ファストファッションが存在感を強めるなか、伝統技術の 職人 とタッグを組むファッションブランド
ファストファッションの進歩はかつてないほど速くなっている。シーイン(Shein)のような企業が、商品発注から納品までの超高速スピードと激安価格を標準化する一方で、ある意味スローで、ますます希少なものとなりつつある伝統的な職人技に投資を行うなど、過去へと立ち返るブランドも増えている。ラグジュアリーウィメンズシューズのデザイナーであるサラ・フリント氏は、何世代にもわたってレザーシューズを作り続けてきた職人たちと提携し、自身の名を冠したブランドのシューズをすべてイタリアで制作している。こうした職人との共同作業は時間がかかるが、それだけの価値があるとフリント氏は言う。「サラ フリント(Sarah Flint)」の1足のシューズを作るのに100時間を費やすこともあり、材料費と人件費だけで1000ドル(約15万円)以上かかる。しかしハンドメイドならではのこだわりを持つ個性的な商品は、それだけの時間と投資に見合うものであり、フリント氏は自身ブランドは競合他社とは一線を画していると語った。しかしそこには、単なる商品の美しさだけではなく、ほかにも利点がある。
とはいえ、一緒に働くことのできる熟練の職人の数は年々減少しているとフリント氏は話す。サラ フリントのパートナー工場のいくつかはイタリア政府からの援助を受けており、政府が労働者の給与の一部を負担している。これは、高齢の職人の後継者となる若手の職人が不足しているなかで、こうしたメーカーを存続させるための支援である。
職人たちと協働するメリット
「職人たちと仕事をすることで、従来の製造業者と仕事をするときのように途方もなく大量な最低ロット数に設定する必要がない」とフリント氏は話す。「完売することが確実に保証される少量生産が可能で、利幅も大きい」。たとえば上述の1000ドル(約15万円)のシューズの場合、フリント氏は30足しか発注しなかった。その生産分は1500ドル(約22万9000円)という価格で完売している。サラ フリントが生産するシューズすべてが、そこまで時間がかかったり、数が限られていたりするわけではない。それでもサプライチェーン全体で、サラ フリントの工場と職人パートナーが1日に生産している靴はわずか150〜200足にとどまっている。工業的な組立ライン技術を採用している標準的な規模のシューズメーカーなら、その10倍は生産できるだろう。また、高品質のハンドメイド商品を求めるラグジュアリー志向の顧客にアピールできるという付加的なメリットもある。フリント氏いわく、マーケティング活動においては、あらゆる機会を活用してブランドの職人パートナーをアピールしているという。同ブランドのプロダクションマネージャーはシューズの製造工程を紹介する動画を定期的に工房で撮影して、ソーシャルメディアで発信している。イタリアで100%ハンドメイドされていることをアピールするサラ フリントのYouTube動画
若手職人の育成に投資するファッション業界
ファッション業界では、LVMHのような企業がこうした伝統技法を存続させるために投資をはじめている。昨年末、LVMHとティファニー(Tiffany & Co.)はファッション工科大学(Fashion Institute of Technology)と提携し、若手ジュエリー職人の育成に乗り出した。ケリング(Kering)もまた伝統工芸における新たな職人の育成に投資するために、昨年10月、傘下ブランドであるボッテガ・ヴェネタ(Bottega Veneta)で「アカデミア ラボル エ インゲニウム(Academia Labor et Ingenium)」という次世代の職人の才能を育てる専門学校の設立を発表した。ほかにも、ネスト(Nest)がメイドウェル(Madewell)といったブランドと世界中の職人を結びつけ、ハンドメイド商品の小ロット生産を行っている。そして今年、クロースリークラフテッド(Closely Crafted)という団体がニューヨーク市のファッションの中心であるガーメント・ディストリクトで、若手職人のための初の見習いマッチングプログラムを開始する。同団体は2022年に、帽子ブランドのジジ バリス(Gigi Burris)創業者でもあるジジ・バリス・オハラ氏が、マルカリアン(Markarian)のアレクサンドラ・オニール氏やパブリックスクール(Public School)のマックスウェル・オズボーン氏といったファッション業界の逸材たちの支援を受けて創設した。クロースリークラフテッドの紹介動画
バリス氏によれば、ファッション業界は「CFDA/ヴォーグ・ファッションファンド(CFDA/Vogue Fashion Fund)」などのプログラムを通じて、米国内の若手デザイナーを育成するという偉業を成し遂げてきたが、それに比べると若手職人の新世代に対する資金援助はほとんどなかったという。「職人の才能を育てなければ、若手デザイナーたちは自分たちのブランドを有機的に成長させていくことはできないだろう」。