京急は10月に空港線の加算運賃を引き下げる(撮影:尾形文繁)

5月10日に発表された京浜急行電鉄(京急)の決算短信が多くの投資家を落胆させた。2019年3月期については、営業利益は事前予想を上回る400億円台に乗せる好決算だった。しかし、2020年3月期の業績予想は営業利益が285億円と、前の期を100億円以上も下回る見通しとなったのだ。

足元の鉄道利用者の伸びは堅調にもかかわらず、減益予想となった理由はいくつかある。特に大きいのが前期好調だったマンション販売の反動減と今秋に予定されている本社移転費用。そして、空港線加算運賃の引き下げである。

加算運賃とは?

加算運賃とは新規路線開業に要した投資額を回収するため、特定区間を利用する際に基本運賃に加算して設定される運賃のことである。

京急でいえば、空港線の延伸工事に要した設備投資額を回収するため、天空橋―羽田空港国内線ターミナル(以下、羽田空港)間とほかの区間をまたがって乗車する場合、基本運賃に加えて加算運賃が設定される。品川―羽田空港間の運賃407円(ICカード)の場合は、うち170円が加算運賃である。

加算運賃は1998年にスタート。2017年度末時点で総投資額の76.3%が加算運賃によって回収された。近年は毎年およそ5%ずつ回収されており、このペースでいけば、2022年度には100%回収され、以降の加算運賃は廃止されることになる。

100%に達する前でも鉄道会社の判断で加算運賃を減額したり、廃止したりすることはある。最近の例では、京王電鉄が相模原線の加算運賃の回収率が2017年3月末に90%を超え、2018年3月に最大20円引き下げた。今年10月にも最大40円の引き下げを行う予定だ。

京急の場合は、10月1日から170円の加算運賃を50円に引き下げる。つまり、120円の値引きだ。品川―羽田空港間の運賃でいえば、407円から287円への大幅値下げである。


京急空港線の羽田空港国際線ターミナル駅ホーム(編集部撮影)

これによって「年間40億円程度の収入減になるが、いっぽうで、当社線利用者も増えることで15億円程度の増収も見込まれ、差し引きで年間で25億円程度の影響がある」と、京急の担当者は語る。

京急が加算運賃の引き下げを発表したのは2月19日。そのわずか4日前の2月15日には、JR東日本が東京都心部と羽田空港を結ぶ新路線「羽田空港アクセス線」について環境影響評価の準備を始めるという発表を行っていた。

東京駅と乗り換えなしで結ばれる羽田空港アクセス線というインパクトの大きいニュースから間髪を入れずに京急の発表がなされたこともあって、加算運賃引き下げと羽田空港アクセス線を結びつける報道が目立った。そこから、羽田空港アクセス線への対抗策として京急が値下げに動いたのではないかという見方ができなくもない。

消費税率引き上げと同時に

だが、羽田空港アクセス線の開業は早くても10年後の2029年。そんな先の話に京急が今から対抗策を講じるとは考えにくい。そもそも、京急の加算運賃は順調にいけば2022年度の前後には廃止となる。羽田空港アクセス線対策というならその時点で廃止しても遅くない。京急がこのタイミングで加算運賃の引き下げに動き出したのは、ほかに理由がある。

第1の理由は、今年10月に予定されている消費税率の8%から10%への引き上げに合わせて、加算運賃を引き下げるというものだ。10月に税率変更に伴う値上げを行い、その後に加算運賃を引き下げまたは廃止しても構わないはずだが「運賃を何度も変更してお客様を混乱させてしまうよりは、同時に行うほうがよい」と京急の担当者は話す。

ただ、前述のとおり、京王が加算運賃を2度にわたって引き下げる例を見ると、「同時に行う方が混乱が少ない」という理由だけでは説得力に欠ける。実は第2の理由がある。

それは、羽田空港アクセスにおける京急のライバルである東京モノレールの存在だ。2017年度航空旅客動態調査によれば、羽田空港へのアクセス手段別シェアは、1位が京急の32.8%で、2位のモノレール24.7%を大きく引き離す(3位以下は空港バス16.8%、自家用車11.4%など)。京急が品川、モノレールが浜松町と、都心と結ぶ駅が違うといった要因もさることながら、モノレールの浜松町―羽田空港第2ビル間の運賃が483円(ICカード)と、京急よりも割高であることは京急優位の要因の1つである。


羽田空港アクセスで京急と競合する東京モノレール(編集部撮影)

京急の羽田空港乗り入れは1998年で、東京モノレールと比べると歴史は浅い。そのため、「地方にお住まいで、東京に来る機会が少ないお客様の中には、空港アクセス手段としてまずモノレールを考える人が少なくない」(京急)という。現状でも京急の運賃のほうが安いのだから、今あえて急いで値下げする必要はなさそうに思えるが、京急にとってはそうでもないらしい。

2020年夏の東京オリンピック開催時には、20年以上ぶりに、つまり京急の羽田空港乗り入れを知らずに東京にやってくるという人もたくさんいるに違いない。京急としては、何もせずに2022年度の加算運賃廃止を待つよりも、東京オリンピック前に加算運賃を引き下げて、「圧倒的な価格差」を武器に利用者を取り込むという積極策に出た。「値下げ」を大々的にPRするため、2019年度に10億円の広告宣伝費を投入する。京急としては異例の規模だ。

モノレールも対抗策?

攻勢をかける京急に、東京モノレールはどう対抗するのだろうか。東京モノレールは現在、土・日・祝日などに浜松町から山手線に乗り換えた後、山手線内各駅のどこで降りても500円で行けるという割引きっぷを販売している。羽田空港第2ビル駅から池袋に向う場合の運賃は742円なので、最大242円の割引というわけだ。東京モノレールがこうした割引きっぷの適用期間や適用範囲を広げる、あるいは運賃値下げに踏み切って京急に対抗する可能性は十分考えられる。

東京モノレールの担当者は「何らかの対策は考えている」と明かす。ただし、まずは「10月、11月の利用状況を見てから判断する」としており、京急と同時期に実施するわけではなさそうだ。

2015年の首都高速道路中央環状線全通で新宿―羽田空港間の所要時間は従来の約40分から19分へと短縮され、リムジンバスの利便性が劇的に向上した。鉄道でも値下げといった形で利便性が高まれば、利用者にとっては羽田空港がますます身近になる。