東京に進出したさや香新山。番組内で「令和の視聴率男になりたい」と宣言も(写真:『あちこちオードリー』公式Xより引用)

2024年4月に東京進出したばかりのさや香の石井と新山。気づけば彼らのバラエティー露出が増加している。

4月に『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)、『かまいガチ』(テレビ朝日系)、5月に『あちこちオードリー』(テレビ東京系)、『有吉の壁』(日本テレビ系)、6月に『千鳥のクセスゴ!』(フジテレビ系)、『アッコにおまかせ!』(TBS系)など、各局の人気番組を一巡。

また2023年11月からスタートしたロケバラエティー『さや香の違和館ヤバない?』(テレビ大阪)を抱えながら、石井が「さや香石井のがいこつゲーム」でゲーム実況を、新山が2024年4月に「さや香新山の夢の泉【公式】」を開設しコンスタントに動画を更新するなどYouTubeにも力を入れ始めた。

M-1王者の令和ロマンとは逆路線

一方で、関東と関西の劇場を行き来しつつ、6月14日には爆笑問題やウエストランドらが所属する事務所主催のお笑いライブ「タイタンライブ」に初登場。劇場においても彼らの人気の高さがうかがえる。

近年大阪芸人の東京進出が相次ぎ、とくに今年は、さや香、ビスケットブラザーズ、田津原理音、滝音、kento fukaya、ヘンダーソン、シモリュウ、生ファラオ、今井らいぱち、ソマオ・ミートボール、鉄人小町、らぶおじさん、九条ジョーと多かった。そんな中で我先にと、アグレッシブに活動しているのかもしれない。

M-1グランプリ2023王者の令和ロマンが「テレビは基本的には出ない」と発言する中、前述の『あちこちオードリー』の中で新山が「令和の視聴率男になりたい」と口にしていたのも興味深いところだ。

さや香の2人は、2011年にNSC大阪校に入学した同期生。新山は同期の粼山祐(現・ファイヤーサンダー)など何組かコンビを組むも、なかなかうまくいかなかった。

石井は当初、キングコングやNON STYLEに近いスタイルのコンビ「ハナガタ」でボケを担当。女性人気は高かったものの、新山曰く「テンポよくおもんない」漫才だったという。

しかし、新山は得意なダンスを生かしキレッキレの動きを見せる石井が気になった。「面白いとかおもんないとかじゃなくて『やって』っていうことはできるんや」「じゃあツッコミできるかも」と感じ、新山から声をかける形で2014年にコンビを結成している(2024年5月1日放送の『あちこちオードリー』より)。

新しい波24のメンバーに抜擢

早い段階でチャンスは訪れた。“8年周期で新しいお笑いスターが登場する”との仮説をもとに制作されている『新しい波』(フジテレビ系)の第4弾『新しい波24』(パイロット版は2016年12月放送。2017年4月〜9月レギュラー放送終了)に追加メンバーとして出演。この枠から、『めちゃ×2イケてるッ!』や『はねるのトびら』といった人気番組が生まれているだけにビッグチャンスだったのは間違いない。

『OWARAI Bros. Vol.9』(東京ニュース通信社)の中で、芸歴1年目で第1次メンバーとして番組に出演したフースーヤ・谷口理と新山はこう当時を振り返っている。

「収録で(筆者注:さや香の)『強い気持ちで行くねん!』のネタを近くで見たときに『パワーがエグい!』ってなりました。僕らもパワフル系ですけど、またちょっと違うタイプ。馬力がエグかったです」(谷口)

「ハネた特番のことは覚えてるねん。やり方がわかれへんけど、俺らを推薦してくれたディレクターの人が『新山くん、全部”強い気持ちで行くねん!”でいこう』って言ってきて、俺も『やるしかない』と思って」(新山)

後続番組『AI-TV』のレギュラーメンバーにはなれなかったが、同年2017年の「M-1グランプリ」で決勝に進出。新山のパワフルさが光るネタ「歌のお兄さん」で挑んだものの、結果は7位とふるわず。

どの現場でもウケていた自信作だっただけに、この時点で新山は「これ(筆者注:漫才のスタイルを)変えんと無理やな」と感じていたという(今年4月16日に放送された『ナイツ ザ・ラジオショー』<ニッポン放送>より)。

さや香は2019年に「NHK上方漫才コンテスト」、2020年に「歌ネタ王決定戦」で優勝を果たし、着実にコンテストで結果を残していく。

一方で、『せやねん!』(毎日放送)や『バツウケテイナーR』(サンテレビ・2020年4月〜2023年6月終了)といったレギュラー番組を獲得。活動拠点とする大阪で地盤を固めていった。

とくに『バツウケテイナーR』で共演したネイビーズアフロ、ラニーノーズは、ほぼ同世代であり、2019年からユニットライブ「青っ鼻香る」を開催し切磋琢磨してきた間柄だ。『お笑い2021 SPRING Volume 3』(竹書房)の中で、ネイビーズアフロのはじりとみながわは番組内でのさや香についてこう語っている。

「石井は番組を仕切りながらも、ボケるところはしっかりボケてくれるし、ダンスもできますし。新山はとにかく笑いに熱いヤツです」(はじり)

「たしかに石井は自分でも笑い取りに行きつつ、かつ回り(※原文ママ)を活かせる人やなと思います。新山は、6人の中でいちばんお笑いの要素を担ってくれているんじゃないかな、と。どっしりと、笑いの軸を作ってくれている存在やと思います」(みながわ)

この時期、東京では「第七世代」ブームが到来していた。かつて『新しい波24』のメンバーだった霜降り明星が2018年のM-1で優勝。せいやがラジオ番組で発言した当時20代のYouTuberや芸人などを指す「第七世代」が広まり、ハナコ、EXIT、宮下草薙、四千頭身、3時のヒロイン、ぼる塾といった若手芸人がバラエティーで注目を浴びた。

「劇場はもう飽きられてる感じでした」

さや香も「第七世代」を意味する特番『7G〜SEVENTH GENERATION〜』(フジテレビ系)に出演しているが、それほど恩恵を受けたとは言いがたい。

大阪を中心に活躍しているものの、2017年のM-1以降は準々決勝敗退が続き、キー局のバラエティーの中心にもいなかった。


漫才のイメージが強いさや香(写真:M-1グランプリ公式サイトより引用)

2024年5月14日にYouTubeチャンネル『鬼越トマホーク喧嘩チャンネル』で公開された動画の中で石井は、「劇場とかやったら、客ぜんぜん俺らじゃ埋めれへんしみたいな。テレビでレギュラー増えてちょっと知名度上がってるんですけど、劇場はもう飽きられてる感じでした」と当時の状況を述懐している。

2021年、さや香はM-1で準決勝進出を果たし、ようやく壁を打ち破る。惜しくも敗退したが、敗者復活戦で「か・ら・あ・げ、4(よん)!」をひたすら繰り返すネタで強烈なインパクトを残した。

もう1つ、注目すべきは同年の3回戦でボケとツッコミを入れ替えた点だ。

2021年の予選会場でのインタビュー中、この件について石井が「“通達”っていう形で僕は言われた」と答えると、新山が「悪いことちゃうやんけ」「“通達”みたいなのもうやめよう」と指摘し、軽い口論になったシーンが印象深い(『M-1グランプリ2022アナザーストーリー』<ABCテレビ・テレビ朝日系>より)。

翌2022年は、石井がボケ、新山がツッコミにスイッチした漫才を仕上げて準優勝。2023年は2年連続で1stを1位で通過し、ファイナルステージで新山が独壇場でしゃべり続けるネタ「見せ算」を披露して3位になったのは周知のとおりだ。

東京ではコント優先、先がわからない面白さ

2024年のM-1も優勝候補として期待されているが、前述の『ナイツ ザ・ラジオショー』の中で新山は「漫才ほぼ9、コント1ぐらいでやってたやつを、コント9にしてみたい」「2年ぐらいそれで頑張って、あかんかったらすぐ全力で漫才頑張る」と直近の展望を語っていた。

ラストイヤーまで猶予があること、いまだ「見せ算」の印象が強いこと、コント師が多い新天地で芸の幅を広げられることなど、その選択には複合的な理由があるのだろう。

とはいえ、実際にはM-1にエントリーすることも考えられ、もしそうなれば自信作を披露する可能性が高く、それはそれで楽しみでもある。

「仲がいい」「傷つけない」といった安定感のある芸風が支持される昨今、珍しく先がわからない面白さを感じさせるのがさや香だ。今後の動向にもぜひ注目していきたい。

(鈴木 旭 : ライター/お笑い研究家)