月が新たなチタンの採掘場となる可能性はあるのでしょうか?


スウェーデンのウプサラ大学の研究グループは、月でチタンを採掘し地球へと輸送するシナリオを数学モデルを援用して描き出し、その結果を論文で公表しました。


【▲ 月で資源を採掘する様子を描いた想像図(Credit: NASA)】

100年未満の歴史しかないチタンの利活用

チタンが発見されたのは18世紀末ですが、1940年代にルクセンブルクの冶金学者ウィルヘルム・クロールが精錬技術を開発してから本格的に利用されるようになりました。チタンは高い比強度(※)、耐食性、耐熱性を備えています。そのため、航空エンジンや航空機の機体など航空分野で広く使用されており、全世界で製造に使用されるチタンの約60%がこの分野に割り当てられるのだといいます。しかし、チタンの原料であるイルメナイト鉱(FeTiO3)の生産は、オーストラリア、中国、南アフリカなど限られた地域でしか行われておらず、新たな採掘場が求められています。その有力候補のひとつが月であり、月にはイルメナイト鉱が豊富に存在すると期待されています。


※…材料が破壊するまでに要した張力でもって材料の強度を表し(引張強度)、その強度を密度で割ったもの。機械的強度の指標として用いられる。


【▲ チタンの生産量。主にイルメナイト鉱とルチル鉱からチタンが精製される。グラフは、アメリカ地質調査所(USGS)が公表するデータをもとに作成されている。(Credit: Madhumitha Jaganmohan)】

月の資源開発は1960年代から検討されています。1969年にアメリカ航空宇宙局(NASA)のアポロ11号が月面に到達した際、月の微粉の中にチタンが含まれていることが確認され、1972年のアポロ17号では高濃度のチタンを含む玄武岩が持ち帰られました。


【▲ アポロ17号が持ち帰った玄武岩。高濃度でチタンが含まれている。(Credit: Lunar and Planetary Institute)】

月の資源活用のメリットとしては、原材料供給の革命が挙げられます。再生可能エネルギーの需要が世界的に増加しているため、鉱物資源の需要も急増しています。2010年以降、リチウムやニッケルといった鉱物資源の需要は世界全体で50%以上増加しているものの、生産量の多いチリ、インドネシア、コンゴ民主共和国等の国では採掘や精製プロセスが貧弱で、環境破壊につながっているといいます。こうした背景から、欧州連合(EU)では2024年に施行された重要原材料法により、輸入依存を減らし国内での鉱物資源の増産を求めているものの、鉱物資源を掘り尽くすことは環境問題を将来に先送りしているに過ぎないと、研究グループは主張しています。月の資源活用は、こうした環境問題を解決する新たな採掘ルートになるとしています。
研究グループがチタンを採掘資源のケーススタディとしたのは、その化学的特性と多岐にわたる用途が理由のようです。チタンは、太陽電池をはじめとするナノテクノロジーに利用されるだけでなく、顔料にも使用される二酸化チタン(TiO2)は無害かつ優れた耐熱性を持つため、医療機器や生体インプラントにも使用されている模様です。


世界最大級のイルメナイト鉱床の約3分の2の採掘が可能

研究グループは、月面の「静かの海(Mare Tranquillitatis)」を採掘場として想定しました。この地域はレゴリス中に10%未満のイルメナイトを含むことが確認されており、さらにリモートセンシングによって高濃度のイルメナイトを含む玄武岩が存在する可能性が示唆されています。同グループは、チタンの堆積量を評価するため、アポロ17号が持ち帰ったレゴリス(約3%のイルメナイト含有率)と玄武岩(約15%のイルメナイト含有率)を参考にしました。この情報をもとに、世界で最も重要なイルメナイト鉱床のひとつであるノルウェーのTellnes鉱山の採掘量の推移と照らし合わせた結果、年間約50万トンのイルメナイト鉱が採掘可能で、Tellnes鉱山の約3分の2に相当する量であると推計されています。


【▲ 月でのイルメナイト鉱の年間採掘量の推移(上図)と累積採掘量(下図)を予測したグラフ(Credit: Merle, R., Höök, M., et al.(2024))】

採掘には数百トン単位の大型掘削機や大型ダンプトラック6台が必要で、電力供給には約11メガワットが必要とされます。こうした電力は、太陽エネルギーと小型原子力発電所で賄うことができる模様です。


月からチタンを採掘する上で立ちはだかるいくつものハードル

しかしながら、研究成果を報じたUniverse Todayによれば、鉱山の規模拡大には20年かかるため、その間の採掘量は1年あたり50万トンに達しない可能性が高いとのことです。また、チタン採掘に必要とされるインフラ建設のために、国際宇宙ステーション(ISS)の建設に使用されたのと同量の資材(約2500トン)を月に輸送する必要があるものの、インドが2023年8月に月に着陸させたチャンドラヤーン3号のミッションだけでも9000万米ドルものコストがかかることからもわかるように、法外なコストに挑戦しなければならない模様です。さらに、インフラ建設で遅延が発生するとコストがさらに増大することや1972年以降に人類が月に到達していないことなど、リスクの高さが指摘されています。このような課題があるため、チタン精製の副産物として酸素が得られるメリットがあるものの、現段階では実現可能性が低いとの見解を提示しています。


月面の砂「レゴリス」から酸素を取り出す技術、ESAが研究中(2020年1月20日)【特集】インドの月探査ミッション「チャンドラヤーン3号」

 


Source


Merle, R., Höök, M., et al. - Assessing the plausibility of mining lunar titanium (European Geologist)Universe Today - How Accessible is Titanium On The Moon?伊藤 喜昌 - チタン製造技術の系統化(技術の系統化調査報告)NASA - APOLLO 12 LUNAR-SAMPLE INFORMATIONアメリカ地質調査所 - TITANIUM MINERAL CONCENTRATESBhat, B. N. - Aerospace Materials CharacteristicsYang, J., Liu, C., et al. - The progress in titanium alloys used as biomedical implants: From the view of reactive oxygen speciesNASA - NASA’s Fission Surface Power Project Energizes Lunar Exploration

文/Misato Kadono 編集/sorae編集部


最終更新日:2024/11/06