『在日中国人33人のそれでも私たちが日本を好きな理由』趙海成著 小林さゆり訳 CCCメディアハウス

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■街中に中国人がいるのは日常の風景

東京で生活していると、街中で中国語を聞かない日はないといっていい。コンビニでもラーメン屋でも居酒屋でも中国人が接客している。それはもう日常の風景だ。現在、日本に住む外国人で最も多いのが中国人だ。その数、約70万人。訪日中国人観光客も増加の一途で、温水洗浄便座や電気炊飯器を買いまくる旺盛な消費力は「爆買い」なんて言葉も生んだ。

それだけ身近な存在となった中国人だが、一方で、国家レベルではいま日中関係は極めて冷え込んでいる。特に2012年秋の尖閣諸島(中国名・釣魚島)の領有権をめぐる中国での激しい反日デモをきっかけに、過去最悪といわれるほど関係は悪化した。日本人の反中感情も高まるばかりで、書店にあふれる「反中」(「嫌韓」)本がそれを助長する。隣人のリアルな姿が見えない中で、負のイメージだけがどんどん増幅しているように思える。

本書はそうした中で刊行されたタイムリーな書だ。日本に長く住む(または住んでいた)中国人のインタビュー集である。著者は北京出身のジャーナリスト。85年に留学で来日し、88年に日本で初めて在日中国人向けの中国語新聞「留学生新聞」を立ち上げ、初代編集長を10年務めた。現在は北京を拠点に日中間を行き来して活動している。

職業や経歴は十人十色、さまざまな人物が登場する。会社経営者、ジャーナリスト、作家、音楽家、舞踊家、大学教授などなど。日本国籍を持っている人もいれば、そうでない人も。先の統一地方選で新宿区議選に立候補(落選)して話題となった、歌舞伎町「案内人」として有名な李小牧氏もその1人だ。

彼らの日本や日本人に対する印象、見方には納得できるものもあれば、そうでないものもあるだろう。ただ、日本・日本人に好意を抱き、日中友好の懸け橋になりたいと願っている点は共通する。日本に暮らす中国人のリアルな声を聞くことで、中国・中国人に対する見方、考え方は多少なりとも変わるはずである。

■イメージは一面的であってはならない

実は本書は、13年に出版されて反響を呼んだ『在中日本人108人のそれでも私たちが中国に住む理由』(阪急コミュニケーションズ、現CCCメディアハウス)と対になる本として生まれた。同書は12年の激しい反日デモを現地で体験した日本人が見た中国の姿、中国人の本音をまとめた証言集。これを読むと、中国全土が反日一色に染まっているわけではないことが理解できる。

普通に考えたら、当たり前だ。日本のヘイトスピーチだって、全国そこらじゅうでやっているわけではない。イメージというのは怖い。いったん固定化すると、なかなか崩しにくい。同書の序文に「ある一国に対するイメージは、一面的であってはならない」とある。中国は、韓国は、ロシアは……、陥りやすいだけに、気をつけなければと思う。

とまあ、そんなに大上段に構えることなく、世の中にはさまざまな生き方、人生があることを知る上でも本書はおもしろい(といっては語弊があるかもしれないが)。ある男性料理人は運悪く不法滞在者の身になりながらも、中国に住む娘の夢、米国に留学して医者になりたいという願いを15年間働き続けてみごとかなえさせた。日本人と結婚したものの子育てでノイローゼになり、子どもとの無理心中まで思いつめた女性は、その後立ち直り、同じ悩みを抱える女性を支援しようと保育園経営者になった。

まえがきで訳者は「どの人物からもうかがえるのは、異郷にあってどんな不遇にみまわれたとしても決してあきらめることのない不屈の精神、旺盛なチャレンジ精神、あくなき向上心、そしてそれらを支えるかのようなマイペースな楽観主義(プラス思考)」と書いているが、まさにその通りで、学ぶ点は多い。

(ジャーナリスト 田之上信=文)