受験の成功よりも、子どもたちに必要な「教養」とは?(写真:Fast&Slow/PIXTA)

冬の訪れと共に、受験シーズンが近づいてくる。都市部では中学受験に臨む小学生も少なくないが、ジャーナリストの池上彰さんは「幸せな人生を送るために必要なのは、受験の成功ではなく教養を身につけることだ」と語る。中学受験をする・しないにかかわらず、『池上彰のこれからの小学生に必要な教養』を上梓した池上さんが考える、子どもたちにぜひ身につけてほしい「教養」とは、一体どんなものなのだろうか。

前回:『池上彰さんが考える「教養」がある人とない人の差

中学受験をするのはひとにぎりの子どもだけ

わが子が小学生だと、「中学受験」という言葉に心がざわつくことがありませんか?

中学受験に臨む子どもはとりわけ都市部に多く、地域によってはクラスのほぼ全員が受験するなどという小学校もあります。そういう環境に身を置いていると、親も子も中学受験は当然するものという気持ちになりがちです。公立中学では不安だ、人生の選択肢がせばまってしまう、と考える方もいるかもしれません。

実際には、中学受験をするのはひとにぎりの子どもです。

文部科学省の学校基本調査(令和4年度)によれば、全国で国立・私立中学に通う子どもは全体の約8.5%。受験に失敗して公立中学へ進学しているお子さんもいるわけですが、日本では90%以上の子どもが地元の公立中学に通っているのです。

この子たちがみな不安な教育環境に置かれ、人生の選択肢が限られているとは考えにくいですね。

中学受験をするかしないかは、それぞれのご家庭で決めることです。ただ大前提として、中学受験組は全体から見れば少数派だということは、知っておいていいと思います。

親が中学受験を勧めるのは、突き詰めればわが子に幸せな人生を送ってほしいからでしょう。

否応なく多くの知識を蓄えることになる受験勉強は、確かにその一助になるかもしれません。しかし、中学受験をする・しないにかかわらず、意識しなければ身につきにくいものがあります。それが「教養」です。

教養とは単に知識があることではなく、知識を生かしてよりよい行動が取れるということです。ものごとを深く理解しようとする気持ち、自分なりの考えを持とうとする姿勢がなければ、教養は身につきません。

どんなに知識があっても、正論で思いやりなく相手を論破する人に教養があるとは言えないのです。

「正しさ」を伝えて納得してもらうためには、知識だけでなく、相手の意見を受け入れる度量の広さや適切な言葉選びなど、さまざまな能力が必要です。知識の運用力とも言えるこの力こそが、教養です。

わかりやすい言葉を疑ってみるのが教養

アメリカのトランプ前大統領は、それまでの政治家とは全く違う言動で、あまり政治に関心のなかった人たちを惹きつけました。

彼の言葉はとてもわかりやすい。「アメリカが一番だ」というワンフレーズで、世の中の問題がすべて解決するようなイメージを打ち出しました。

でも実際はそううまくはいきません。国内の問題も諸外国との関係も、「アメリカが一番」だけでは解決できないことがたくさんあります。

人は、わかりやすい言葉につい飛びつきたくなります。しかしそこで「ちょっと待てよ」と立ち止まって考えられること、注意深く冷静に対応できること。教養とはそういうものだと思います。

戦争、貧困、気候変動、ジェンダー問題、AIをどう使いこなしていくかなど、解決が難しいテーマがたくさんある時代です。そういう世の中にこれから巣立っていく子どもたちに教養を求める傾向は、実は中学受験にも現れています。


(画像:『池上彰のこれからの小学生に必要な教養』)

近年は、公立の中高一貫校が増えています。私立に比べると経済的な負担が少ないこともあり、たいへん人気があります。

東京にも都立高校の附属中学がいくつかありますが、受験問題を見ると単純に知識の量を問うことはしていません。

中学は義務教育なので「学力試験」をしてはいけないことになっているからですが、統計データから読み取れる結論を記述させるなど、知識を応用して全体を俯瞰する、分析する、自分の考えを述べるといった能力をはかっています。

こうした傾向は公立の中高一貫校だけでなく、一部の私立中学にも見られます。特に老舗と言われるような私立中学では、知識の量を問うだけではない非常によく練られた問題が出されています。

これからの時代は、自分で調べ、考え、そこからまた知識や考えを深めていける人材が必要だということのあらわれなのでしょう。

そして、そういう能力を求められているのは、中学受験をするひとにぎりの子どもに限ったことではありません。

少し前の話題ですが、バスケットボールのワールドカップで日本がオリンピック出場を決めましたね。

その時の試合相手は、カーボベルデ共和国でした。この国のことを知らない人は多かったと思いますが、そんな時こそお子さんにぜひ働きかけていただきたい。

カーボベルデってどこにあるのかな? どんな国なんだろう? おや?ベルデってポルトガル語で緑(VERDE)という意味なんだって。だから「東京ヴェルディ」(ヴェルディはVERDEから生まれた造語)のチームカラーは緑なのか!――親子でそんな話をしながら知識を広げていく。

ものを知ることは面白いし、そこからさまざまな発見もあるでしょう。

考えを深めるきっかけは暮らしのそこここにあり、教養に結びついていきます。子どもたちにはぜひ教養を身につけてもらいたいし、親御さんはわが子に教養を身につけるように導いてあげてほしいと思います。

受験生の親に必要な資質とは?

ものごとを掘り下げて考え、自分なりに行動する姿勢を身につけているかいないかで、学びの質はずいぶん違ってきます。深い学びに基づく教養は、思いがけない災難や人間関係のトラブルに見舞われた時に、解決策を見いだす力になるはずです。

教養とはいわば、生きる力です。


教養は、困難な時に助けてくれる人や情報にたどりつく道しるべになります。教養がある人は周囲の信頼が厚く、自己肯定感も高くなる。幸せな人生を送るための、心強い武器になってくれるのです。

中学受験は、教養を身につけるきっかけになり得るでしょう。

その一方で、親の期待に応えようとして頑張ったのに不合格だったりすると、子どもは劣等感を抱いて長く苦しむことにもなりかねません。

過大なプレッシャーをかけず、うまくいかなかった時に子どもにコンプレックスやトラウマが残らないような心配りができる。中学受験を選択するなら、親の側にもそういう教養が求められているのだと思います。

(池上 彰 : ジャーナリスト)