金正恩氏

韓国の政府系シンクタンク・統一研究院が今月8日に発表した「北朝鮮人権白書2017」(以下、人権白書)は、北朝鮮が金正恩体制になって以降も、自国民に対する深刻な人権侵害を続けている実態について述べている。

北朝鮮の人権侵害の象徴とも言えるのが、あらゆる残虐な行為が行われている「地獄の一丁目」、政治犯収容所と、国民に権力への恐怖を植え付けるための公開処刑だろう。これらは金正恩党委員長の祖父・金日成主席の時代から、3代にわたって行われてきた。

ただ、人権白書はその一方で、2016年に脱北者らを対象に行われた聞き取り調査では、「最近になり、公開処刑が減ったとの証言も得られた」と明かしている。

たとえば、ある30代の男性は脱北する前、海外で北朝鮮の人権問題に注目が集まっているため、最近は公開処刑を行わず、「静かに殺す」との噂を聞いたという。また脱北前、両江道(リャンガンド)の恵山(ヘサン)に住んで際に人民班長(町内会長)をしていた40代の女性は、当局が人民班長たちを集めて行った会合で、韓国のスパイ行為や指導者批判などを行った者は秘密裏に処刑するケースが増えている、との話を聞かされたという。

これと同様の話は、デイリーNKも入手している。正恩氏が秘密警察である国家保衛省に対し、公開処刑や拷問を止めよとの指示を出したというのだ。

(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは…

事実だとすれば、その真意はどこにあるのか。正恩氏は国民に対する人権侵害を少しは反省しているのだろうか。もしそうなら、結構なことである。

しかしどうやら、そうではないようだ。

人権白書によれば、2013年10月に恵山で2人の男性が公開裁判の後に銃殺された。自宅で密かに客を募り、韓国から密輸されたビデオ(おそらく成人モノ)を視聴させ、男女に性行為の場を提供していたことが罪に問われたのだ。

そして、彼らとともに摘発された10人前後の男女も公開裁判に引き出され、自分たちの死刑が執行されるのを待っていた。すると、そこで正恩氏から下された指示が読み上げられた。被告の男女らを特別に許し、釈放するという内容である。

死の寸前で助かった被告らが、感涙にむせび、「金正恩元帥様、万歳!」を叫んだのは言うまでもない。2013年にはほかにも、これと同様のことが何度も繰り返されたという。

つまりは「アメ」と「ムチ」を使い分けて人心を操る古典的な手法なわけだが、人の生死を簡単に決めることのできる独裁者に対し、国民は恐れを抱かずにはいられないだろう。

このような正恩氏が、国民に対する人権侵害を本気で反省することは今後も期待できそうにない。仮に、人権問題が改善する兆しが見えたとしても、それは正恩氏が自らの独裁権力を維持するのに必要な範囲で行われるだけだ。そして、正恩氏が独裁権力を握っている限り、北朝鮮の民主化はあり得ず、つまりは人権侵害が終わることもないのだ。