アストンマーティンの新グローバル・ブランドセンター「The House of Aston Martin Aoyama」(写真はアストンマーティン・ジャパン提供)

アストンマーティンが新たなショールームをオープン

東京・青山。フェラーリ、ベントレーなどを扱うコーンズ・モータースをはじめ、レクサス、テスラモーターズなどの超高級車の販売店が立ち並ぶ一等地に、イギリスの超高級スポーツカーメーカー、アストンマーティンが新たなショールームを今年11月にオープンした。

「アストンマーティン東京」。アストンマーティンの日本における販売店は従来、比較的こぢんまりしていたが、敷地面積約1000平方メートルの大規模な店舗を構えた。スポーツカーの「DB11」をはじめとする車種を販売するだけでなく、「The House of Aston Martin Aoyama」(アストンマーティン青山ハウス)と呼ぶブランドセンターを併設したことだ。


アストンマーティン青山ハウスでは、独自グッズも販売(写真はアストンマーティン・ジャパン提供)

アストンマーティン青山ハウスにはヴィンテージカーが展示され、独自グッズも販売される。実はアストンマーティン・ブランドで展開しているラグジュアリー・ボートやコンドミニアムといった不動産開発事業の窓口ともなっている。


アストンマーティンAM37パワーボート(写真はアストンマーティン・ジャパン提供)

アストンマーティンの日本における販売台数は2017年で300台前後と、輸入車カテゴリに限って見ても絶対数は少ない。だが、アストンマーティンのDr. アンディ・パーマー社長兼CEOが言うように「世界第2のラグジュアリーカー・マーケットである日本は、アストンマーティンの今後の発展にとって鍵となる市場の1つ」。現在、年間5000台程度の世界販売台数のうち、「日本は10%ほどを担うポテンシャルがある」とパーマー氏は見積もる。

そんなアストンマーティンとは、どんな自動車メーカーなのか。その歴史を振り返りつつ、今後の日本における可能性を展望してみよう。

アストンマーティンは日本で「アストンマーチン」とも呼ばれている。正式な社名は「アストンマーティン・ラゴンダ」。1913年創業と今年で104年の歴史を持つ。最先端の技術を採用しながらも、熟練されたクラフトマンシップによるハンドメードを特徴とし、シンプルで優雅なスタイリングを特徴とする。


ゲイドンのリニューアルされたアッセンブリーライン(写真はアストンマーティン・ジャパン提供)

1963年に発表された「DB5」は映画007シリーズで主人公ジェームズ・ボンドが駆る「ボンドカー」に使用された、それ以降の続編においても大きな存在感を劇中で表していることで有名だ。現在は「DB11」「ラピードS」「ヴァンキッシュ S」「ヴァンテージ S」といったモデルが英国のゲイドンにて独自に設計・製造され、世界50カ国以上で販売されている。

近年、再びラグジュアリーカー・カテゴリーにおいて大きな存在感を持つようになったアストンマーティンであるが、かつては経営母体が幾度となく揺らいだ。一時期はジャガーなどと一緒にフォード傘下となった時期があったが、経営改革はなかなか進まなかった。

市場に求められるモデルを生み出すことができず、生産は滞り、品質低下を招いた。そのため、ロールス・ロイス、ジャガー、ミニなど主要なブランドは海外のオーナーの元へと移り、ローバーやMGのように消滅してしまうブランドも少なくなかった。

転機は2007年に訪れた。デイヴィッド・リチャーズやクウェート資本を中心とするファンドがアストンマーティン・ブランドを獲得し、積極的な投資を行う体制が確立。2014年にはアンディ・パーマーがCEOに起用された。

現経営陣は、近年のフェラーリなどスーパースポーツカーブームの流れに乗るべく、希少性を持った少量生産メーカーとしてアストンマーティンのブランドパワーを持ち上げるべく、新モデル開発のために途絶えていた投資を再開した。将来への拡大戦略を大きくアピールし、挑戦的な計画をいくつも実現した。開発体制も一新し、スタイリングやエンジニアリング開発から、生産までを内製化し、生産工場も最新鋭設備に入れ替えた。

ここ数年のうちに全世界の年間生産台数は7000台ほどになるとアストンマーティンは見込んでおり、生産拠点の拡大とともに1万2000台あたりがブランドとしての上限であると考えているようだ。

経営危機の時代にも安価なモデルには手を出さず

幸いアストンマーティンは経営危機の時代にも安価なモデルを生産するような、ブランドの希少性を下げることは行わなかったため、その根本的バリューは毀損されることなく保たれていた。


最先端の技術を採用しながらも、熟練されたクラフトマンシップによるハンドメードを特徴としている(写真はアストンマーティン・ジャパン提供)

私は強いブランドを築くには「独自性と持続性」「希少性」「伝説」が必要だと考えている。そのうち、アストンマーティンはしっかりとした「希少性」「伝説」を維持している。あとは「独自性と持続性」という要素をいかに再構築していくかという点にかかっている。その点において英国産であるアストンマーティンはイタリアやドイツとは異なった、特徴あるものづくりを行うことが可能なアドバンテージを持っている。

実はイギリスには類を見ない少量生産スポーツカーを作るためのサプライチェーンが存在している。ロータスを代表とするようなバックヤードビルダーと呼ばれる小さなファクトリーたちが健在なのだ。ハンドメードでイチからクルマを作り上げるという文化が根付いており、世界的に見て希少な熟練者のマンパワーもある。

また、そういった手作りスポーツカーを公道走行可能とするための法的なバックアップもイギリスは積極的に行っている。伝統的なスポーツカー文化が今も根強く残り、それを食い扶持とするメカニックたちも健在である。


アストンマーティンの最新モデル、DB11(写真はアストンマーティン・ジャパン提供)

アストンマーティンの最新モデルがDB11だ。昨年に発表され、現在、順調にデリバリーが進んでいる。開発において最もコストがかかるというプラットフォーム(シャーシ)も一新し、メルセデス・ベンツとの技術提携でエンジン供給を得ることになったこのモデルはアストンマーティンの今後を担うモデル。2017年の全世界生産台数もDB11の追い風もあり前年比で30%アップが予測されているという。


スーパースポーツカー・アストンマーティン「Valkyrie(ヴァルキリー)」(写真はアストンマーティン・ジャパン提供)

そしてフェラーリの最高価格モデルにも匹敵するような、150台限定生産のスーパースポーツ「ヴァルキリー」などラインナップに話題は欠かない。さらに「セカンドセンチュリープラン」と題して発表された最新プランでは、2016年以降、7年間に7つのニューモデルを発表していくという意欲的な発表も行われている。

ブランディングをより強固にするために

スポーツカーメーカーとしてのブランディングをより強固にするためにモータースポーツ参戦にも余念はない。世界の耐久レースへの参戦に加えてレッドブルとの提携を行い、レッドブル・アストンマーチンF1チームが来シーズにはスタートする。スーパ―スポーツメーカーの雄であるフェラーリのモータースポーツへのコミットが大きなお手本ともなっている。

現在、勢いのあるアストンマーティンには同業他社より優秀な人材がどんどん流入している。トップであるパーマーCEOにしても日産自動車で重要な立場として経営を担ったマネジメントのプロだ。


発表会に登場したX JAPANのYOSHIKIさん(写真はアストンマーティン・ジャパン提供)

付け加えるなら、日本の自動車メーカーのマネジメントを行ったパーマーは日本のマーケットをよく理解しているし、夫人が日本人ということもあり日本の文化にも精通している。そんな意味でも日本の市場への期待が高いということは、今までの数々の発言からもうかがえる。

そんなパーマーの個人的事情は別としても、アストンマーティンは日本市場になぜ注目するのであろうか。理由は3つある。まずは市場規模に対して日本はアストンマーティンを多く売るマーケットであり、ブランドを好意的に見る購買層が一定量以上存在するということだ。

日本にいるとあまり感じないが、日本人ほど世界各国の自動車、特にスポーツカーに関する知識を持った人種はいない。それは日本独自のスーパーカーブームによって刷り込まれ、鍛えられた、深い知識を持った自動車ファン層たちが購買ターゲットであるのも大きな理由だと私は考えている。


新型コンバーチブル、DB11 ヴォランテ(写真はアストンマーティン・ジャパン提供)

2つ目は、ラグジュアリーカー・マーケットが拡大している中、日本国内における新ブランドディーラーの開設熱が高まっていることが挙げられる。いくつものブランドのディーラーを経営する資本力のある“メガディーラー”が中小資本の独立系ディーラーを駆逐する流れが見られる現在、メガディーラーたちはブランド拡大のために投資を厭わない。今回のアストンマーティン東京を経営するスカイグループは日本国内に9ブランド、26ディーラーを持つ。

3つ目は日本のラグジュアリーカー・マーケットは現在の世界的トレンドほどSUVに偏向しておらず、スーパースポーツカーやアストンマーティンのようなグラントゥーリズモと呼ばれるクーペのマーケットも健在であるという点だ。つまり、日本のラグジュアリーカー・マーケットはアストンマーティンの目指すラインナップにぴったりなのだ。

ライバルメーカーたちがカバーできないジャンルを

アストンマーティン東京のオープニングに際して、パーマーCEOはこう語った。「これからアストンマーティンは3本の柱を持って開発していきます。スーパースポーツ、SUV、そして「ラゴンダ」ブランドとしてのラグジュアリーサルーン(高級4ドアセダン)です」。

そういう戦略において、まんべんなくターゲットが存在する日本は理想的なマーケットでもある。アストンマーティンのような希少性を重視するブランドにとって生産量を増やすということは諸刃の剣でもある。幸いなことに彼らはラグジュアリーサルーン(4ドアセダン)のブランドであるラゴンダも所有している。SUVも含め、ラグジュアリーカーの全カテゴリで限定された数量を販売し、総合的に販売量を拡大するという戦略を考えている。

それには少量生産車種を比較的ローコストで開発、製造することを可能とするイギリスのクルマづくりの環境も大いにプラスとなる。ライバルメーカーたちがカバーできないジャンルをもターゲットにする戦略ともいえる。


(写真はアストンマーティン・ジャパン提供)