81歳ブリーダーが経営していた埼玉県毛呂山町の繁殖施設

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 繁殖犬3匹を窒息死させた81歳のブリーダーに下された罰金は、たったの40万円だった。2年で3600万円売り上げていたというからあまりに小さな“罰”である。男が経営していた施設の事情に詳しい関係者は「殺された犬は3匹だけでは済まない。地獄のような環境で、バタバタと数えきれない犬たちが死んでいった」と明かす。(前後編の前編)

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【写真5枚】まさにポツンと一軒家。田園地帯に構える高い塀に囲まれた「地獄の犬舎」

今も施設に取り残され犬たち

 都心から車で1時間。埼玉県毛呂山町の田園の中に、ポツンと一軒家のように青いトタンで囲まれた平屋はあった。

 6月27日、繁殖犬3匹を窒息死させたとして埼玉県警に逮捕された、元ブリーダーA(81)が経営していた犬の繁殖場である。

81歳ブリーダーが経営していた埼玉県毛呂山町の繁殖施設

 逮捕のニュースから20日。Aが釈放されたと聞いて施設を訪れた。玄関には大きく「立入禁止」の文字。敷地内の自宅には灯りはついていたが、何度呼びかけても誰も出てこなかった。

 代わりに聞こえてきたのは今も取り残されたままの犬たちの鳴き声だった。この日は気温が37度を超える猛暑日。犬たちの体調は懸念された。

 近隣住民は「Aが1週間くらい前に施設を車で出入りするところを見かけた」と語る。この住民は9年程前、Aが犬の遺体をゴミと一緒に燃やして悪臭を立てていたことにクレームを入れたところ、警察が介入するトラブルになったという。

「最後にAは『俺は元ヤクザだ』と凄んできましたよ。賃金の不払いなどで揉めて逃げ出した元従業員を2人知っているけど、彼らから、不要になった繁殖犬を窒息死させていたことは聞いていた。逮捕されたからといって、彼らがちゃんと面倒を見ているとは到底思えない。この暑さでは何匹かがバテて死んでいてもおかしくないよ」(同)

3年前まで施設にいた「150匹の犬」はどこへ消えた?

 7月17日、川越区検はAを動物愛護法違反罪(殺傷)で略式起訴し、同日、川越簡裁は罰金40万円の略式命令を出した。尊い命を粗末に扱っておきながらあまりに軽い処分である。

「Aは取り調べに『繁殖に使えなくなった犬を生かしておくと経費がかかる。行き場のなくなった犬の責任をとるつもりで殺した』と供述した」(担当記者)

 だが、これから紹介する施設の事情に詳しい関係者の話を聞けば、この「責任」という言葉がどれほど薄っぺらいものかがわかるだろう。

「3匹は容疑として切り取られた数字に過ぎない。私が知っている数年間だけでも、殺されたに等しいと言える犬は少なくとも100匹以上います」(以下、「」内は関係者の話)

 施設には3年前までおよそ330匹の繁殖犬がいたという。埼玉県警が摘発した時に残っていたのは179匹の犬と猫13匹だった。

「差し引いた数の大半が、病気や、餌を与えず放置されたりして死んでいます。Aが直接手をかけた犬も3匹では済まされません。口減らしのために茨城県にある別の施設へ連れて行かれた犬たちも大勢いる。まさに地獄の犬舎でした」

運動はなしで一日中「ケージ暮らし」

 施設の従業員は保健所には6人いると申告していたが、実質的には4人しかいなったと関係者は語る。

「Aは基本的には餌やりしかやりません。施設の名義人であるAの娘は交配を担当し、たまにAが忘れた時に餌やりを手伝う程度で、掃除はパートの女性2人が受け持っていた。敷地内にある住居にはAの妻も住んでいましたが、一切関わっていませんでした」

 平屋の犬舎には8つの部屋があり、6つが犬部屋、1つが猫部屋になっていたという。

「1部屋に50匹くらいが積み重なったケージの中に入れられ、1日中出してもらえず暮らしていました。Aは保健所に対して『運動場がある』と申告していましたが、そこは駐車スペースになっていて、運動させているところなど見たことはない。一度あそこの施設でケージに入れられたら、交配やお産の時以外は外に出してもらえません」(以下、「」内は関係者の話)

 食事もケージの中で1日1回。しかもAの気分によって時間が変わったという。

「10時くらいの時もあれば昼になる時もある。水でふやけさせた餌がたくさん入ったタライを台車に乗せて部屋を回り、目分量で皿に盛ってケージの中に入れていきます。4部屋くらいやって、残り2部屋は夕方まで忘れたままなんて時も頻繁にあった」

痒くて首を振り続けて「首が変形してしまった犬」

 しかも、このふやけた餌以外の水は一切与えられなかったというのだ。

「Aは水をあげると下痢する、と言うのです」

 真夏も同様だった。犬舎にはクーラーはない。扇風機があったが、パートが帰る午後7時くらいには完全に止められ、戸と窓は完全に締め切られる。

「朝行くと目や鼻に突き刺さるようなものすごい臭いが立ち込めています。夜の暑さに耐えきれず死んでいった犬が何匹もいた」

 しかも、毎週月曜日は食事すら与えられなかったという。一家で蓮田のオークション業者に犬を売りに行く日だからだ。糞尿にまみてもシャンプーなどしてもらえない。不衛生なため多くの犬が皮膚病を発していた。

「ただれて毛が抜けていってしまうのです。施設には薬などありません。カネがかかるから。当然、獣医などに見せることもない。耳ダニがすごくて、特にマルチーズはほとんど耳が腫れ上がって柔道の選手みたいに塞がっていた」

 犬たちは痒さのあまり、爪で首や耳の後ろなどを引っ掻き続けていたという。

「プードルはみんな血だらけになっていた。耳が痒すぎて頭を振りすぎて、首が斜めに変形してしまった犬までいた。爪切りもしないので、ケージの下の網に爪が引っかかって抜けなくなり、パニックになって暴れて余計網に絡まってしまう犬も。肉球が挟まって鬱血してしまうんです」

水浸しになったビニール袋の中で息絶えた犬たち

 そうして死んでしまった犬の遺体は、

「一般ゴミと混ぜて業者に出していた。ビニール袋に新聞紙を入れてカモフラージュする」

 さらに、病気が進行し “使い物にならない”とAが判断した犬は窒息死させられた。

「まず“軽便カゴ”と呼ばれる子犬を運搬するためのかごに入れます。成犬だと狭くて動けなくなるくらいの小さなかごです。それをビニール袋で包み込み、空気が漏れないようにガムテープでびっしり塞ぐ。あとはそのまま放置です」

 関係者はこのように“処刑”された犬の遺体を少なくとも10匹は見たと話す。放置された犬は翌日、呼気で結露したビニール袋の中で息絶えていたという。

 別の施設に連れて行かれて放置された犬たちもいた。

「昨年、Aは茨城県にもう一つの犬舎を作り、別の名義人を立てて商売を拡大させようと考えた。だが結局、名義人が見つからなかった。そして飼育頭数制限オーバーを指摘する保健所の目をくらませるための隠し場所にも使い出したのですが、連れて行ったところで誰も面倒を見る者がいない。現地でそのまま捨てられたり遺体になって帰ってくる犬が何頭もいた。結局、口減らしのための施設になったのです」

自分たちは「週に1回温泉旅行」

 犬たちはもはや喜怒哀楽という感情を失っていたと振り返る。

「みんなただ生き抜こうと必死でした。人が通りかかると救いを求めるように、ギャンギャン泣き喚いていた」

 十数匹と少数だが猫部屋で飼っていた猫たちも悲惨だった。

「目ヤニがすごくて目が開いていない猫、骨と皮だけの猫も。Aは『なかなか産まれないんだよ』と話していました」

 一方で、自分たちは施設内にあるクーラーや風呂のある快適な住まいで悠々自適に暮らしていた。

「月曜日に蓮田のオークションで犬を売った帰りには、一家で外食したり買い物したりして夕方に帰ってきます。たまに火曜日は久喜にも行っていました。『久喜は取っ払い(現金払い)だからいいんだよ』って。ほか週に1回はどこかへ温泉旅行に出かけます」

 関係者が語ったのはここ数年の話である。Aはこの地で20〜30年以上前からブリーダー業を続けていた。何百匹、あるいはそれ以上の犬たちが犠牲になっていた可能性もある。

「ヤバさに気づいていたのは2〜3件のご近所くらい。住宅街からも離れ、さらに高い塀で覆われているので近隣住民のほとんどが実態に気づいていなかった。彼は外面がとてもいい。むしろ評判が良かったくらいでした」

後編では、商品にならないと判断すれば、子犬すらゴミ箱に捨てたAの所業を伝える。直近3年間で12回も指導に入りながら、営業を止められなかった行政の問題、取引してきたオークション業者と大手ペットショップの責任を問う。

デイリー新潮編集部