出口治明氏が2018年1月から始める新たなチャレンジとは?(編集部撮影)

ライフネット生命の創業者である出口治明氏が2018年1月、大分県別府市にある立命館アジア太平洋大学(APU)の学長に就任する。69歳にして実業界から異例の転身をする出口氏に抱負を聞いた。

ライフネットの仕事をしばらく続けるつもりだった

山田:今年6月にライフネット生命の取締役を退任しました。この時点で新しいチャレンジをするお考えがあったということでしょうか。

出口:まったくなかったですね。業務委託契約を結んでいるライフネットの仕事をしばらく続けるつもりでした。

ライフネットでは社長、会長をちょうど10年やって、売り上げ100億円の会社としました。営業キャッシュフローは40億円、契約件数は25万件ありますので、簡単にはおかしくならないっていうことがわかりましたし、ちょうど10年ってきれいなので、そこで退任を決めたのです。

僕の後任として30代の取締役2人を選んで取締役は退いた。会社の指名・報酬委員会からは「最高顧問で残ってください」と言われましたが、ガバナンスの観点から考えて、最高顧問って・・・。

山田:そういう肩書は嫌いでしょうね。

出口:ですからもう役職をいっさい辞退しました。今の名刺に刷ってある「創業者」というのは、称号でも役職でもなくてファクトです。

しかし、会社とは業務委託契約を結びました。しばらくは会社のPR、若い社員の教育の場である出口塾を「続けてください」と言われましたので。

山田:ライフネット生命を紹介する名刺代わりのカードを配る、というおなじみの宣伝も続けているわけですね?

出口:もちろん。今日もお配りしましょうか。こちらニューバージョンです、どうぞ。前の会社の仕事をここでするのも変なんですけど。

山田:業務委託契約は12月末で切れるんですか。

出口:はい。本来は1年契約だったのですが、今回急にこういうお話をいただいたので、会社と相談して業務委託契約を12月末に終了するということになりました。1月からは別府に引っ越して頑張るつもりでいます。

山田:業務委託契約の関係を長く続けるつもりだった?

出口:会社からは「2、3年助けてください」と言われていましたから、そのつもりでした。2、3年は側面からサポートするのかなと漠然とそういうふうに思っていたんです。

山田:ところが世間が許さなかった。「取締役を退いたってことは、どうですか?」というお誘いがあったのでしょうか。

出口:推挙があったのです。どなたに推挙していただいたか僕もわからないんですけれど、複数の方から推挙されてAPUの104人の候補者のリストに載ったようです。でもAPUって日本で国際化がいちばん進んでいて、先生方の中に占めるPh.Dホルダーのウェートも高い大学ですよね。当然、公募条件のハードルも高い。条件を見せていただきましたが、第1条件がドクターと。それから英語・日本語の2言語で教育、研究をやっている大学ですから、第2条件が英語ペラペラということだったので、選ばれる確率はかなり低いだろうなと正直思っていました。

だから来年の春ぐらいまで講演の依頼などを受けていましたので、今一生懸命お詫びのメールと電話をしてお断りしています。「こんなことになったのでごめんなさい」と。

APUはチャレンジをする大学

山田:なぜご自身が選ばれたと思いますか。


チャレンジする大学であるAPUにふさわしいと評価していただいたのかなと思っています(編集部撮影)

出口:選考委員会の委員長を務めた今村正治副学長が記者会見で話をしましたが、APUはチャレンジをする大学だと。日本の大学には、学長を外から持ってくるという発想はなかった。そこにチャレンジしたわけです。しかもこの選考委員会がダイバーシティにあふれている。あとから聞いたのですが、委員長が副学長(理事)で、先生5人、職員代表2人、卒業生2人が選考委員会を構成していました。しかも、この10人のうち4人が外国人です。大企業の指名報酬委員会でもこんなダイバーシティはないですよね。

僕は還暦ベンチャーでいろんなことにチャレンジしてきた。そのことをチャレンジする大学であるAPUにふさわしいと評価していただいたのかなと思っています。オープンで、ダイバーシティあふれたプロセスってすごく示唆に富んでいると思いますし、そうしたプロセスの中で選ばれた責任も重いし、頑張らなきゃいけないな、と思っています。

山田:あらためてAPUをどのように評価していますか。

出口:この大学はグローバルの面では日本でいちばん進んでいる大学の1つです。たとえばAACSB(Association to Advance Collegiate Schools of Business)という国際的なビジネススクールの認証がありますが、認証を受けたのは日本で3校目です。それから、教員の半分が外国人で、学生の51.4%は外国の方です。しかも89の国と地域から来られている。しかも講義のほとんどを英語と日本語の2言語でやっている。

そういう意味では先生方も学生も研究も、国際化という点で最先端を進んでいると大学だと思います。その結果、世界の大学ランキング評価の中でも国際性(「国外からの教員比率」「留学生比率」)の点では満点をとっていて、これはアジアに8大学しかない。日本では唯一です。その一方で、地元にも密着していて、大分県や別府市のサポートも受けている。まさに「グローカル」を具現するような大学だと思うんですよね。

山田:APUの課題は何でしょうか。

出口:APUはすごくいいことをやっている。それなのに、まだあんまり知られていない。先日、ある女子中学校で「おカネって何? 働くってどういうこと?」という講義をやっていたんです。30人ぐらい中学生がいたので、黒板に大きくAsia Pacific University、APUと書いて、「知っている人、手を挙げてごらん」と言ったら、知っているのは1人だけだった。

先生にお聞きしたら、「1人進学しました」と、「すごくいい大学です」とおっしゃっていたのでうれしくなったんですが、知名度が本当に低いですよね。

APUは玄人受けする大学

山田:ブランドとか伝統ではなく実質で勝負をしているので、玄人受けする大学でしょうね。考えるのが面倒な人にとってみたら、いちばん安心なのはブランド力のある伝統校です。そういう意味では、実はライフネットも似ていると思うんですよね。

出口:似ていますか。

山田:ブランドじゃなくて実質ってところが似ています。自分たちのやっていることがいかに先進的なことであるかを時間をかけて説明して、それの実質価値を評価した人に入っていただくという点がそっくりだと思います。

出口:そうかもしれませんね。でも本当に僕もびっくりしているんですよ。学長に選ばれてから、いろいろな本を読んだりホームページを見たり、ちょっとずつ勉強しているんですが、なんでこんなにすばらしい大学があることを十分知らなかったんだろうと。本当に知れば知るほどいいことをたくさんやってるので、もっともっと知られてほしいという気持ちはありますよね。

山田:そうすると学長としての役割の1つは広報活動ですね。

出口:ええ。ブランディングを含めて、せっかく先生方や職員の皆さんや学生の皆さんがすばらしいことをやっているんで、もっともっと知ってもらいたいし、もっともっと応援してほしいと思います。学生も積極的で、今日も学生から「お正月にパーティをやるから来てください」という誘いが来ました。「まだ予定がわからないので、行けたら行きます」と返したんですが、こうした学生に会うのが楽しみですね。


学生に会うのが楽しみだという出口氏(編集部撮影)

魂を入れて実行していく

山田:広報活動以外の役割とは?

出口:この大学は非常にロングランでものごとを考えています。たとえばもうすでに2030年のビジョンを作っています。実はグローバルに考えたら2030年のプランを作るというのは、1つの常識です。国連のSDGs(Sustainable Development Goals)も2030年プランですよね。

すでに大学関係者の皆さんが、大きい方向性を作っていますので、具体的にどういうふうに手を打つか、マイルストーンを置いていくのが僕に課せられた責務だと思います。大きいビジョンを作った今の大学の先生方や、職員の皆さん、学生、地域の人、卒業生の思いを、もう一度僕自身がよく聞いて、自分で消化したうえでこのビジョンを実現できるようにしっかりとマイルストーンを置いていきます。

アジアと太平洋がこれからの世界の牽引車の1つになるという壮大な夢を20年前にAPUを設立した人々は考えたわけです。その夢に向かって魂を入れて実行していくのが僕の役割だと思います。

山田:現学長の是永(駿)さんは、出口さんを「歴史家、ヒストリアン」と評し、その「博学と洞察力を」生かしてほしいとコメントしています。そういった点では、たとえばアジアの人たちが共通の歴史観を持てるようなカリキュラムを置くような取り組みもよいように思いますが。

出口:そうした取り組みはすでに行われていて、ドイツとフランスは共通教科書を使って歴史の勉強をしています。たとえば勉誠出版では日本と中国でも双方の学者が集まって論文集を作っています。古代・中世は出版されましたが、近代のところは意見の隔たりが大きくて出版に至らなかったようですけれど・・・。APUとしてはどういう取り組みをするべきか、考えていきたいですね。

大学は教育と研究が両輪。大学の目的は何かと言えば、「いい教員とスタッフを集め、いい学生を世界中から集め、教育と研究のレベルを上げること」だと思います。そして、その結果としてランキングの順位が引き上がるわけです。そのことを目的化してはいけませんが、ランキングを引き上げていくことにもきちんと取り組みたいと思っています。