障害者が各企業で能力を発揮できるようにするにはどうしたらいいのだろうか(写真:vadimguzhva / iStock)

2018年4月より、民間企業における障害者の法定雇用率は2.0%から2.2%へ引き上げられた。しかし、実際の障害者雇用の現場では、障害者雇用を肩代わりするビジネスを利用するなど、本業に直接携わらない形での「法定雇用率達成」の姿も見られる。
障害者が各企業で能力を発揮できるようにするには、法定雇用率を引き上げていくだけでよいのだろうか。『新版 障害者の経済学』を上梓した慶應義塾大学商学部教授の中島隆信氏に解説してもらう。

日本では、「障害者雇用促進法」(以下、「促進法」)という法律により、民間企業は常用労働者の一定割合に相当する障害者を雇用する義務がある。この法定雇用率が2018年4月に2.0%から2.2%へ引き上げられた。また、対象となる民間企業の規模も従業員50人以上から45.5人以上に引き上げられた。


今回の引き上げは、雇用義務の対象として新たに精神障害者が加わったことによるものである。実際、雇用義務化がスタートした1976年には身体障害者のみが対象とされ、法定雇用率は1.5%だった。その後、1997年に知的障害者が加わって1.8%に上がり、そして今回の改定に至ったわけである。

厚労省は企業に法定雇用率を遵守させるためのインセンティブを与えている。それが「雇用納付金制度」(以下、「納付金制度」)というものだ。

すなわち、法定雇用率を超えて障害者を雇用する企業には補助金を与え、未達成の企業からは納付金を徴収するというしくみである。さらに、未達成状態が続く企業には労働局から指導が入り、それでも適正な措置を講じないと企業名が公表されることになっている。

今回は、こうした現行の障害者雇用政策の問題点について考えてみたい。

余裕のない中小企業から大企業へ渡る納付金

第1の問題は、「促進法」の根幹をなす「納付金制度」がサステナブルでないという点である。

この制度の運営を担っているのは「高齢・障害・求職者雇用支援機構」(以下、「機構」という独立行政法人である。「機構」は未達成企業から集めた納付金を達成企業に調整金として回すことで収支を合わせている。つまり、この制度はいわば企業同士の助け合いなのである。

にもかかわらず、厚労省は障害者雇用を法律によって義務化し、違反すると企業名公表という“罰則”を設けている。ということは、すべての企業が法定雇用率以上の障害者雇用をすることが政策目標と解釈される。

だがこの目標は制度と整合的ではない。なぜなら、この目標が達成されると納付金がゼロになって「機構」は赤字となり、制度の維持が困難になるからである。したがって、企業名公表を怖れる企業が障害者雇用に励めば励むほど、法定雇用率は引き上げざるをえないことになる。

さらに、この制度はもはやインセンティブとしても機能していない。雇用義務化がスタートした直後の1977年調査で障害者雇用率が最も高かったのは従業者数50〜99人の中小企業で、最も低かったのは1000人以上の大企業だった。これは、障害者雇用に積極的な中小企業に大企業が協力金を払っていたという図式である。


ところが、現在では両者の立場は完全に入れ替わり、50〜99人企業の雇用率1.60%に対して1000人以上企業は2.16%という状況だ。つまり、経営が決して楽とは言えない中小企業に納付金を払わせて大企業に渡しているのである。

中小企業で障害者雇用が進まないのは、障害者を雇うよりも納付金を納めたほうが経営上メリットがあると考えているからであり、他方、大企業で雇用が進んだのは調整金をもらうことよりも企業名公表という“罰則”が効力を発揮しているためとの指摘もある。要するに「納付金制度」は“ムチ”にも“アメ”にもなっていないのである。

外注の仕事を障害者に振り分ける企業も

そして第2の問題は、企業における障害者の仕事の中身である。大企業による障害者雇用が大きく進展した背景には「特例子会社」(以下「特例」)と「グループ適用」という制度の存在がある。

前者は、企業が子会社で障害者を雇用した場合には親会社の障害者雇用に含めてもいいというもので、後者はそれが企業グループ全体の障害者雇用としてカウントできるというものだ。

これは、本業で障害者を雇いにくい企業や手っ取り早く法定雇用率をクリアしたい企業にとっては願ってもない制度といえる。すなわち、親会社やグループ内に散在する障害者向けの単純作業を「特例」に集約すれば、それなりの人数の障害者を雇えるからである。

さらに「特例」が雑用を引き受けてくれれば他の社員は本業に集中することができるので一挙両得ともいえる。一方、資本力のある企業のなかには、このやり方とは別に、それまで外注していた清掃やクリーニングといった社員向けサービスを提供する「特例」を設立し、そこで障害者を雇って法定雇用率をクリアしているところもある。

こうした“仕事切り出し型”や“内部取り込み型”の障害者雇用には2つの理由で問題がある。

第1に、その仕事は社内向け間接業務が中心だからである。「特例」で障害者が従事している作業の多くは、社内清掃、社員の制服クリーニング、メール便仕分け、内部書類のシュレッダーかけなどである。したがって、それらのサービス自体は本業ではなく、その拡大が企業業績の向上に寄与するわけでもない。

むしろ、これらの間接業務をなるべく省力化していくことが企業収益の向上に貢献するのである。ということは、社内でこの手の障害者の仕事を増やすことは企業経営にとってプラスにならない。

第2に、「特例」はこれらの業務を行う見返りとして、親会社などから報酬を受け取っているが、その額は要した費用プラス利潤という“総括原価方式”で決められているところがほとんどである。しかし、かかった費用分だけ親会社に報酬を請求できるならば、「特例」には生産性を上げるインセンティブが働かない。

また、親会社にしても、特例子会社に期待しているのは法定雇用率をクリアできるよう障害者をしっかり雇い続けてもらうことが第一だろうから、障害者の人員を削減する生産性向上はむしろ願い下げだろう。

障害者雇用を引き受けるビジネスの登場

本年4月に引き上げられた法定雇用率は2020年にはさらに0.1%ポイント上がることになっている。切り出せる仕事や内部に取り込む仕事に限界がある企業は、「企業名公表」を回避するために何らかの手を打たなければならない。そこで、そうした企業向けに障害者雇用を引き受けるビジネスが登場している。

東京都千代田区に本社があるエスプールプラスは、千葉県にあるハウス農園を企業に有料で貸し出し、企業が雇用した障害者に農作業をさせている。雇用されている障害者は雇用率にカウントされるが、できた農作物は福利厚生として社員に配布されたり社員食堂の材料として使われる。同社のホームページによると顧客企業は多業種にわたり、障害者雇用に悩んでいる企業にとってはありがたい存在のようだ。

上記のような問題をみていくと、企業名公表という“脅し”をちらつかせつつ法定雇用率を引き上げていく現行の障害者雇用政策は曲がり角に差し掛かっていることがわかるだろう。

本来あるべき障害者雇用とは、企業が本人の能力を最大限引き出し、本業における戦力として活躍できるような働き方を提示することだ。とりわけ精神・発達障害のある人たちの中には高い潜在能力を持ちながら画一的な就労形態への適応が難しいために働けていないケースが多い。こうした人材を活用するソフトウェア型の“働き方改革”は浸透に時間がかかる。

厚労省は性急な法定雇用率の引き上げに向かうのではなく、働き方の見直しという観点から障害者雇用の推進策を考えるべきである。そうすれば、いわゆる障害者だけでなく、すべての人たちにとって働きやすい環境を作ることにつながるからである。