カフェ開業など「定年後」は夢を追いたくなる。だがリアルな計画はできているのか?(写真:tsuyoshi_kinjyo/iStock)

「定年後は“好き”を仕事にしたい!」。こうおっしゃる50代が増えています。

ファイナンシャルプランナーとして、日々ライフプラン相談をお受けしていると、お客様の「定年後の夢」を伺う機会も少なくありません。現役時代は自分を殺して会社に奉公してきたのだから、「せめて定年後は好きな趣味などを仕事にしたい」と願う人が増加傾向にあるように感じます。

田舎で蕎麦屋をする、夫婦でカフェを開いて手作りのお菓子を振る舞う、自宅をリフォームしてパン教室を開く……といった定年後の暮らしを紹介する雑誌などで、笑顔で登場する“好き”を仕事にした方々を目にすると、「いつか自分も」と思うのかもしれません。

「好きを仕事に」とは心地よい響きの言葉ですが、そうはいっても「仕事に」する以上、経済的メリットがなければ意味を持ちません。「定年後は公的年金だけでは心もとないので、稼ぎたい」という場合、好きだからという理由だけで始める仕事では十分に稼げないかもしれません。今回は3つのお客様のケースから、好きを仕事にするポイントを考えてみます。

他人は「自分が好きなこと」に本当にお金を払うのか

メーカー勤めのAさん(56歳)は、入社から現在までずっと技術畑を歩み、「定年後のことを考える暇もなく、忙しいまま過ごしてきた」とのことです。

「今は気楽な一人暮らしですよ」とおっしゃるAさんはスリムな体形を保ち、おしゃれです。趣味はトライアスロンだそうで、全国大会にも出場する本格派。スポーツを通じた友人も多く、定年後は地元で「市民向けマラソン教室を開きたい」と考えているのだそうです。

でも、Aさんの趣味であるスポーツを、そのような形ですぐ仕事につなげられるでしょうか。そもそも、自分の好きなことにお金を払ってくれる人がいるだろうと思うのは早計です。自分の好きなことは市場から対価を得られる商品やサービスなのか。そこを慎重に吟味してから「仕事に」する必要があります。

筆者がAさんに「市民向けマラソン教室」による収入の見込みを聞くと、「いやぁ、そんなことはまだ考えていないですよ」とおっしゃいます。筆者はAさんの「老後のキャッシュフロー」が気になりました。

そこで、退職金の見込みを伺うと約1000万円、預貯金も約1000万円とのこと。一見すると恵まれているようですが、ねんきん定期便を確認したところ公的年金は65歳から受給開始です。これからも毎月続く家賃などの支払いを考えれば、Aさんは定年後もできるだけ長く働き、収入を得ていくことが必須でした。

それからしばらくして2回目の面談にお越しになったAさん、会社の退職金制度の詳しい資料も手に入り、「定年後の生活をリアルに考えられるようになった」とおっしゃいました。毎月決まった給料が入る会社員生活が長くなるにつけ、「お金を稼ぐということに対し、甘い考えになっていた」とも。

結局、Aさんは65歳までは会社の再雇用制度で働き続け、マラソン教室はボランティアとして取り組むほうがいいと判断しました。「定年まで少し余裕がある今の段階で、将来の暮らしを具体的に考えることができたのは、本当によかった」と納得の様子でした。

早期退職は「早く自由になる」分、その後の熟慮が必要

次は、会社でのキャリアと“好き”を「掛け算」することで新たな仕事につながり、収入の見込みも立ったケースを紹介しましょう。

Bさん(51歳)は、勤め先が吸収合併され、職場も閉鎖となり、「退職金が上積みされるのなら」と早期退職の道を選びました。料理が好きな彼女は「食の仕事をすることが夢です」とおっしゃって、退職後は調理師の勉強を始めるのだそうです。

早期退職金は約1500万円。大きなお金を手にして、ゆっくり勉強ができると喜んでいらっしゃるBさん。筆者は「その退職金は年収の3年分ですよね。もともと60歳の定年まで残り9年の時点で受け取ったお金ですから、使い道は吟味したほうがいいですよ」と、まずお声がけしました。

Bさんはねんきん定期便を持参して、筆者に見せてくれました。当然ながら、そのねんきん定期便は「60歳まで現在の給料が継続する」前提で計算されたものです。いまBさんがお仕事を辞めれば、老齢年金は減額されます。「退職しても、ねんきん定期便の見込み金額をそのまま受け取れる」と思っていたBさん、「当てが外れました……」と困惑顔です。

一方で、Bさんは勤め先では医療関係の仕事を続けており、彼女と同じく早期退職して次のステップに進もうという同僚と、時々集まっては今後のことを相談していました。

そうした中で、今度は介護の仕事を始めるという同僚から「一緒に働きませんか」とBさんは誘われていました。いろいろ話を聞いてみると、同僚が勤めることになった介護施設の評判は上々です。入所者の自律訓練のプログラムはもちろん、口腔ケアや嚥下障害のリハビリなど「食」の側面からもきめ細かなサービスを提供していました。 

Bさんは、自分の料理の腕前とこれまでの医療関係でのお仕事のキャリアがそこで生かせると考えました。その両方を掛け合わせることで、仕事を通じて自分の“好き”が実現できるし、安定した収入にもつながります。再就職を決めたその介護施設は定年が65歳。「これから生きがいをもって働けそうです」と張り切っていらっしゃいます。

50代の共働き夫婦なら、「妻の老齢年金繰り下げ」も

最後にご紹介するケースは、無理せず「好きを仕事に」する方法です。

Cさん(57歳)は、同い年の奥様と一緒に面談に来られました。筆者は、ご夫婦のねんきん定期便と、それぞれの退職金見込み額を用い、今後のキャッシュフローをお示ししました。

1961年生まれの共働きご夫婦ですが、夫のCさんの年金受給開始は65歳から、奥様は特別支給の老齢厚生年金が62歳からと時間差が生じます。ねんきん定期便を基に奥様の特別支給は月約8万円、お2人が65歳になると年金は合計で月約30万円とわかりました。

ある先輩から「60歳以降も会社に残って働き続けると年金がもらえなくなる」と聞いたというお2人に、在職老齢年金制度の説明をしました。対象となるのは老齢厚生年金であり、仮に会社員という立場を外れて時間給で働くと年金額はカットされず、給料も満額いただけます。

「だったら、今の職場で、時給で働こうかしら。私は職場の雰囲気も好きだからストレスなく勤められそう」と奥様。ご主人は「君が働くのなら、僕はやりたかった植木屋さんになろう!」とニコニコしています。地元のシルバー人材センターに登録すると、庭木の手入れなどで収入を得られる機会があるそうです。

ご相談の結果、65歳以降はご主人の年金だけを受給し、奥様の老齢年金は繰り下げをすることにしました。今は女性の2人に1人が90歳以上になるというデータもあります。それを念頭に、奥様の年金を繰り下げによって少しでも増やそうと考えたのです。

奥様の65歳時点の年金受給見込み額は、基礎年金と厚生年金を合わせて月15万円ほど。これを5年繰り下げると20万円ほどに増えます。共働きだったCさんご夫婦は年金額に差があまりありません。したがって、仮にご主人が先に亡くなった場合、遺族厚生年金と奥様の老齢厚生年金では後者の額が大きくなるので、遺族年金は支給停止になります。それも考慮して、奥様の年金を繰り下げて一生涯のお金を確保するほうがよいと判断したのです。

ご夫婦は「老後のキャッシュフローが明確になって気が楽になりました」と、お帰りになりました。無理のない範囲で働きながら支出をコントロールすれば、年金生活でも何とかなるとわかったからでしょう。

定年後の生き方は人それぞれ、価値観も人それぞれです。しかし、誰しも定年後の暮らしは経済的な支えがあってこそ成り立ちます。なるべく早めに老後のキャッシュフローを算出したうえでライフプランも描き出し、それに対して自分の“好き”をどう生かしていくかを考えてはいかがでしょうか。