生ゴミだらけとなっていた母親の家(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

「母の家がゴミ屋敷になっている。助けてほしい」

そうSOSを出したのは関西地方のとある施設に入所する男性だった。助けを求められた施設の職員が男性の実家を訪れてみると、部屋の荒れ具合は想像をはるかに超えていた。何百匹というゴキブリが家中を這い回っていたのだ。

本連載では、さまざまな事情を抱え「ゴミ屋敷」となってしまった家に暮らす人たちの“孤独”と、片付けの先に見いだした“希望”に焦点をあてる。

YouTube「イーブイ片付けチャンネル」で多くの事例を配信するゴミ屋敷・不用品回収の専門業者「イーブイ」(大阪府)が、男性の母親が一人で暮らす家へ片付けに向かった。なぜ、母親の家はゴミ屋敷と化してしまったのか。

すべての部屋が生ゴミだらけ

「自分たちにできることがあれば」

男性が入所する施設の職員がそう思いながら部屋のドアを開けると、玄関、キッチン、トイレ、風呂場、リビング、2つの和室、すべての部屋がゴミでいっぱいになっていた。床が見える場所はほとんどない。

目につくのは、空の食品容器、空き缶、ペットボトルなどの生活ゴミだ。ゴミ袋にまとめられることもないまま、ゴミの山がいくつもできている。壁際にいたっては、そのゴミ山は天井まで届くほどだ。とくにキッチンとリビングには生ゴミが密集しており、食べ物の腐った臭いが鼻をつく。ゴミの上を歩いて進んでいくと、1カ所だけ足元が安定する場所があった。その下にはテーブルが埋まっていた。

「従業員を何人か集めたところで、自分たちの手に負える範囲ではない」

そう悟った職員は、イーブイに片付けの依頼をしたのだった。

約30年前、息子が生まれたことをきっかけに家族3人でこの家に暮らし始めた。しかし、約15年前に父親が他界。そのショックと、もともと母は片付けが苦手だったことも重なり、すぐにゴミ屋敷になってしまったという。それから15年間、この状態が続いている。


男性の母親と話す二見文直さん(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)


ゴミで埋め尽くされたキッチン(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

施設の職員に息子が出したSOS

施設の職員が異変に気付いたのは3年前だった。男性が一時的に実家に帰り、施設に戻ってくると、体に虫に噛まれたような跡がたくさん付いていたのだ。男性に「この跡はどうしたのか」と聞いても、毎回うやむやにされてしまう。

しかし、男性が就労支援を終え、一般企業への就職が決まったことを機に、本人から「実家を片付けたい。助けてほしい」と相談を受けた。施設の職員の男性がそのときのことを振り返る。

「異変に気付いてから家を訪問するまでに3年かかりましたが、そこからは早かったです。息子さんも一般企業に就職されたことで実家に帰る機会も増えます。そこで快適に過ごしてもらうためにはまず家をきれいにしなくてはいけませんでした。15年培ってきたゴミの中にも思い出はあると思います。そういうことも踏まえて、一緒に片付けてもらえたらと思っていました」

職員からの依頼を受け、見積もりに向かったのはイーブイの社長・二見文直さんの弟である信定さんだった。信定さんは兄と一緒にイーブイを営んでいる。

「私もここまで状態の悪い部屋を見たのは久しぶりだったので、職員の方はかなりショックを受けたはずです。何百匹というゴキブリが部屋中を這っていたので、一晩でもここで寝れば何か所も噛まれてしまうでしょう。でも、一人で住んでいるお母さまに悩んでいる様子はなかったです。自分ではどうしようもないこともわかっているし、なかば諦めているような状態でした」(信定さん)

母親は15年という長い月日によって、「悩む」という段階を通り越してしまったのだろう。

母親は和室のゴミ山にできたわずかな「くぼみ」で生活をしていた。数年前にクーラーが壊れてしまい、夏は扇風機だけで暑さを凌いでいた。制汗スプレーを体にかけて眠るが、暑さで2〜3時間おきに目を覚ましていたという。冬もかなり寒かったはずだ。その「くぼみ」の前で母親が話す。

「旦那がいるときは掃除もしていたんですけど、亡くなってからしなくなったんですよね。もともと片付けが苦手だったので、もう止まってしまったんです」


赤い円で囲まれた「くぼみ」が母親の就寝スペース(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

夫の死のほかに、部屋を片付けられなくなった理由がもうひとつある。母親は4年前に脚を怪我してしまった。以来、脚を引きずるようにしないと歩けなくなってしまったのだ。ひとつのゴミ袋を家の外に出すことすら身体的にも精神的にも大きな負担となり、部屋がゴミだらけになった。すぐに自分ではどうすることもできないラインまで、ゴミが積み重なっていった。

「怪我や体を悪くしたことでゴミ屋敷になってしまう人は多い」と信定さんは言う。

「日常的に極力体を動かさないようなると、途端にゴミや荷物は溜まっていきます。それがある一線を超えてしまうと、もうどうしようもありません。本当にひとつの小さなきっかけで、ゴミ屋敷になってしまうんです。今まで普通にできていたことができないというもどかしさは、精神的に辛いでしょう」

母親も心のどこかでは「部屋を片付けたい」という想いがあった。

「2〜3カ月に1回、家に帰るとゴミが全部なくなっている夢を見るんです」(母親)

ゴミの片付け費用を「自分が出す」

そんな母親の様子を見て、息子は「費用は自分が出すから全部片付けよう」と説得した。

片付けを行うイーブイのスタッフは全部で5人。3人が部屋の中のゴミを袋に詰め、バケツリレー方式で玄関に集めていく。そして、団地の5階にある一室から、残りの2人で外に運び出していく。集合住宅の場合、エレベーターまでの廊下が長かったり、駐車スペースまでの距離が遠かったりして、運び出しに時間がかかってしまう。この日の気温は30℃。全員汗だくになりながら、黙々と作業を続ける。


(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

スタッフがゴミの上に立つと、すでに頭が天井につきそうだ。まずは生活ゴミを掻き集め、ゴミ山の上ずみを取り除いていく。その下には新聞や紙類のゴミが埋まっており、使い終わった湿布薬も交っていた。


ホコリだらけの「タコ足配線」がゴミの中から出てきた(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

作業も3時間を超えるとひとつの和室は空になり、息子が小学校に入学するときに買ってあげたという勉強机が出てきた。片付けが進むにつれ、写真のアルバムなど昔の思い出の品がゴミ山の中から発掘されていく。すると、母親の表情も心なしか明るくなっていった。

「新しいベッドを息子が買ってくれるねん。どこに置こうかな」

それから2時間後、計5時間の作業ですべてのゴミが部屋の外に運び出された。わずかに残った荷物の下には、ボロボロに擦り切れた畳がある。ふすまも穴だらけだった。


作業が終わりゴミがなくなったキッチンダイニング(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

母親の「夢」が叶った瞬間

「きっかけをくれた息子には感謝しかない」

見違えるほどきれいになった部屋を見て、母親はそうつぶやいた。

「床を見たのは10年ぶりくらい。足が悪い中、トイレに行くのにもゴミを跨いでいっていたから。でも、モノがなくなっていくのを見るのは苦しいんですよ。思い出のモノがなくなるなあと。でも、息子にもちゃんとした生活をしてもらいたいと思ったから、しゃあない。これで息子もたまに泊まったりできるかな」

15年越しの母親の「夢」が叶った瞬間だった。

「しばらくベッドも届かないので、それまでどこで寝ようかな(笑)」

母親はこれから始まる新生活に希望を持っている。


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(國友 公司 : ルポライター)