写真=iStock.com/AndreyPopov

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加齢が引き起こす体の不調。放置していれば、取り返しのつかない事態を招くこともある。「プレジデント」(2018年1月1日号)より、9つの部位別に、名医による万全の予防策を紹介しよう。第5回のテーマは「耳」――。

■新幹線に1回乗ると、1日の上限を超えてしまう

耳が遠くなるのは70代、80代になってからと思ってはいないだろうか。耳鼻咽喉科医の中川雅文氏は「生活環境や習慣の変化により、若くても難聴になる人が増えており、高齢者だけの問題ではない」と話す。

聴力は20歳をピークに下がり始める。40代で軽い難聴の兆候が表れ始め、60代で日常会話に不自由を感じる人が増え始める。65歳以上では25%、75歳以上では50%の人が「補聴器が必要なレベルの難聴」というデータもある。現役で働いている50代、60代でも、人に聞き返すことが多くなったり、声が大きくなってきたりする場合は、難聴が進行している可能性が高い。

難聴の主な原因は、高血糖、高血圧、動脈硬化など、加齢に伴うものだが、もう1つの大きな原因として、「騒音による内耳障害があります。大きな音を聞くと、耳の内側にダメージを受けてしまうのです」と中川氏は話す。

コンサートなどで大音量の音楽を聴き続け、帰り道や翌朝に耳が聞こえにくくなったり、耳鳴りがしたりした経験はないだろうか。これは「ロック難聴(急性音響外傷性難聴)」と呼ばれ、一時的に内耳障害が起きているということだ。現代は、生活環境に音があふれていて、耳が休まらない時代になってしまっている。

「テレビもラジオも何もなかった時代の人間が1日に聞いていた音の総量や大きさと、現代とでは、かなりの違いがあります。耳に負担をかけないために1日に聞いていい音の上限は、90デシベルで59分ぐらい。たとえば新幹線の車内は80デシベルほどの音環境にあるため、出張で新幹線に1回乗るだけで、その日の上限を超えてしまいます」

パチンコ、カラオケ、麻雀など、近くの人の声も聞き取りづらい大音量の空間に身を置くことは、耳の老化を加速させる要因となり、健康維持のためのウオーキングやランニングも、国道沿いのように交通量の多い場所で行うと騒音が激しいため、耳に負荷がかかるなど、現代は、難聴の要因だらけなのだ。

■「電車でイヤホン」が耳に大ダメージを与える理由

騒音性難聴の1つである「ヘッドホン(イヤホン)難聴」も現代の難聴の代表例だ。イヤホンを使って音楽を聴く環境や器具の種類にも着目すべきと中川氏は解説する。

「通勤電車内の騒音は、70から80デシベルぐらいとされています。そのなかで楽しく音楽を聴こうとすると、自ずとそれよりも大きい音量になります。また、耳に掛けるタイプなどゆるめのイヤホンで聴くと、電車の音が耳とイヤホンの隙間から入ってきますよね。その分、さらに音量を上げることになります。通勤中に電車内で音楽を聴いているだけで、板金工場や工事現場で働いた人と同じくらいのダメージを受けることになるのです。どうしても移動中に音楽を聴きたければ、ノイズキャンセリング機能があるものを使って耳への負担を抑えることが大切です」

耳の老化は、自覚しにくいことも特徴の1つだ。難聴は基本的には徐々に進行していくため、無意識のうちに聞き取りにくい状態に慣れてしまい、衰えに気付きにくいのだ。突発性難聴のようなタイプはすぐに異変に気が付くことができるが、一般的には、自覚症状が表れたときには重度の難聴になっている可能性が高い。

■一番の問題は、コミュニケーションのトラブル

「耳鳴り」が気になり始めたら、難聴がかなり悪化しているサイン。雑音下での聞き取りの悪さも自覚するようになったら、すでに重症だ。

「ひそひそ話が聞き取りづらく、サ行カ行タ行ハ行の音を聞き間違えるようになってきたら、補聴器が必要なレベルです。サトウさんとカトウさん、シブヤとヒビヤの区別がつかないなどが思い当たれば間違いなく難聴の状態です」

難聴を放置しておくことによる一番の問題は、コミュニケーションのトラブルだ。

「聞き取りが困難になると、人と話すのが億劫になります。あるいは、無意識に声が大きくなり、『場の空気を読めない人』と厄介者扱いされてしまう場合もあります。会話の不足、仕事の喪失などが重なると、難聴者はそうでない人よりもうつ状態や自殺に至るケースが多いとされています」

家族間のコミュニケーションが少ないことも、難聴悪化の一因になる。

「帰宅後、テレビをつけて家族から話しかけられても『疲れているから』とシャットアウト。それでは、本人も周囲も、難聴に気付けません。家族間で難聴を防ぐには、ひそひそ話ができるくらいの距離感にしておくことです」

■稼ぐ人ほど「補聴器」を活用

難聴が進んだ老人は人とのコミュニケーションが減り、認知症のリスクが高くなることもあるという。このような最悪の事態を防ぐには、聞き取りに不自由を感じ始めたら、すぐに補聴器を使用することだ。

「補聴器は豊かなコミュニケーションのための必須アイテムです。日本補聴器工業会が実施した調査で、補聴器を使用するビジネスマンと使用しないビジネスマンに年収を尋ねたところ、補聴器を使用するビジネスマンでは、1000万円以上が9%、2000万円以上が3%もいました。一方、補聴器を使用しないビジネスマンでは、1000万円以上が4%、2000万円以上はほとんどいないという結果に。私の診察経験からも、補聴器の使用を希望するのは、医師、弁護士、外交官といった職業の方が多いと感じます。また、欧米でも、エグゼクティブは若いうちから補聴器を使用しています。重要な会議や取引を行う彼らにとって、補聴器は欠かせないビジネスツール。老後も稼ぎたければ、ぜひ補聴器を取り入れてください」

補聴器というと、装着に煩わしさを伴うというイメージがあるかもしれない。しかし、近年は小型化が進み、機能も発達している。耳の陰に隠れるほど小さい耳かけ型や、耳栓のように収まる耳あな型、さらには、スマホと連動したハイテク補聴器など豊富に揃う。

補聴器は家電量販店で1万円台から買えるものもあれば、片耳50万円以上の高額なものもある。耳の聞こえに不自由を感じたら、まずは補聴器相談医のいる医療機関にかかろう。補聴器の必要性を診断し、機能・価格面などベストな補聴器を購入する手立てを教えてもらえるはずだ。

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▼POINT!
・どこから始まる?
耳鳴り、雑音下やひそひそ話の聞き取りづらさ、サ行カ行タ行ハ行の音の聞き間違いは、難聴が悪化しているサイン。
・最悪の場合は?
聞き取り困難によって会話などのコミュニケーションが減り、認知症リスクが高まる。うつ状態や自殺に至るケースも。
・予防・改善策は?
難聴はすぐに病院へ。急性の場合は発症から1週間が勝負。また補聴器の使用開始は、先延ばしにせず早めに。

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中川雅文
国際医療福祉大学病院耳鼻咽喉科部長・教授
医学博士。聴覚評論家。順天堂大学医学部卒。耳とコミュニケーション研究の第一人者として情報を発信。著書に『耳がよく聞こえる!ようになる本』など多数。
 

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(ライター 吉田 彩乃 写真=スターキージャパン、PIXTA、iStock.com)