バッグの“中身”はどこから来た?

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夜の街に流れた数々の迷推理

 2025年12月28日の有馬記念など、競馬場は今、新旧のファンで盛り上がっている。その一因に、ドラマ「ザ・ロイヤルファミリー」(TBS)のヒットがあったことはいうまでもないだろう。“競馬と人間模様”の好相性を見事に証明したドラマだが、競馬場とはそもそも、驚きの出来事が実際に起きやすい場所でもある。

 1976年の秋に開催された「第37回菊花賞」(京都競馬場)をめぐっても、少し奇妙な出来事が報じられていた。舞台は福岡の小倉競馬場。そこにふらりと現れた謎の男性が、持参した現金5000万円で馬券5万枚を購入したのだ。

バッグの“中身”はどこから来た?

 折しも当時は、かの有名な東京・府中の3億円事件が公訴時効を迎えた約1年後。そこで「週刊新潮」は現地で詳細を追ったが、街を飛び交う流言飛語は2時間ドラマを思わせるような内容ばかりで――。見事に“迷宮入り”したこの一件を、当時の誌面からお伝えする。

(全2回の第1回:以下、「週刊新潮」1977年1月20日号「『馬券五千万円買ったのは誰』夜の『北九州』が噂するホシ」を再編集しました、文中の年齢、肩書き等は掲載当時のものです)

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「金はこの中にあります」

 男が小倉競馬場に姿を現したのは、昨(1976)年11月13日、すなわち「菊花賞」レースの前日の昼前、10時半ごろであった。レースは京都競馬場で行われる。男は、九州では唯一の、この場外馬券売場にやってきたのである。

 連勝式発券窓口で男はこともなげな口調でいった――。

「3−4の特券、4万枚……」

 男はたちまち、場内整理本部室の一隅(ぐう)に案内された。間仕切りの向こうには警察官や警備職員が十数人、詰めていた。

「あの、4万枚といいますと4000万円ということで……」

 発券責任者の投票課長が半信半疑の声を出した。

「ええ、そのほかに2−3と3−6を5000枚ずつ。金はこの中にあります」

 男はボストンバッグをテーブルの上に、ドスンと置いた。投票課長のほか、庶務課長など数人の職員が立ち会った。バッグの中身は、100万円の束を10束ずつ十文字の帯封でくくった1000万円の塊が5個。大金を見慣れている職員たちも驚きながら、別室で金を紙幣計算機にかけたうえ、さらに職員が念を入れて数えた。たしかに5000万円ある。

5000万円分の馬券は紙屑に

「で、おっしゃる通りの発券をすることになったんですが、発券機の能力からいって相当の時間がかかる。そこで2時間半ばかりは待っていただいた。その間、お客さんは食事に行ったり、散歩に行ったり……。でも、とうとうシビレを切らしたのか、“ほかに用事があるので、もう帰る。できた券は預かっておいてください。当たったら、取りに来ますよ”と……」

 男が住所と氏名を口にしなかったため、預かり証は買った馬券を記したメモに課長の印を押したものになった。男はカラになったボストンバッグを持って立ち去った。

 翌日のレースは大番狂わせだった。男は本命と見られていた3ワクのトウショウボーイを中心に買っていたのだが、結果は5ワクのグリーングラスが優勝し、トウショウボーイは3着。連勝複式は5−6ということになった。

 5000万円分の馬券は、すべて外れ、ただの紙屑に変わった。男が“引き取り”に来ないのも当然かもしれないが、競馬場としては捨てがたく、男の現われるのを待っていた。けれど、年が明けても音さたがないため、近日中に廃棄するつもりだという。

競馬関係者は「素人の買い方」と

 5000万円を1レースに賭けるというのは、中央競馬会でも「空前のこと」という。さらに、買い方も常識外れであるらしい。「素人ではないか」――と、京都競馬場の投票課長、寿山操さんはいう。

「伝えられているあの買い方、いささか理解に苦しみますね。競馬というのは、ちょっとした天候の変化による馬場のぐあい、その日の馬の状態で、結果がまるきり違ってしまう可能性のあるものでしてね。それだけに、大金を投じるとなると、当日買いが常識なんです。ところが、小倉のは前日買いで、しかも予想配当さえ算出されていない午前中のことだというんでしょう。まず、玄人の買い方ではないことが歴然としています」

 千葉県の中山競馬場の投票課長、中村恒雄さんも同様の見方。

「大金を投ずるのは、本命が断然堅く、配当もわずかだが確実だという“銀行レース”の場合が常識的でしてね。菊花賞のようなクラシックレースの場合、一流馬が勢ぞろいするだけ波瀾が起きやすく、相当、散らばして買わなきゃなりません」

 阪神競馬場では、5年ほど前に1000万円を元手に何点張りかして、3000万円稼いだ人がいた。同競馬場の投票課長、北鳴三郎さんはいう。

「ただ、そういう大金を投ずる人は、たいてい一般のお客さんなんです。馬主さんなんかは、意外と賭けません。自分の持馬の初出走などのとき、いわゆる“ご祝儀馬券”として買う場合も、せいぜい数十万円ですよ。かといって、会社員は大金を賭けられませんしねえ。一般のお客さんといっても、自由業の方や中小企業の経営者が多いようですよ」

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「成金があやしい」「病院の先生が……」――第2回【「成金があやしい」「病院の先生が」…50年前の菊花賞で「馬券5000万円分を現金購入」した謎の男、夜の街に流れたウワサの数々】では、夜の街の“名探偵”たちによる大胆な推理をお伝えする。

デイリー新潮編集部