Image: Danilo Pavone, ISPC-CNR, Catania / Raphael

盛期ルネサンスを代表する16世紀初頭の芸術家、ラファエロ・サンティ。

超有名な芸術家であるラファエロが生み出した絵画「バロンチの祭壇画」が、X線スキャンとAIによる分析にかけられました。これにより、この作品に使われた色の構成や化学物質が明らかになりました。

AIを活用したX線スキャンとの組み合わせの分析方法が、今後の修復や保存に役立つかもしれません。

失われた名画

今回研究に使用されたラファエロの芸術作品は「バロンチの祭壇画」と呼ばれるもので、ラファエロの最初期の作品として重要な絵画です。この祭壇画は、父なる神がトレンティーノの聖ニコラウスの戴冠式を行なう様子、聖母マリアや悪魔の姿が描かれたもので、1501年に完成しました。

しかし、18世紀に起こった地震により甚大な被害を受け、バラバラに。現在ではいくつかの断片と下絵が残るのみとなってしまいました。

先日Science Advances誌に掲載された最新の研究では、この「バロンチの祭壇画」のなかで残存している父なる神と聖母マリアが描かれた2枚の断片の分析が行なわれました。

研究チームがまず行なったのはマクロ蛍光X線(MA-XRF)によるスキャンでした。これにより取得したデータから、絵画に使用された57種類の顔料(絵の具として使われた材料)と化学物質の50万以上の合成スペクトルを作成。それらを合成データセットとしてニューラルネットワークのトレーニングに使用しました。

言い換えると、研究チームは「目に見える色と構成する化学物質を細かく調べるように、AIモデルに学習させた」ということです。

分析からわかった化学物質

XRFデータから、AIは500年以上前にラファエロが2枚の断片に塗ったものの化学元素を識別しました。絵画の下地の白は鉛がベースとして使用されたこと、人物の肌の色調には水銀ベースの朱色の顔料が含まれていたことなどがわかりました。

また、大きいほうの断片の父なる神を囲む緑のカーテンは銅をベースにしていたと考えられるとのこと。しかし、アメリカ科学振興協会によれば、カーテンは化学的にカリウムとも関連があり、構成する塗料はアズライトのような鉱物、あるいは黄色のレーキ顔料を混ぜた樹脂酸銅から作られたとしています。

MA-XRFによる元素分布マップ
Photo: (A) by Danilo Pavone, ISPC-CNR, Catania

今回のMA-XRFスキャンとAIによる分析の成果はさらにあるといいます。研究チームは論文に以下のように述べています。

MA-XRFスキャンにより、この2枚のパネルには、現在の状態では部分的に隠されている金箔のモチーフがあったことも明らかになりました。

また、時代に合わない顔料による長期間の修復作業の痕跡も検出されました。

つまり、今回の分析により、ラファエロが最終的に採用しなかったモチーフの痕跡も発見できたということです。さらに、その後に行なわれた修復作業についても詳細がわかったわけですね。

現在はルーブル美術館に収蔵

さて、改めてこのバロンチの祭壇画についておさらいをすると、1501年から300年近くイタリアのウンブリア州に教会に置かれていました。

しかし、1789年の大きな地震により大部分が破損してしまいます。残った断片はその後ローマ教皇ピウス6世の手に渡り一度ローマへ。さらにナポレオンに押収されたことでナポレオン美術館(現在のルーブル美術館)に収蔵されました。

今回の2枚の断片はナポリに運ばれ、現在もそこで保存されています。バロンチの祭壇画の詳しい歴史はThe Frick Collectionのウェブサイトで読むことができます。さらに、後に作成された祭壇画の全体像のコラージュも見られますよ。

さて、今回の研究では合成データセットでモデルをトレーニングしたことで、より高速で正確な分析が可能になったようです。

これは、ラファエロが絵画に複数の顔料を使用した部分において、ぼけを取り除く手法として用いられるデコンボリューションでの画像処理方法より精度の高い分析ができたとのこと。従来のデコンボリューション法では、さまざまな顔料や化学物質が混在した領域でぼけやにじみといったノイズが残り、適切な分析が困難であるからだといいます。

美術品の「修復」失敗を防ぐためにも

研究チームは今回の合成データによるモデルが、MA-XRFスキャンによって生成した要素をより適切に分析できたこと踏まえ、「従来のデコンボリューション法において一般的に伴う制限をうまく克服できる」と述べています。

そして将来的には、こうした研究や技術が貴重な芸術作品の保存に役立つだけでなく、ほかの方法では見つけにくい隠されたモチーフの特定なども容易にすると考えられるのです。

今回のAIを用いた分析において最も役に立ったのは、AIが人間の研究者たちが行なう作業をより高速に行なったことにあるといえそうです。ヒトが研究を指導しながら、細かい作業をAIが行なう、という構造であったことも覚えておきたいですね。