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多くの人にとって老後の収入の柱となる年金。老後不安が強まる昨今、1円でも多くもらえれば嬉しいでしょう。多くもらうためには、「繰下げ受給」という選択肢もありますが、人によっては、むしろ損をする可能性もあって……。本記事では、Aさんの事例とともに繰下げ受給の注意点について、波多FP事務所の代表ファイナンシャルプランナーである波多勇気氏が解説します。

年金の受給額、最大84%増額の「繰下げ受給」だが…

平均寿命が延び続ける昨今。「セカンドライフ」は文字どおり第2の人生として重要度が増すばかりです。当然ながら先立つものも比例して重要になってきますが、そこで考えられる選択肢が、年金の繰下げ受給です。

2022年の年金改正を機に、繰下げができる年齢は70歳から75歳まで拡大されました。繰下げ受給は、1ヵ月に0.7%の増額が可能なため、受給額は最大84%も増額します。老後の不安が囁かれる昨今、この繰下げ受給の制度に関心を持つ人は少なくありません。ただ、メリットばかりとはいかないところが今回の落とし穴です。

繰下げ受給で年金を増額したものの、その選択を後悔することになった元サラリーマンのAさんのケースをみてみましょう。

老後資金が足りない…年金を少しでも増やしたい

Aさんは、65歳を機に長年勤めた会社を退職し、まとまった退職金を手にしました。以前までの関心ごとといえばレジャーや仕事仲間との飲み会、年の離れた妻や、2人の子どもたちにありましたが、最近はもっぱらセカンドライフの資金について心配する日々です。

メディアではずいぶんまえから老後の生活資金の問題は取り沙汰され、日本人の寿命は延びる一方「このままでは、自分は生きるリスクに備えきれないのではないか……」。

退職金が入った口座の通帳を前に、75歳まで年金の繰下げ受給を決意しました。これにより、Aさんは月額15万円程度だった年金が27万6,000円も受け取れるようになる計算です。75歳までの時間は退職金とこれまでの貯蓄を切り崩し、75歳以降は増額した年金を受け取ることで生計を立てるライフプランを組みました。しかし、実際に75歳を迎えたとき、Aさんは後悔することになるのです。

早く年金を受け取っていれば…

Aさんが75歳になるまでのあいだに、健康状態は悪化しました。ある程度は覚悟していたものの、加齢に加え病気を患ってしまうと治療費や介護費用が嵩んでしまいます。勤めていたころは会社の保険が適用されましたが、いまとなってはそれもありません。個人で加入している最低限の保険からしか給付がされないなか、苦戦を強いられる10年となってしまいました。

年金を先に受給していれば、元気なうちに家族と趣味や旅行を楽しめたかもしれない。そう思わずにはいられませんでした。

加給年金の落とし穴

「えっ……」75歳になったAさんは困惑します。

75歳になって年金を受け取りはじめ、加給年金の存在に気がついたのです。加給年金とは、厚生年金の被保険者が65歳に達した際、配偶者や子どもなどを扶養している場合に、老齢厚生年金に追加するかたちで支給される年金のことです。

Aさんの妻は現在55歳、2人の子どもがいます。年の離れた妻子を持つ場合、加給年金は多額に上ります。具体的な計算は下記のとおりです。

配偶者に対する加給年金

加給年金は、配者が65歳未満である期間に支給されます。Aさんの妻は現在55歳なので、65歳になるまでの10年間、加給年金を受け取る権利があります。

配偶者に対する加給年金の年間額は24万4,000円です。受け取りの総額は10年間で224万円です。

22万4,000×10=224万

子どもに対する加給年金

加給年金は、子どもが18歳未満である期間に支給されます。Aさんの子どもは現在15歳と
16歳なので、それぞれ3年間(15歳の子ども)と2年間(16歳の子ども)の加給年金を受け取る権利があります。

子ども1人あたりに対する加給年金は年間22万4,000です。加給年金の総額は、336万円にものぼります。

・1人目の子どもに対する加給年金:22万4,000×3=67万2,000

・2人目の子どもに対する加給年金:22万4,000×2=44万8,000


一方で、増えた年金は年間で151万2,000円です。3年受給すればキャッシュフロー上は得ではありますが、Aさんにとって65歳から75歳までの元気で子どもたちのためにもつかってあげられる期間に受け取れる336万円には、額面以上の魅力がありました。

その事実にあとから気づいてしまったのです。

税金上の注意

とりわけ75歳以上の方にとっては、税制面においても注意が必要です。後期高齢者医療制度では所得が145万円以上の場合、医療費の自己負担割合が30%に上がるからです。

さらに高額療養費制度の上限額まで、1.4倍程度まで上がってしまいます。せっかく繰下げ受給でもらえる年金額が増えても、医療費が余分にかかるようでは元の木阿弥です。

繰下げ受給で後悔しないためには

こうしたデメリットが潜んでいることから、年金の繰下げ受給はいいことばかりではありません。では、Aさんはいったいどうすればよかったのでしょうか? 同じ轍を踏まないために意識しておくべきことを3つ、まとめました。

ポイント1.「受給対象外になる年金」に注意

Aさんが受け取れなくなった加給年金のほかに、「特別支給の老齢厚生年金」も繰下げ受給の対象外となります。

特別支給の老齢厚生年金は、老齢厚生年金の受給開始の年齢が65歳に上がったことにより、60〜64歳までのあいだに特別に支給される年金です。男性は1961年4月1日よりも前、女性は1966年4月1日よりも前が生年月日である場合、支給の対象となります。繰下げ受給をすると、60〜64歳までのあいだに受け取れず、さらにこの年金は75歳からの増額の対象となることもありません。

ポイント2.重要な決断を下す前にライフプランをつくる

ライフプラン、すなわちキャッシュフローは人生における羅針盤といえます。今回のケースでも、ライフプランを作成していれば加給年金の存在に気がついたかもしれません。損得の勘定も容易になりますし、子にかかる教育費も算出できます。そうすれば、65歳からの10年間がどれほど重要だったか把握できたでしょう。

ライフプランはプロに依頼することが無難ではありますが、最近では自分で作成できるシステムなどもリリースされています。もしいままでライフプランを作成したことがなければ、プロに依頼しましょう。プロによるライフプランを作成してもらうことで、老後のキャッシュフローが把握できていれば、税金面での注意点にも気がつけた可能性が高いです。

ポイント3.自分で投資することも視野に入れる

繰下げ受給をしなくとも、適切な投資を自分でできるのであればそれも選択肢の1つです。セカンドライフを迎えてからではとれるリスクにも限りがあります。なるべく早いうちから意識しておくべきといえるでしょう。受け取った年金退職金の一部を運用して、取り崩しながら生活するイメージを持ちましょう。

決断の前に一度立ち止まってみる

Aさんは老後の不安から繰下げ受給を選択し、結果的には後悔することになってしまいました。人は不安が強いと冷静な判断ができず、性急に決断をくだしてしまいがちです。

不安に苛まれる前に、なるべく早くライフプランを作成してお金の流れをつくってしまうことを強くお勧めします。

波多 勇気
波多FP事務所
代表ファイナンシャルプランナー