんが、どんな店でも、できるだけお客様に支払いのことを気づかせないようにすることはできるのではないでしょうか。個室を利用すればお客様から見える場所での支払いを避けられますし、事前に店に依頼しておけば、お料理の値段が記載されていない接待用のメニューを用意してもらうこともできるでしょう。

カジュアルな店で、接待用メニューがない場合もあるかもしれません。それでも私なら「カジュアルな店で失礼ではございますが、お好みをおっしゃってください。ここの店は○○や○○や○○などが美味しいんですよ」と、お客様に情報をお伝えしてお好みをうかがったり、店の方にお願いしてテーブルでお勧めをいくつか説明していただいたりして、お客様に値段が書かれたメニューをお見せすることはできるかぎり避けると思います。

お客様に値段が書かれたメニューをお見せしてしまうと、遠慮をされて安価なメニューを選ばれるかもしれません。また、フレンチなどでわかりにくいメニューだったときにお客様に恥をかかせてしまうこともあるかもしれませんから、会計時以外でも、招待する側は配慮すべきです。

雑談から入ってしまってオーダーのタイミングを逸しないよう、まずオーダーを済まし、料理が運ばれるのを待つ間に雑談、この日の本題はメーン料理のときにするなど起承転結を考えた会話の流れをつくるのも、招待する側の心遣いだと思います。

カウンターでオーダーをしてから席に座るタイプのコーヒーショップでしたら、お客様に「先に座っていらして」と席を勧めて素早く支払ってしまいます。時間がかかりそうな場合は、おつりや領収書は後からもらうなど、こうした店でもお客様をお待たせしない工夫はできます。

一方で、自分がご馳走になったときには、レジが見えない場所で待って「ごちそうさまでした」とお礼を述べます。

■タクシーでおつりをチップにするとき

心づけをお渡しするというと、高級旅館や結婚式をイメージされるかもしれませんが、日ごろお世話になっている馴染みの店の方にお渡しすることもよくあります。

呉服屋さんや筆屋さんが商品をわざわざ届けてくださったときや、何度も利用しているタクシーで遠方に行くときなど、ちょっとしたときに心づけをお渡しできるよう、私はのし入りのポチ袋や男性用の懐紙を常備しています。懐紙は女性用だとお金を包むには小さいので男性用を用い、薬包包みという折り方にすればお金が落ちることもありません。飲食店やタクシーで半端なおつりをチップにするときには、懐紙には包まず、お名前を確認して「○○さん、いつもありがとう」とお伝えしながらお支払いしてさっと店を出たり、降車します。

PIXTA=写真

都内の馴染みのお店なら、お金をお渡しするよりはお菓子を差し入れして、みなさんで召し上がっていただきます。長年お付き合いのある地方のお店からは、毎年お中元やお歳暮にその地域の珍しい海産物などをいただきますから、私からも関東の名物などを送るようにしています。

いただいたものをご近所様やわが家にお越しになった方にお裾分けをするときには、ラップなどで包んだ後、半紙にくるんで紙袋に入れてお渡しすれば、見た目も見苦しくありません。

■大切にしてきた日本の美徳とは?

古来、日本には「相手に心を尽くす」ことを美徳とする文化があります。私は学習院女子校時代、秩父宮雍仁親王妃殿下のお母様であられる、松平信子先生から作法訓練を受けました。友人や先輩方には皇族や元華族、元武家も多い環境で育ちましたから、現在、日本人の美徳とされていた伝統的な礼節が失われつつあるのが残念でなりません。

かつての日本は男性の地位が高く、男尊女卑の文化だったと感じている若い方も多いかもしれませんが、礼節をわきまえている殿方は、女性に対しても店員に対しても、決して偉ぶることなく接します。

エレベーターでは我先に降りたりせず、乗降者が知り合いでなくてもドアを押さえます。奥様方のお花の展示会や出身校の同窓会などでは、男性が率先して受付や裏方を引き受けます。お店の方がドアを開けてくださったり、お料理を持ってきてくださったりしたら、自然にお礼の言葉を口にします。飲食店で食事をする際にも、無作法にテーブルを汚したりせず、むしろ懐紙でお皿をさっと拭いて、ゴミは懐紙にくるんでおくなど、ちょっとした気配りをされます。だから、一緒にいる人も気持ちがいいんですね。

こうした礼節は、マナーの形式を学べば身につくものではなく、自分の所作に心や精神が伴っていなければ身につきませんし、お金持ちであることと心が一流であることも同義語ではありません。日本人が大切にしてきた礼節をもって、支払いにとどまらず、心の一流を目指す方が増えることを願っています。

Q:値段を書いたメニューしかない店での接待は?
A:相手の好みを聞き、お勧めメニューを伝える

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小西千鶴(こにし・ちずる)
日本画家・伝統文化研究家
東京都生まれ。学習院女子部卒業。常磐会会員。桜友会会員。随筆家。戸板康二、扇谷正造に師事。皇室記者として執筆活動。華道、香道、日舞、茶道等に造詣が深い。著書に『昭和天皇のお食事』『知っておきたい和菓子のはなし』。

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(日本画家・伝統文化研究家 小西 千鶴 構成=干川美奈子 撮影=初沢亜利 写真=PIXTA)