サウジアラビアでは、まだまだ男性ほど自由を享受できていない(写真:Faisal Al Nasser/ロイター)

「みんな祝賀ムードに沸いているわ。社会はエネルギーに満ちあふれ、将来への希望を抱いている。国は前向きな政策を進めており、国民は変化を感じ取って称賛している」

女性の自動車運転が禁じられている世界で唯一の国であるサウジアラビア。来年6月の運転解禁の国王決定を受け、知人のサウジ人女性はこんなコメントを寄せた。ツイッター上でも歓迎のコメントが相次いで投稿されている。

だが、実のところ、サウジではまだまだ制限・禁止されている女性の活動が少なくない。自動車運転解禁に沸くものの、女性は自転車にすら自由に乗ることができないという現実に直面している。それでも、サウジは変革の真っ只中にある。現代化と宗教的・伝統的な価値観の狭間でせめぎ合うサウジは、今後も変化を続けそうだ。

海外旅行や銀行口座の開設も承認が必要

サウジ人女性を縛っている代表的な制度が、後見人制度と呼ばれる男性の従属下に女性を置くシステムだ。結婚や海外旅行、銀行口座開設、パスポートの取得などは父親や夫ら親族男性の承認が必要となっている。

2013年には、女性が公園や娯楽施設などで自転車に乗ることが解禁されたが、アバヤという伝統装束を着て後見人の同伴も必要という堅苦しいもの。女性が路上で自転車に乗って買い物に行ったり、気軽に運動したりする自由はサウジに存在しない。五輪参加など女性のスポーツ参加も容認されるようになっているが、髪を隠すなどの衣装の制限がある。あるイスラム聖職者は女子選手を「売春婦」呼ばわりした。

また、イスラム法に基づいて、一夫多妻制という男性優位の規定が認められ、遺産相続においても現代的な意味での男女平等は確保されていない。裁判所での女性の証人としての効力は男性の半分となっている。

肌や髪の露出を防ぐアバヤの着用などで自由なおしゃれも制限されている。2015年の地方選では、多くの女性候補がニカーブという目を除いて顔を隠す装いで選挙ポスターに登場、男性の有権者に直接話しかけることができないなどの男女隔離の原則に基づいて行われた。

このようなサウジの特異性は、シャリア(イスラム法)そのものが法源となり、政治や社会活動の全般に影響を及ぼしているのが要因だ。ほかのイスラム諸国の多くは、結婚や遺産相続など家庭法の分野を中心にイスラム法が適用され、主に西洋から取り入れた実定法(じっていほう)が政治や社会をつかさどる。

サウジで窃盗が手首切断、結婚した女性らの不倫は死刑か終身刑、殺人や強姦などに斬首刑が適用されているのは、イスラム法の規定を厳格に適用しているためだ。イスラム法では明確な結婚年齢の規定がないため、早い場合には10歳前後で婚姻関係を結ぶ児童婚もサウジでは今も行われており、世界的なニュースになることもある。

イスラム法ができた頃は自動車はなかった

サウジ人女性に全身を覆うアバヤなど装いの制限があるのも、コーラン24章31節にその根拠があるとされている。

「女子の信者にはこう言え、『目を伏せて隠し所を守り、露出している部分のほかは、わが身の飾りとなるところをあらわしてはならない。顔おおいを胸もとまで垂らせ。自分の夫、親、夫の親、自分の子、夫の子、自分の兄弟、兄弟の子、姉妹の子、身内の女、あるいは自分の右手が所有するもの(編集部注:奴隷)、あるいは欲望をもたない男の従者、あるいは女の隠し所について知識のない幼児、以上の者を除いて、わが身の飾りとなるところをあらわしてはならない』(『世界の名著 コーラン』)。

イスラム法は、聖典コーランと預言者ムハンマドの言行録ハディースが2大法源。コーランは自動車が存在しない650年ころに編纂されており、実は女性の運転を禁止する法的な根拠はあいまいだった。

今回の決定に際しては、イスラム法から判断して女性の運転は禁じられていないとの新たな解釈を示すことで、世俗化や欧米化に反対する宗教保守派の説得に成功したといわれている。ということは、これまでの解釈では女性の運転が禁じられ、新たな解釈では容認されることになる。イスラム法とは解釈次第との側面もあり、これが政治的・社会的な対立の要因となっている。

サウジの宗教界は、戒律の厳格なイスラム教ワッハーブ派が牛耳っている。ただ、時代の流れもあって、改革や世俗化の流れが強まっている。宗教界保守派の抵抗を抑えながら、人権意識の向上や男女平等、社会参画といった観点から女性の権利向上は今後も続いていく可能性が大きい。

実際、イスラム法には現代女性にとっては不利な規定が少なくない。「親類の女性たちが家族から不当な扱いを受けている」と感じたサウジ人男性が後見人制度の廃止を訴えて逮捕され、2016年12月に裁判所から禁錮1年の判決を受けたという例もある。

3K仕事は出稼ぎのアジア人が担っている

女性側も黙っているわけではない。4人までの妻帯が認められる一夫多妻制や、女性は兄弟より原則半分となる遺産相続、夫が一方的に3回「離婚」と唱えれば離婚が成立する「トリプルタラク」といった制度に特に不満が根強い。筆者が通っていた英大学院のイスラム法の授業には、イスラム圏出身の女子学生が多く参加していたが、ある学生は「婚姻や財産問題に関するイスラム法の授業に出るのはとても憂鬱」とふさぎこんだ。

一方で、サウジ人女性がイスラム法の下で抑圧されている面は多く報じられるが、実際には、この世の春とばかりに生活を謳歌している女性陣がいることはあまり知られていない。

イスラム教では、女性は保護の対象であり、一家を支えるのは男性というのが一般的。世界有数の金満国家であるサウジでは、メイドに家事や育児を任せ、子どもの送迎や買い物、「女子会」への参加では、お抱えの運転手に頼るなど「夢のような生活」(エジプト人女性)を謳歌している人も多い。

サウジを訪れてまず気づくのは、実際に働いているサウジ人が少ないことだろう。病院の医師や学校の教師、スーパーの店員までアジア人労働者やアラブ諸国からの出稼ぎ労働者が占めている。サウジ人化政策という出稼ぎ労働者を自国民に置き換える政策が進められているが、3K労働に従事するよりは失業を選ぶというサウジ人が少なくない。待遇のいい公務員やクーラーの利いたオフィスでの仕事がやはり人気だ。女性は家庭にいるべきだという意識が男女双方に根強いことも事実である。

そんなサウジの奥様方の生活の一端を紹介しよう。知人のエジプト人女性が垣間見た奥様たちの日常は、次のようなものだったそうだ。

「高額な洋服を毎週のように買い、高価な化粧品にもカネを出し惜しまない。自宅は部屋がだいたい5室以上はあり、それぞれ2つのトイレやバスがあるのが一般的だ。外出する際には、アバヤを身にまとっているが、いったん家に戻れば、まるでお姫様のようにきらびやかな衣装で過ごしている。家庭にはメイドや運転手を抱えていて、女性陣が家事をやったり、体を動かしたりする必要性はほとんどない。おしゃべりやお茶に興じたり、買い物を楽しんだりするのが日常だ」

自動車運転解禁に対して男性は?

あるサウジ女性は、知人女性にこんなことを言ったという。「なんでそんなに家事に精を出したり、子どもの送り迎えをしたりしているの。メイドを雇って、もっと人生を楽しまなきゃ」

知人女性は家庭教師を務めていたが、子弟の甘やかせぶりにも驚いたという。帰宅する際に子どもの母親に、「お子さんが予習、復習をちゃんとするようにお願いしますね」と言ったところ、「まだ子どもなのよ。そんなに苦労させる必要はないし、子どもたちは遊ぶのが仕事なの」とまったく意に介す様子はなかったという。

サウジでは実のところ、貧富の格差も広がっており、このような恵まれた奥様方ばかりではないことも事実。運転手を雇うための費用がかさみ、生活に苦労する人もいる。女性による運転の解禁は、こうした立場の弱い女性に手を差し伸べるとともに、男性の保護の下で安住する恵まれた女性にも意識改革を迫る試みとなる。

だが、女性の運転解禁をめぐっては賛成意見ばかりではなく、「女性が信号待ちや駐車場、事故の際に男性と出会うことになる。解禁されても妻の運転は容認しない」とツイートする男性もおり、かなりの賛同を集めた。実際の運転解禁に向け、さらに国民的な論議が盛り上がりそうだ。