新たな視線で見直すとそこにはチャンスが広がっています(写真:プラナ / PIXTA)

茨城県つくば市に本社を置く「HATAKEカンパニー」の木村誠社長は、早稲田大学理工学部工業経営学科の出身です。

大学卒業後は、自然の岩石から抽出したミネラル原料の化粧品や農業用活性剤を開発・製造する会社に就職しましたが、その会社の農業用ミネラル液を持って農家さんを回っているうちに、「事業としての農業」に可能性を感じるようになります。

1998年4月、木村さんは会社を辞め、5カ月の準備期間を経て、夫婦で「木村農園」を始めました。右も左もわからないスタートでしたが、あるとき、ある業者から「ベビーリーフを作ってくれないか」と声を掛けられます。ベビーリーフとは野菜の新葉(幼葉)のことで、今でこそサラダなどの素材として人気ですが、その当時は商品として流通しているわけでもないし、当時、生産している農家はほとんどありませんでした。

普通の農家なら「作ってくれないか」と言われても、「そんなもの売れるのか?」と躊躇するところです。ところが木村さんはもともと農家ではありませんから、まったく先入観がありません。「わかりました」と言って、独学でベビーリーフを作り始めました。

実際、「できましたよ」と言って納品すると、「次も頼むよ」「もっと作ってよ」という話になりました。また、評判になるにつれ、「うちも頼むよ」と、いろいろなところから引き合いがくるように。次々と増える注文に応えているうちに、生産拠点はつくばエリアだけでなく、大分県臼杵市や岩手県滝沢市にも拡大。2017年度の売り上げは11億円と3年前の2倍以上に成長しました。

劇的に変わっている日本の農業

皆さんは、「農業」に対してどんなイメージを抱いているでしょうか? 「サラリーマンなら平均年収400万円ぐらいだが、農家の年間所得は150万円程度しかない」「農業は儲からない」「だから農業では食べていけない」というイメージを持っていないでしょうか?

拙著『稼げる!新農業ビジネスの始め方』でも詳しく解説していますが、日本の農業は劇的に変わっています。驚くほどテクノロジーが進んで、"頭を使う職業"になっています。それと同時に、農業をビジネスとしてとらえ、大成功している人が次々と誕生しています。

商業、工業、サービス業も、農業と同様、下に"業"が付いていますが、それぞれ、どんな産業かと聞かれたら、「商業は右から左にモノを動かすこと(商い)によってお金儲けをしている業」「工業は原材料を加工し、製品として付加価値を付けることでお金を儲けている業」そして「サービス業は物品ではなくサービスを提供することでお金を儲けている業」だと答えるでしょう。

それに対して「農業は?」と聞かれると、多くの人は「農業とは、人に有用な植物を栽培、あるいは有用な動物を飼養することだ」と答えるところで止まってしまいます。なにが言いたいかというと、「農業は生産物を売買するところまで含めたビジネスだ」と考えている人は、まだまだ少ないということです。

人はお金を得るための経済活動を"業"と呼んでいますが、農業もビジネスであるという点では、ほかの業とまったく同じなのです。

新しい「栽培方法」「販売方法」と「仕組み」

熊本県玉名郡で「にしだ果樹園」を経営する西田淳一さんは、元・富士通のビジネスマン。果樹農家に転身した西田さんの栽培法は、とてもユニークです。

西田さんは農家の息子として生まれたにもかかわらず、農業よりスポーツに没頭して実業団の陸上選手として活躍していましたが、2000年に家族の都合で農業を始めました。しかし、それと同時に、父が行う農園とは別に「にしだ果樹園」という会社をつくり、独自の多品種果樹栽培に挑んでいます。

その独特の栽培法が「月読み栽培」というもの。この栽培法では、園内の草刈り、枝の剪定、果実の収穫のタイミングなど、栽培管理を月の満ち欠けを基準に行います。植物の生態と月暦を活用して、果実本来の魅力を引き出す手法です。

また、「果樹園にあるもの(落ち葉や雑草など)は持ち出さず、外部のもの(肥料や農薬など)は持ち込まず、園内にある環境のみで果実を育てる」というナチュラルな生産スタイルをとるなど、つねに、実際にこの果実を口にしてもらうお客様目線で栽培にあたっています。

西田さんのユニークさは、栽培方法だけではありません。果実が育ったストーリーを直接消費者に届ける「ダイレクト販売」を行っているのも特徴的です。SNSなどを通じて、生産者の思いや果実栽培状況、生育状況などの情報を発信し、果樹園に実際に足を運んでいただいて、園の雰囲気を感じてもらったり、果実の収穫を通して自然や農業の厳しさにも触れてもらったりと、お客様との触れ合いやコミュニケーションを重視した農業を行っています。

福岡県福岡市には「有限会社むらおか」という会社があります。直営農場のほか、全国各地の有機農場で生産された農作物の卸・販売を行っている会社です。

社長の村岡廸男さんは、もともとは食品流通業界にいた人です。彼は、たとえば「オーガニックのカボチャを100ケースください」というオーダーが入ってくるたびに、生産者のところに仕入れに行っては、お客さんの要望に応えていました。

しかし、オーガニック野菜の人気が高まるにつれて、時として注文に応じられないケースが増えてきたのです。「100ケース欲しい」と言われても50ケースしか確保できなければ、もう"商い"になりません。そこで考えました。「それなら九州の有機野菜農家を結び付けよう」と。

福岡市のむらおか本社に、安心院オーガニックファーム、臼杵農場、九州各地の協力農家で生産した有機野菜を集めてパッキングし、そこから顧客や販売店に届けるという仕組みです。開始当時から村岡さんには、自分が農業をやっているという意識はあまりなかったのかもしれません。流通業者として自分のビジネスを総合的にとらえたとき、農業に乗り出すことが必要だったということです。

今、農業界で活躍し、成功している人たちは、みんなもともと農業をしてきた人たちではありません。農業を始めて、長くてもせいぜい20年ほどです。農業を新たな視線で見直すと、そこにはチャンスがいくらでも転がっています。

いわゆる成長産業とはちょっと違う農業

とはいうものの、私はなんのただし書きもなく「農業は成長産業だ」と言い切るのは控えたいとも思います。

たとえば政府は、アベノミクスの成長戦略で、"成長産業"として「農業」「医療」「福祉」「エネルギー」などを挙げていますが、これまでの経済の歴史を振り返ってみると、成長産業が成り立っていたのは、基本的に今後も急激に需要が広がっていく分野でした。

戦後の日本経済を支えてきたのは、3種の神器(テレビ・電気洗濯機・電気冷蔵庫)で成長した家電メーカーや、マイカー時代の到来で世界のトップに躍り出た自動車メーカーなどの第2次産業でした。また、それにともない運輸、通信、商業、金融、サービス、情報通信産業などの第3次、第4次産業も発展してきました。これから先も、新たな技術の開発により、新しい成長産業が次々と誕生していくことでしょう。

農業はそうしたいわゆる成長産業とはちょっと違います。

みんなが食べる農作物を生産することは、これまでとまったく同じです。人口減少時代に突入した日本で、これまでのように"右肩上がりの成長"を期待できるわけではありません。間違いなく国内のマーケット規模は少しずつ縮小していきます。


しかし、そのマーケットの構成が、これから急激に変わっていくことは間違いありません。今でこそ、国産の農作物のシェアのうち98%は、従来農業を営んできた農家によって占められていますが、今後は、新規参入者が占める割合がどんどん増えていくことは間違いないでしょう。

日本の農業は、およそ200万人の農家の人々が、100のマーケットを独占的にシェアしていますが、規制緩和で農家以外の人にも農業への門戸が開かれました。一方、これまでの農業従事者の多くは、積極的にシェアを広げようとは思っていません。むしろ将来を悲観して、撤退しようとさえ考えている状態です。

つまり、今の農業界においては、新規参入者を排除しようとする力がそれほど強くないということです。だからこそ、チャンスなのです。