ビッグデータでつくるチャット小説の世界

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10代を中心に、若者に人気の高まる「チャット小説」。アプリで読まれた小説を単語単位で解析し、次の作品づくりに生かすという。弱冠22歳で起業した、気鋭の経営者の描く未来とは――。

■中学生の時、「ホームページをつくります」と電話営業した

【田原】久保田さんは名古屋の生まれですね。幼いころはお祖母さんに育てられたとか。

【久保田】僕、実の父親に会ったことがないんです。両親が離婚したあとは母方の祖母に育てられました。小学校に上がるくらいに母親が再婚。新しい父の養子として籍を入れて、久保田という名字になりました。

【田原】中学生のころから働いていたそうですね。どういうことですか。

【久保田】僕はずっと、養父が実の父親だと教えられて育ちました。そうではないと知ったのが中2のとき。本当のことを知ってから両親に反発して、高校生になったら1人暮らしをしようと決めました。そのためにはお金が必要で、自分で稼ぐしかないなと。

【田原】お母さん、お義父さんとうまくいかなかったのですか。

【久保田】僕が素直になれていなかったのでしょう。当時は反発する気持ちがすごく強くて、とにかく家から出たいと思っていました。

【田原】稼ぐといっても中学生じゃ難しいでしょう。

【久保田】最初は株や為替に手を出そうとしました。でも、中学生の貯金じゃ儲けはたかが知れている。何をやるにも元手が必要だと思って、ホームページの受託制作を始めました。愛知にはトヨタの下請け、孫請けの工場をはじめ製造業の会社がたくさんあるのですが、東京のようにITに力を入れている会社は多くない。ホームページも持っていない会社がたくさんありました。そうした企業に「ホームページをつくります」と電話で営業して仕事を取りました。

■月収は高校生のころ、多いときで100万円くらい

【田原】ホームページはつくれたの?

【久保田】最初はできませんでした。僕が制作の受託をしていたのが2010年から13年ごろ。当時、クラウドソーシングのサービスが立ち上がって、フリーランスのエンジニアに仕事を依頼できる環境が整いつつありました。そういったサービスを使って、東京や大阪のデザイナーやエンジニアの人にお願いしていました。

【田原】いくらで受託していたの?

【久保田】50万円くらいです。いまの相場はだいたい300万〜500万円、高いと1000万円近くなるものもあります。当時はそもそも相場もないような状況だったので、いま考えるともう少しもらってもよかったかもしれません。もらったお金のうち、大半はエンジニアの取り分で、自分の儲けは1件で多くて30万円くらい。月収は高校生のころ、多いときで100万円くらいありました。

【田原】ホームページ制作で元手ができた。そのお金で何をしましたか。

【久保田】当初の予定通り、1人暮らしを始めました。家から1時間半以上かかる私立高校に入って、学校の横のマンションに部屋を借りて。

【田原】ん? どうして私立に? 私立のほうが学費は高いでしょう。

【久保田】最初は、公立の学校を考えていたのですが、両親が勧めるものすべてが嫌になってしまって。

【田原】どういうこと?

【久保田】母親が離婚して再婚したことを、当時の僕は失敗だととらえていました。その事実を知るまで僕にとって親の言うことは絶対だったのですが、親も選択を間違えたのだとわかると、急に親の言うことが信じられなくなってしまって。両親が勧める高校や生き方は、逆によくないんじゃないかと思って、ほかの高校に行こうと決めました。

【田原】高校を卒業した後、大学には進学しなかった。どうして?

【久保田】大学はお金がかかります。高校のころと同じように働いて学費を稼ぐことは可能だったかもしれません。ただ、最初は生きるために働いていたはずなのに、やっていくうちに仕事そのものが楽しくなってきちゃったんですよね。どうせ仕事するなら思い切りやりたいなと思って、上京して働くことにしました。

■高卒後、コロプラでベンチャーへの投資を担当

【田原】東京で仕事は見つかった?

【久保田】実は「大学生です」と嘘をついてインターンに応募したこともありました。当時、賞金付きのサマーインターンが流行っていて、学生でなければ応募できなかったので。

【田原】大胆だね。でも、バレない?

【久保田】もちろん、どこかの段階でバレます。すると、企業の方からは「内定出したいけど高卒は困る。どこでもいいから大学を出てくれ」と言われました。現時点で内定を出すくらいの評価をしてもらえているのに、そこから大学に通う意味がわからない。就職の資格を得るための大学なら、僕は行きたくないなと。

【田原】結局、どうしたのですか。

【久保田】当時アルバイトしていたベンチャー企業に雇ってもらうことができました。そこでホームページをつくる事業や経営企画の仕事をしていました。

【田原】その後はどうしたの?

【久保田】そこから独立するか悩んだのですが、縁があってコロプラというゲーム会社に転職しました。

【田原】コロプラでは何をやったの?

【久保田】はじめはマーケティングや経営企画の仕事で応募したのですが、最終的には、新卒採用と投資子会社を運営する部門で採用されました。当時、コロプラは学生や30歳以下の起業家に投資するためにコロプラネクストという子会社をつくって、若手の起業家支援をしようとしていました。ただ、会社には20代に接触している人が少なかった。一方、僕はそのころ20歳で、学生じゃないからフルタイムで働ける。要件的にちょうどよかったのだと思います。

【田原】そこでは具体的にどんな仕事をしていたのですか?

【久保田】起業家を探してくるところから、彼らと出資の交渉をしたり、契約書の作成、投資後のフォロー、コワーキングスペースの運用まで、とにかく何でもやりました。大きな投資会社ではそれらの仕事を分担してやりますが、コロプラでは担当者は僕だけ。必然的に1人ですべてやらざるをえませんでしたが、おかげでものすごく勉強になったし、楽しかったです。

【田原】何社くらい担当しましたか。

【久保田】コロプラにいた2年で、15社ほど担当しました。

■自分は何になら人生を捧げて頑張れるのか

【田原】仕事は充実していたのに辞めて独立する。どうしてですか。

【久保田】起業家の支援をする中で、若い起業家がもっと増えてほしいと考えていました。スタートアップの世界で30歳はベテラン。若い起業家の成功例をつくるなら、もっと若いうちに起業しなくてはいけないと思って、22歳で起業しました。

【田原】ちょっと待って。若い起業家を増やしたいなら、ベンチャーキャピタルで若い起業家を育てたほうがいいんじゃない?

【久保田】それも選択肢の1つでした。ただ、たくさんの起業家を支援して感じたのは、意欲のある若手に起業を促すことはできても、情熱を持って続けさせるのは難しいということ。それならまず自分がやろうと。

【田原】起業するにしても、分野はいろいろあります。

【久保田】自分は何になら人生を捧げて頑張れるのか。それを考えたときに浮かんできたのは、家族団欒の風景でした。僕は温かい家庭になじみがないせいか、将来家庭を持てるなら、自分の息子や孫と一緒に楽しい時間を過ごしたいという思いが人一倍強い。そこで、企業向けよりも、利用者であるお客さんにサービスを提供している会社のほうが子どもにも理解されやすいと思いました。それに家族みんなで楽しむなら、エンターテインメントの領域がいい。たとえば家でテレビを見て、「この作品、お父さんがつくったんだよ」って言いたいんです。

【田原】久保田さんは独身? 家族と一緒に楽しみたいなら、早く結婚すればいいのに。

【久保田】はい。でも、相手がいない(笑)。いたとしても、いまはまだ時間の余裕がなく、相手を大切にできないかもしれない。結婚願望は強いけど、しばらく先になりそうです。

【田原】そうですか。それはさておき、エンタメで起業は珍しいね。僕もいろんな起業家に会いますが、エンタメはほとんどいない。

【久保田】ベンチャーキャピタルで働いていても、エンタメの分野で起業する人は減っている実感がありました。エンタメのサービスを提供するにはコンテンツの制作に原価が発生します。しかもいまはさまざまなコンテンツが無料で楽しめる時代で、ユーザーが感動したときにしかお金になりません。ユーザーにコンテンツを提供しても、その時点ではまだマイナスで、ビジネスとして成立させ、拡大させる難易度がものすごく高いんです。だからこそ挑戦して盛り上げたい気持ちもありました。

■「チャット小説のアプリ」は儲かるのか?

【田原】久保田さんの会社は、チャット小説のアプリをつくられています。チャット小説って何ですか?

【久保田】LINEのように、会話をやりとりするかのようなUI(ユーザーインターフェース)で読む小説のことです。僕たちが提供しているのは、「Balloon」というサービス。バルーンには英語で吹き出しという意味があって、グローバルで使われるサービスにしたいと名付けました。

【田原】エンタメでも小説に目をつけたのは意外です。

【久保田】子どものころにやっていた少林寺に「力愛不二(リキアイフニ)」という言葉があります。愛なき力は暴力であり、力なき愛は無力。だから両方が必要だという意味ですが、僕はビジネスも同じで、やるからには楽しいだけではなく市場で勝たなきゃいけないと思っています。では、エンタメで勝つ確率を高めるにはどうすればいいのか。必要なのは、ヒットしたコンテンツを分析することだと考えました。チャット小説はセリフを単語単位でユーザーがどう反応したのか情報が取れるので、分析結果を組み合わせることで、ヒットを再現しやすいと考えました。

【田原】作家はどうするんですか。誰に書いてもらうの?

【久保田】約10年前に、ケータイ小説ブームがありました。そこで、当時から活躍しているプロの作家にオファーを出しました。ほかにも劇作家やゲームのシナリオライター、自作の小説をフリマで販売している人などに声をかけて執筆してもらいました。現在は会社として50人ほどの作家さんと契約しています。

【田原】創業資金はどうしたんですか。

【久保田】会社を登記してすぐ約2000万円の資金調達をしました。ベンチャーキャピタル時代の上司や近くで仕事をしていたベンチャーキャピタルから出資していただきました。「久保田なら投げ出さずにきちんとやるだろう」と評価していただき、出資を受けることができました。

【田原】クオリティーとおっしゃったけど、作家には編集者がつく?

【久保田】はい。ただ、一般の小説の編集者とは役割が違うかもしれません。先ほど言ったように、チャット小説は分析ができます。どんなワードで検索されているかを調べて、「幼馴染み」「ユーチューバー」「三角関係」がヒットしているなら、「幼馴染みがユーチューバーになって、三角関係で悩んでいるというストーリーでどうですか」と作家に投げかけたりしています。

【田原】作品の量は足りますか?

【久保田】じつは「Balloon」にはユーザーが作品を投稿できる機能もあります。量としてはこちらのほうが圧倒的に多く、99%を占めます。プロ作家の本数も増やしていきますが、現状は月に何本か新作を出せば十分に回ります。

【田原】へえ、どんな人が小説を載せるんだろう。

【久保田】圧倒的に若いんです。Balloonのユーザーは9割が女性で、18歳以下が約7割。なかには小学3〜4年生くらいの作家もいます。ジャンルで言うと、恋愛小説がもっとも多いですね。

■本、ゲーム、音楽……、多エンタメに応用

【田原】このアプリは無料です。どうやって稼ぐの?

【久保田】プロの作品は読むのに「スタミナ」を必要とします。最初は無料で読めますが、途中でスタミナが切れたら読めなくなります。スタミナはしばらくすると回復しますが、早く回復させたい人は動画広告を再生するか、有料会員になるかを選べるようにしています。

【田原】いま競合の会社はどのくらいありますか。

【久保田】チャット小説サイトはアメリカ発で、グローバルではかなりの数があります。国内では現在10社ほど。「Balloon」は作家とユーザーがコミュニケーションできる機能が強みで、ユーザー同士のコミュニティーがつくられています。ユーザー数は国内二番手ですが、ユーザーが活発に投稿してくれるので、作品数は一番多くなっています。

【田原】1つ聞きたい。10年前のケータイ小説は大ブームになりましたが、もう消えてしまった。これからチャット小説に火がついたとしても、一過性のブームで終わる可能性もありますよね?

【久保田】もちろんスマホがいまの形でなくなったら、チャット小説も淘汰されるリスクはあります。ただ、時代によってフォーマットが変わるのは当たり前。僕たちの強みは、おもしろいコンテンツをつくるためのデータを収集し、分析・蓄積している点です。そこがしっかりできればおもしろいものを提供し続けられると考えています。

【田原】そうか。形はチャット小説じゃなくていいんだ!

【久保田】はい。実際、いまテレビ局や出版社、ゲーム会社、音楽会社と組んでコンテンツをつくる話も進んでいます。アーティストと組んで、10代の女の子に響く歌詞をつくるお手伝いもできる。小説に限らず幅広くコンテンツづくりに関わっていきたいです。

■久保田さんから田原さんへの質問

Q. 書き手としてやりがいを感じるのは、どんな瞬間?

書き手として一番うれしいのは、本が売れることです。べつにお金が入るからうれしいわけじゃない。売れたということは、多くの人が手にとってくれたということ。書き手にとって、それに勝る喜びはないんじゃないかな。

テレビ番組も同じです。『朝まで生テレビ!』が31年続いているのも、毎回、視聴率やFAX、SNSの投稿を気にしているから。僕は番組が終わると、ツイッターの書き込みを必ず読んでいます。それを見て、「次はこうしよう」とやるから、いまも視聴者が関心を持ってくれる。ちなみに直近の回は、視聴率2.5%でした。これは人数でいうと約100万人。多くの視聴者に届いていると思うと、僕も気合が入ります。

田原総一朗の遺言:多くの人が見るものに価値がある

(ジャーナリスト 田原 総一朗、FOWD代表取締役社長 久保田 涼矢 構成=村上 敬 撮影=枦木 功)