列車で業務にあたる車掌

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日本人の「親切心」は外国人を困惑させることがある。ライター・編集者の中川淳一郎さんは「外国人は日本の『過剰なアナウンス』に嫌気がさしている。個人主義の彼らにとって、それは子ども扱いされているように感じる」という――。

※本稿は、中川淳一郎『日本をダサくした「空気」 怒りと希望の日本人論』(徳間書店)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/coward_lion
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/coward_lion

■「過剰アナウンス」に外国人から共感の嵐

2023年に入ってから海外から来た旅行客を目にする機会が一気に増えた。テレビでは外国人観光客が「日本すごい!」と絶賛しているシーンもよく放送されている。だが、そこにはもちろんリップサービスも含まれているだろうし、すべての面で満足しているとは限らない。

日本に居住する外国人に話を聞くと、日本の快適さや良さは理解しつつも、耐えられないことがあると、その不満を口にすることがある。外国人は日本のどんな点に違和感を抱いているのか。日本在住外国人と話す機会があった。

きっかけは、『「過剰アナウンス大国」日本の病理…自分の頭で考えて判断を下せない“世界一幼稚な国民”はどこへ向かうのか』(現代ビジネス・2023年3月31日)という記事を寄稿したことにある。

そうしたら、日本で暮らす外国人(特に欧米系)の人々から私のツイッターに「素晴らしい分析だ」や「私も同じ気持ちで、これが日本で不快なことなのだ」的なメッセージが寄せられ、相互フォローになり、5月20日に東京で飲んだのだ。

■「丁寧であればあるほどいい」という勘違い

彼ら/彼女たちは、日本での生活には一定の満足感を抱いている。街を見渡しても清潔だしサービスは良いし、人々は比較的穏やかで親切だし、物価は安いし、公共交通機関は時間に正確だし、食べ物はウマい。しかも、母国通貨で給料をもらっていれば、円安のおかげで円換算すると給料も高くなる。こんなにいい国はない!

しかも、この日来たのは、アメリカ人男性、イギリス人男性、フランス人男性、セルビア人女性とその夫の日本人男性。外国人全員が日本人の配偶者を持つだけに、この国には十分馴染みも地縁もあるわけだ。

それはそれで素晴らしいことだし、私も同じ日本人として誇りに思う。とはいえ、彼らが長年育ってきた環境からすると、「日本社会の幼稚さ」「非合理さ」「他人の目を気にする」「クレーマーに弱過ぎる」「余計なお世話が多過ぎる」には、耐えがたい面もあるようだ。

日本という国は「丁寧であればあるほどいいだろう」という前提があったうえで、「不快に思わない人を極力増やすべく対策を取るべき。クレームは回避したい。そのためにはクレームを言ってこないであろう少数派の我慢は必要」ということが行動原理になっている、と分析していた。これがダサさの根源にある。

■外国人には「子ども扱い」されているように感じる

それは個人主義が徹底された欧米の人にとっては正直ウザい。彼らからすれば「私はいちいち行動に指示されたくない」「私は子ども扱いされたくない」となる。その象徴が「過剰アナウンス」によーく表れているのだ。

電車に乗ると車掌ないしは自動アナウンスが延々と喋り続けている。次の駅名とどちらのドアが開くかを伝えるのは、誰にとっても、特に視覚障害者には重要なこと。しかし、「一人でも多く座れるように座席は詰めろ」「ドア付近の人は一旦ホームに降りろ」「電車が揺れることがあるから立っている人は手すりか吊革に摑まれ」に加え、コロナ期は「時差通勤しろ」「リモート勤務しろ」「ソーシャルディスタンスを取れ」「マスクをしろ」と連呼された。

しかも、丁寧に英語・中国語・韓国語でも流すものだから、車内は次の駅に着くまでアナウンスシャワーのごとき状況になる。

写真=iStock.com/TAGSTOCK1
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■「過剰アナウンス」は諸外国にはない

こうした状況が、公共の場での過剰アナウンスには慣れていない外国人にとっては苦痛だったようだ。確かにこの手の怪獣ギャオス的絶叫アナウンスはチェコやドイツでは当然のこと、アメリカやタイでも聞かなかった。ラオスでは皆無だった。

日本のアナウンスに対する実際のコメントを見ると、こんなものがあった。私に対してツイッターで相互フォロー関係になった人からのDMの言葉も含めて紹介する。

「『過剰アナウンス大国』これはいい言葉だ。まさに私の妻が苦しんでいることだ」
「このような分析記事が出るとは。日本人もこの過剰アナウンスに違和感を持っている人がいるのか」
「良い分析をありがとう」

正直、この「過剰アナウンス大国」の記事は、在留外国人の人向けに書いたわけではない。それでも、同記事に反応した外国人は多く、その中のひとりであるアメリカ人ジャーナリストからの誘いで、この飲み会に至ったというわけだ。

もちろん彼らは、日本で暮らすのは快適だと思っているし、好きだからこの国にいるわけだ。しかし、アメリカ出身の芸人・厚切りジェイソン的に「Why Japanese People⁉」と言いたくなることも多い。

■壊滅的に英語ができない日本人

日本で暮らす外国人たちは、日本を見下しているわけでは決してない。しかし、常にどこかしらの違和感を持っている。それはG7に加盟する先進国でありながらも、異常に低英語能力への落胆にも表れる。日本人が駆使する英語は「Engrish」と呼ばれている。本来は「English」だが、日本人は壊滅的に「R」と「L」の発音の使い分けができない。「らりるれろ」は日本人にとっては同じだが、英語では「R」と「L」はまったく異なるもの。

Lightは「軽い・光」などの意味だが、Lを日本人にありがちなRで発音すると「右・正しい」になってしまう。これは元の言語の発音の仕組み上、やむを得ないことではある。ただ、発音以外にも日本の英語があまりにも無茶苦茶なことにはうんざりしているようで、それを見つけたら写真撮影をし、SNSのEngrishコミュニティでシェアしたりしている。

■街中に「間違った英語」が溢れている

1990年代前半、「夜間押しボタン信号」にはこのように書かれていた。正確ではないが、私の記憶を辿ってみる。

中川淳一郎『日本をダサくした「空気」 怒りと希望の日本人論』(徳間書店)

「To cross the street, push the button at night.」

これを訳すと「この横断歩道を渡る時は夜のうちにボタンを押してください」となる。テレビ番組で大橋巨泉氏が指摘をし、その後真っ当な表記に変わった。

最近でも某家電量販店の「万引きは犯罪です 見つけた際は直ちに警察に通報します」の警告の英訳が無茶苦茶だとネットで話題になった。そこには「The thief will immediately call the police.」とある。これを訳すと「泥棒はすぐさま警察を自ら呼びます」とあり、「なんという立派な泥棒だ!」と嗤われた。本当なら「Shoplifting causes immediate police notification.」と書けばよかっただろう。

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中川 淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
ライター
1973年東京都生まれ。1997年一橋大学商学部卒業後、博報堂入社。博報堂ではCC局(現PR戦略局)に配属され、企業のPR業務に携わる。2001年に退社後、雑誌ライターや『TVブロス』編集者などを経て、2006年よりさまざまなネットニュース媒体で編集業務に従事。並行してPRプランナーとしても活躍。2020年8月31日に「セミリタイア」を宣言し、ネットニュース編集およびPRプランニングの第一線から退く。以来、著述を中心にマイペースで活動中。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットは基本、クソメディア』『電通と博報堂は何をしているのか』『恥ずかしい人たち』など多数。
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(ライター 中川 淳一郎)