ピノキオピー「神っぽいな」実は元々違うタイトルだった!?代表曲をご本人ががっつり解説【はじめて聴く人のためのインタビュー】
様々な人気ボカロPの定番曲を集め、ボカロP自身の言葉で各楽曲や制作メソッドを語ってもらう本シリーズ。今回登場したのは、名だたる人気曲をこれまで数多く手がけてきたピノキオピーさんだ。
皮肉やウィットの利いた歌詞に中毒性のあるサウンド、そしてアイマイナちゃんを始めとした、オリジナルキャラクターなど。独自の世界観を突き進むピノキオピーさんに、今回は自身のクリエイティブについて様々な角度から話を伺った。
VOCALOIDというカルチャーに留まらないピノキオピーさんならではの眼差しを携えながら、ぜひこれらの楽曲をすみずみまで聴いてチェックしてみては。
取材・文/曽我美なつめ
既存の価値観に対するカウンターが楽曲制作のアイデアに
──ピノキオピーさんは当初、漫画家を目指していたとお聞きしたことがありまして。
ピノキオピー:
そうですね。元々は漫画家志望でギャグマンガを描いていて、集英社の雑誌に投稿したりもしていました。楽曲制作はそのかたわら、趣味や息抜きとして楽しんでいたんです。高校の時にギターを練習し始めて、その中でコード進行の組み合わせで曲を作れることがわかったので、それを入口に作曲を始めて。元々打ち込み系の音楽も好きなので、徐々にパソコンでの作曲にシフトしていきましたね。ボカロPの活動開始が2009年なので、それ以前は7年ぐらい遊びで音楽を作ってました。
──VOCALOIDとの出会いはどんなきっかけだったんでしょう。
ピノキオピー:
元々ニコニコ動画もサービス開始頃から見ていて、その中で「みっくみくにしてあげる」なんかで初音ミクやVOCALOIDの盛り上がりを自然に知った形でした。自分でボカロ曲を作ろうとはまだ思ってなかったんですけど、アゴアニキさんの「ダブルラリアット」でボカロへのイメージが変わって。当時のボカロってアイドルっぽい曲が主流の中で、それとは真反対のちょっと泥臭いロックとか、そういう曲を歌わせてもいいんだ、じゃあ自分もそういう曲を作ってみたいな、って思ったんです。
ちょうどその頃漫画を描く事の大変さも実感し始めていて、「漫画家を仕事にするのは難しいかも…」とも思って。同時期に友人から「ボカロで曲作ってみないの?」って言われたこともあって、ボカロP活動を始めた形でした。
【巡音ルカ】ダブルラリアット【オリジナル】
──いろんなタイミングが重なって、ターニングポイントとなったんですね。
ピノキオピー:
そうですね。あとは実際曲を投稿した時に、レスポンスがすぐ返ってきたのがすごく衝撃的で。動画についた優しいコメントで「知らない人がこんな風に褒めてくれることってあるんだ」って嬉しくなったのもありましたね。当時は今ほどSNSも発達してないので、自分の描いた漫画にすぐ誰かから反応が来ることはなかったですし、周囲の友人の評判も漫画より音楽の方が良くて(笑)嬉しくなっちゃう方に寄っていったのはあるかもしれません。
──そうして本格的にボカロP活動を始められたと思うんですが、楽曲制作の際はどういった所から着想を得られるんでしょう。
ピノキオピー:
曲作りの時は最初に歌詞のテーマというか、「どういう曲を作ろう」から始まるんです。わりとテレビのバラエティを見たり、漫画を読んだり映画を見て、心が動いた瞬間がアイデアの種になりますね。中でも特に、当たり前の既存の価値観にカウンターが来て、それが揺らぐ瞬間なんかはその刺激を元に曲を作りたい、ってなります。人と接しててもそうなんですけど、「その発想はなかったな」って発見が自分は好きなので。それがずっと曲作りの根幹ですね。
──となると、楽曲制作は圧倒的に作詞が先行になるわけですね。歌詞の制作時にこだわる部分などは他にありますか?
ピノキオピー:
基本的に1回浮かんだ言葉も即決はせずに、他にいくつか浮かんだ言葉をオーディションにかけていいなって思う言葉を残す作業を絶対にしてます。結局最初に浮かんだ言葉が一番良いこともあるんですけど(笑)自分の主観だけでなく、それと反対の主張の人から見た時にどうなるかな、とか。自分の中で伝えるメッセージに齟齬がないかを探る作業をずっとしています。
──その場合、1曲の制作にものすごく時間がかかりませんか?
ピノキオピー:
曲にもよります。トントン拍子で決まることもあればずっと悩むこともあったり、4行のフレーズを考えて1日が終わっちゃうこともありますし。これまでの曲だと「アップルドットコム」は1週間かからずに出来た曲ですが、一方で「すろぉもぉしょん」はすごく悩んだ記憶がありますね。テーマはいいものを設定できたので、表現のために歌詞を何校も何校も重ねました。オケも含めると1ヶ月半〜2ヶ月近くかかったかな。
アップルドットコム / 初音ミクすろぉもぉしょん / 初音ミク
──サウンド面でのこだわりについてはいかがでしょう。
ピノキオピー:
曲には毎回新鮮な音を入れたいと思っています。なので気に入ってる音でも、「前の曲と印象が近いな」と思ったらわざと入れなかったりします。音の引き出しも、例えば他の方の曲を聴いた時に「ここでこういう間の抜けた音が鳴るのか」って気付くと「自分ならこういう音で間の抜けた感じを表現するな」って考えたりとか。そうやってストックを増やしたりしてます。
人間の裏と表、どちらも「あっていいじゃん」と肯定する
──そうしましたらここからは、今回のリスト曲のお話をいろいろ伺えればと思います。裏話などあれば教えて頂けると嬉しいのですが、いかがでしょう。
ピノキオピー:
じゃあ…「神っぽいな」は実は元々違うタイトルでした、とか。仮タイトルは「っぽいな」だったんです。当初は「○○っぽい」って表現を面白いなと思って、「っぽい」をいっぱい使う曲を作りたい、ってのが始まりでした。ただ「っぽい」だけだと少し弱い気がしたので、いろんな言葉をくっつけてみた中で一番しっくりきたのが「神」っていう強い概念で。曲自体も本当はもっと明るめのアホっぽい曲だったんですけど、「神っぽいな」になったことで今みたいなダーティな雰囲気に大きく変わりましたね。
神っぽいな / 初音ミク
──確かに、当時のピノキオピーさんとしてはやや珍しい雰囲気の曲だと思いました。過去には同様にダーティな楽曲もあった印象でしたが。
ピノキオピー:
当時は結構シーンで攻撃的な曲も流行っていて、自分がそれをやったらどうなるだろう、という部分もありましたね。ただ自分がやるなら、攻撃的な目線から一歩引いた曲が書けたら面白いだろうな、とも思いつつ。どうしても社会的なムーブメントの影響もあって皮肉っぽく捉えられがちですが、あの曲で本当に言いたいのは「あんまり調子に乗っちゃだめだよ」っていう戒めのニュアンスなんですよ(笑)純粋に曲を使って楽しんでくれてるのは嬉しいですし、伝わる人にはちゃんと伝わってる点も当然嬉しいし。二層のリスナー層があるのはシンプルに面白いですね。
──ありがとうございます。他の楽曲に関してはいかがですか?
ピノキオピー:
「転生林檎」は滅多にないパターンなんですけど、寝ながら夢の中で振ってきたメロディがすごく良くてほぼそのまま採用した曲になります。サビの「くりかえし くりかえし」の部分が該当の箇所ですね。大体夢の中で出てきたアイデアって後で聴くとイマイチなことが多いんですけど(笑)かなりのレアケースですね。
転生林檎 / 初音ミク
──ちなみに今回、ご自身のイチオシの曲となるとどれになるんでしょう。
ピノキオピー:
自分の根幹というか「ピノキオピーってこんな人なんだよ」って言えるのは「すろぉもぉしょん」ですね。「すろぉもぉしょん」を聴いたうえで「神っぽいな」を聴いて欲しいです(笑)人の生き死にの話にしても、なるべく良い言い方をしたいというか。作る楽曲は全部それを意識してるんですけど、「すろぉもぉしょん」が一番わかりやすいと思います。
すろぉもぉしょん / 初音ミク
──個人的にピノキオピーさんの曲には、言い回しの根底に優しさや愛情、肯定を感じる事も多くて。「神っぽいな」の影響で、シニカルな表現に注目が集まりがちですが。
ピノキオピー:
それこそ最初の曲アイデアの話で、人間の裏表というか「明るい部分があれば影がある」みたいな相反するものを絶対に浮かべてしまうので。ポジティブな事を言うにしても、それだけだと嘘っぽく聞こえちゃうのがあまり本意ではないんです。そこで世間では普段表に出ない影の部分を書くことで、皮肉っぽく捉えられる部分はありますね。本質的には良い方向に比重を置きたい気持ちはあるんですけど。本当にいいものを探る時って、そういう作業が絶対に必要になるというか。
──そういった二面性を持つ部分を含めて、なんと言いますか…人間という生き物がお好きなんだろうな、という印象です。
ピノキオピー:
直近でも「人間というマクロな概念が好きで、細かい個人には興味がないんじゃないか」っていうアンビバレンツなことを言われた機会がありましたね(笑)確かに人間という概念や現象は好きなんですけど、個々人の感情やパーソナルな所を描く難しさは以前から感じていて、それが課題だと最近は思ってます。実はこれ、自分が漫画を描けなかった原因の一端でもあるんですが、キャラクターの生活や性格なんかのディテールを考えるのが結構苦手で。そこにも通じるなと思うことは最近ありましたね。
──客観的な視点と主観的な視点の両立は、とはいえやはり非常に難しいとは思います。水と油的な。
ピノキオピー:
そうですね。あとよく思うのは、人の裏を強く糾弾するのも違うなと感じるんです。裏の顔を見て「人間は醜い!」みたいな(笑)「どうせ裏があるんだろ?」じゃなくて「そりゃ裏もあるよ、人間だもん」でいいというか。だって人の裏を糾弾する人にも裏はあるじゃないですか。裏があることにそこまで絶望するのもなんか違うなって。
──特に近年のボカロ曲は、人の裏やネガの部分に焦点を当てた曲も増えた体感はあります。
ピノキオピー:
それに共感する部分もあるんですけど、じゃあ表の顔は完全に取り繕った嘘かと言われるとそうじゃないというか。そっちにも本当の部分はあるし、裏の部分が全てというわけでもない。どっちかに極端にならなくてもいいんじゃない?とも感じますね。
見られるための曲以上に自分の個を発揮する曲を
──ピノキオピーさんは元々ボカロジャンルに囚われずいろいろな作品を吸収されている印象がありますが、直近で触れて良かった作品などはありますか。
ピノキオピー:
漫画だと大山海さんの「奈良へ」ですね。なんと言うか…人の嫌な部分を描くのが上手すぎるというか。明るさの中にある暴力性、自分の事を正しいと思っている人の怖さみたいなものを、ユーモアを交えながら残酷に描いている所に衝撃を受けました。
あとはNetflixにある浦沢直樹先生の「PLUTO」も素晴らしかったです。シンプルに浦澤先生って先が気になるワクワク感の演出に長けているのと、あれは元々原作の「鉄腕アトム」に出てくる脇役キャラを主役にしてリメイクした作品で。いくら自分が好きな作品だとしても、そんなふうに他の方の作品をリメイクするってすごく怖いというか、重責で震える事じゃないですか。その中で物語をあんな形でバランスよく昇華されているのって、やっぱりすさまじいなって思いましたね。感動しました。
──「PLUTO」のお話でふと思ったんですが、ピノキオピーさんの曲って人間じゃないものが人間を見ている眼差しが普遍的にあるというか。ボカロP名もピノキオですし。何かそういったモチーフに思い入れがあるんでしょうか。
ピノキオピー:
名前はたまたまなんですけど、人間じゃない物への愛は確かに昔からあると思います。小学校の時もずっとカービィを描いてたり、可愛いキャラクターが本当に好きで。かつ真顔だったり、人っぽくない一面があるものに惹かれる傾向はありましたね。藤子・F・不二雄先生の短編を子どもの頃から読んでいたので、宇宙人から見た地球人とか、ちょっと引いた眼差しから人間を見る面白さを植えつけられたので、それが当たり前になっているかもしれません。
VOCALOIDをやる中でも、なんとなく相性がいいなとは思ってたんです。活動の中で、自分のそんな一面とボカロの性質が合致するから、というのをだんだん自覚した形でした。それに伴って「ボカロがあってよかったな」って気持ちが年々強くなっています。自分が歌う活動だと、俯瞰的にマクロで人間を捉える表現って絶対上手くいかなかったと思うので。
──ありがとうございます。重ねて、ボカロジャンルについてはいかがでしょうか。
ピノキオピー:
話題のものや、フォロワーさんの呟きからチェックしてますね。最近だとマサラダさんの「ちっちゃな私」は抜群に素敵な曲でした。全部ご自身で作られている楽曲も映像も、クオリティが高い上に描かれるメッセージがすごく心を打つというか。人の弱さや私的な部分を信じて曲を作る人は貴重だな、と思って。自分のいいと思うものを貫かれているのを見て、とても刺激を受けています。アニメーションの動きも自分では思いつかないもので、映像もお好きなのかな、とか。丁寧さと楽しさと、両方を兼ね備えて曲を作ってらっしゃるなと感じますね。
ちっちゃな私/重音テトSV
今のボカロシーンって、昔に比べるとSNS中心の聴かれ方がもう当たり前になっていて、どうしたらたくさん見てもらえるかに主眼を置きすぎている気もして。ボカロPさんの個としての強度が減っている印象もありますね。閲覧数の1っていう数字も重たい1か、さらっと見られている1かで違うと思うんです。再生があまり伸びなくても、思いの籠もったコメントが多くある方が大事というか。そこがないがしろになり続けると、何か大事な物を見失うんじゃないかという不安もありますね。もちろん見られることがモチベーションに繋がる部分もあるので、バランスの難しい所ではあるんですけど。
──創作物における自分の主張やメッセージと、見られたい気持ちの塩梅といいますか。
ピノキオピー:
ボカコレのようなイベントも、1位になることが全てじゃなくて、自分の作りたいものを貫いた人が注目されたりとか。お笑いのM-1も、グランプリより優勝を逃した人の方が話題になったりしますよね。なので結果として1位を逃しても、そこで注目された事が後々の財産になるんじゃないかと思います。
──若手ボカロPへの激励にもなる言葉をありがとうございました。最後に、今後の活動での抱負などを伺えれば。
ピノキオピー:
トラックに重点を置いて作る、というのを一度やってみたいです。従来は歌詞やテーマ先行の制作が大半なので、曲を先行で突き詰めて作ると今までにない面白い歌詞が出てくるんじゃないかと思って。これまでとはまた違った、自由な感じが出せるといいなと今は考えています。
そうやってちょっと新鮮なことをしたい気持ちもありつつ、自分にとって当たり前のことも改めて見直してみようかな、と。普通だと切り捨ててしまったものも、人から見たら新鮮に感じる事もあると思うんです。昔の自分にとっては常識でも、今の時代の人にとっては真新しく映るような、そんなものを改めて掘り出していきたいですね。
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