"定時"の推奨は競争力強化につながるか?

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無駄な会議や複雑な組織など、いわゆる「大企業病」は組織の時間を奪う。ベイン・アンド・カンパニーとプレジデント社の共同調査によれば、本来ある時間を100とすると、「大企業病」のために日本企業は平均32%の時間を失っている。つまり週5日の営業日のうち1.5日を無駄にしているわけだ。この状況で「定時」を推奨しても競争力を下げるだけ。生産性向上のために必要なこととは――。

■大企業病により週1.5日が失われている!

前回の記事で、日本企業とグローバル企業の組織生産力の衝撃的な格差と、その差を生み出している「時間(Time)」「人材(Talent)」「意欲(Energy)」という3要素(TTE)について紹介した。本記事では、グローバル企業との生産力の差に最も大きい影響を与えている「時間(Time)」、すなわち「大企業病」による生産的時間の損失に焦点を当てていきたい。ここで言う大企業病という言葉は、組織が社員の時間を食いつぶしてしまうあらゆる状況を指す。その正体は会議だったり、メールや電話だったり、官僚体質のプロセスや手続きだったり……読者にも思い当たる節があるだろう。

日本企業の労働時間が長いというのは周知の事実だ。独立行政法人労働政策研究・研修機構の調査によると、2015年の長時間労働者割合(週の労働時間が49時間以上の従業者の割合)は、米国の16%、欧州諸国の8〜12%と比較し、日本は21%と先進国の中で突出して高い(図1)。また、多くの日本企業においてサービス残業が常態化しているため統計データには現れないが、実際の労働時間も相当なものと推測できる。

実際にグローバルの調査結果と日系企業の調査結果を比較すると、本来ある時間を100としたときに、大企業病によって失われている時間は、グローバル企業の平均21%に対して、日本企業では32%に達する。これは週5日の営業日のうち1.5日を丸々無駄にしていることを意味する。グローバル企業が無駄にしている時間は週のうち1日なので、日本企業はグローバル企業より週に半日分余計に損をしていることになる。その差は、月に直すと丸2日、年に直すと24日、つまり稼働日で考えると1カ月以上の差を生んでいるということだ。

■失われた時間を残業でカバーすると月80時間必要

この失われた時間を残業でカバーするとすれば、月80時間の残業時間に該当する。仮に月22日8時間労働を定時とした場合176時間の労働時間になる。しかしながら、労働時間の32%を無駄に失っている日本企業において、生産的な時間は全労働時間の68%にすぎない。この176時間分の仕事をこなすためには、さらに80時間以上の労働が必要になるのだ。グローバル企業の場合、同じ生産的成果を達成するために必要な残業時間は40時間程度ですむ。このシミュレーションからも日本企業の極端な労働時間の長さと生産性の低さが見てとれる。

電通の過労自殺事件を端に「働き方改革」の議論が盛り上がりを見せ、長時間労働の撲滅に向けたさまざまな議論がなされているが、見かけの労働時間を減らしたところで、持ち帰り残業、サービス残業の助長につながり、実態が地下に潜るだけである。あるいは、低生産性を労働時間の総量で補ってきたモデルが崩壊し、単に日本企業の競争力が落ちることにもつながりかねない。「時間が失われる仕組み」にメスを入れなければ、根本的な問題解決にはつながらないのだ。

■個人の「働き方改革」ではどうにもならない大企業病

では、企業の生産的時間が失われてしまう要因はどこにあるのか? 大企業病による時間のロスの要因を見ていくと、最もマイナスインパクトが大きいのは「組織構造による非効率」である。組織が大きくなると、縦割りや重階層化によって、意思決定・承認プロセスの遅延といった弊害が出てくる。組織が大きくなればなるほど、利害関係者が増え、何かを決めるのにも複数回のすり合わせや根回しが必要となり、なかなか物事が進まない。そうこうしている間に次のタスクが降ってきてさらに忙しくなる。これが「大企業病」の症状だ。

次いで大きなマイナス要因となっているのは「効率良く仕事を進めるためのプロセス、ツールの欠如」や「社員が集まったときの仕事の仕方が非効率」といった問題だ。仕事を進めていくためには複数の社員あるいは部署での連携が不可欠であるが、こうした連携の巧拙が生産性を大きく左右するのである。

こうした問題は個人レベルの働き方改革ではとうてい対処できない。組織における仕事のやり方そのものを見直さない限り、抜本的な改革につながらないのである。では組織が希少な時間を無駄にするのを避けるためにはどうすればよいのか。

■「すり合わせ」ではなく「なすり付け」になっていないか?

事業の拡大に伴い、地域や製品系列ライン、事業部などが増えることは避けられないが、こうした1つひとつの動きが組織の新たな要素を生み出し、他の要素との交わりや相互作用を生む。この各要素が交差する部分を「ノード」と呼ぶが、ほとんどの企業ではこのノードこそが複雑化の根本原因である。グローバルに展開する多くの日本企業でも、商品軸・地域軸に多くのノードが存在している。ノードでの「すり合わせ」を軽視すれば、「あそこの事業は現場との目線合わせが不十分だ」、「あの地域だけ勝手にやっている」といった異物扱いをされてしまうが、それぞれのノードで合意形成を行っていると商品・サービスの展開スピードがどんどん遅れていく。

また、いわゆる「報・連・相」についても注意が必要である。意思決定者やプロセスが明確でない組織でホウレンソウの重要性を説くとどうなるか。部下は自分で責任を取りたくない(取れない)ため、考えうるすべての関係者に報告を入れて責任転嫁をはかるだろう。一歩間違えると、日本企業の特徴でもある「すり合わせ文化」は「なすり付け文化」へと姿を変えてしまうのである。

こうした報告のために割く時間を積み上げると途方もないものになる。報告のためのメールを書く時間、報告書を作成する時間、加えて関係先方々への「根回し」に割く時間……。その多くは組織として成果を出すうえでそもそも必要のない時間である。「ノードを増やさない」という予防・規律と共に、既存の「ノードの断捨離」による組織や意思決定プロセスの再設計ができれば、「失われた時間」は相当程度回復できるだろう。

■「決まらない会議」は時間のブラックホール!

もうひとつ、組織の非効率性を顕著に映し出すのが、会議の運営のされ方だ。読者自身の出席する会議について想像してみてほしい。会議の中で明確な意思決定、指示が下されるケースはどの程度あるだろうか。呼ばれたのでなんとなく参加し、明確な議題もなく、なんとなく議論がなされ、なんとなく時間が来たから解散する、といった会議が多いのではないだろうか。

図2は、実際に会議の効率性を阻害する要因についての回答をグローバル、日本企業で比較したものである。これを見ると日本企業における会議運営がいかに非効率であるかがわかるだろう。特に深刻なのは「明確な議題や目的が定まっていない」「参加者の準備不足」「ネクストステップおよび責任者が明確に定義されない」「参加者の役割が不明確」といった項目において、グローバル企業との差が顕著に見られる点だ。こうした無駄な会議のために、多くの社員が出席し、会議のための調整、資料の準備のために毎晩残業している。

これは企業に限った話ではない。たとえば、都庁の築地市場移転問題にしても、誰が最終的な意思決定をするのかが明確でなく、意思決定の基準も不明確なまま、なんとなく暗黙のうちに意思決定がされていった結果、責任の所在が不明確になり、結局なし崩し的に意思決定を延期せざるを得なくなった。これにより生じた費用は計り知れない。

無駄な会議に組織の希少な時間を費やさないためには、組織として「規律を持った」会議運営のルールを決めることが肝要である。

第一に、無駄な会議を増やさないと同時に、既存の会議についても必要性を改めて見直し、本当に必要なもののみに絞り込むこと。週次の事業部会議など、参加者の予定を前もって抑えるために定例会議を設定している組織も多いが、こうした会議が本当必要か再点検をしてみるべきだろう。会議を廃止する判断は、新たな会議を企画するよりもはるかに重要である。

次に、会議ごとにアジェンダを明確にすること。それぞれの会議でどのような意思決定をするのか。それが明確になればおのずと必要な参加者も見えてくる。会議のアジェンダと意思決定者が決まったら、出席者も意思決定に必要な社員だけに絞り込む。そうすれば無駄な根回しが必要なくなり、会議の中でオープンに議論を戦わせることができる。少人数の方が議論もはかどるし、出席者一人ひとりの主体性も高まる。

さらに、議論しっぱなしにしないことも重要だ。可能な限り、その会議の場でネクストステップは何か、つまり「誰が・いつまでに・何を」するのかを明確にする。いずれにしても、時間を限りある希少資源ととらえ、組織的に規律を持って無駄を排していくことが必要なのである。

(ベイン・アンド・カンパニー プリンシパル 西脇 文彦)