2年連続の高水準賃上げとなるか(芳野友子連合会長、編集部撮影)

連合は10月19日に2024年の春闘の基本構想を発表した。「5%以上」という賃上げの要求水準は、「5%程度」とした2023年を上回る。2023年の春闘では、30年ぶりの高水準となる3.60%の賃上げが実現したが、賃金上昇は物価上昇に追いつかず、実質賃金は前年比マイナスが1年半にわたって続いている。

2024年の春闘はどうなるのか。労働市場の分析に定評のあるニッセイ基礎研究所の斎藤太郎経済調査部長に、賃上げをめぐる5つの問いに沿って解説してもらった。

Q1:2023年の春闘、どうして賃上げができたのか

Q2:どうしてこれまで賃上げができなかったのか

Q3:2024年の春闘はどうなるのか

Q4:実際の賃金は春闘の賃上げ率ほど上がっていないのでは?

Q5:実質賃金がプラスになるために必要な賃上げ率とは?

Q1:2023年の春闘、どうして賃上げができたのか

A:3つの要素がそろったから

賃上げは基本的に、労働需給、企業収益、物価の3つの要素で決まる。

賃上げをめぐる環境を確認するため、労働需給(有効求人倍率)、企業収益(売上高経常利益率)、物価(消費者物価上昇率)について、過去平均(1985年〜)との乖離幅を見てみると(標準偏差で基準化)、バブル崩壊後の1990年代前半から2010年代前半までの約20年間は、いずれの指標もほとんどの年でマイナスとなっていた。

タイトな労働需給、企業収益の改善に物価高が決め手

アベノミクス景気が始まった2013年には企業収益の改善を主因としてプラス圏に浮上し、その後労働需給の改善が顕著となったことから、賃上げをめぐる環境は良好な状態が続いた。2019、2020年は景気後退や新型コロナウイルス感染症の影響で3指標ともに悪化したが、2021年には企業収益の改善を主因として持ち直した。


2022年以降は物価高が加わったことから、3指標を合わせたプラス幅はバブル期を大幅に上回り、過去最高水準となっている。つまり、賃上げを決める要素がすべて出そろったことが、「30年ぶりの賃上げ」につながったと考えることができる。

Q2:どうしてこれまで賃上げができなかったのか

A:組合側が要求しなかったから

振り返ってみれば、アベノミクス景気の頃から賃上げをめぐる環境は良好だった。それにもかかわらず2022年まで賃上げがほとんど行われなかった一因は、組合側の要求水準が低かったことだ。

経営者に積極的な賃上げを求める向きもあるが、そもそも経営者の重要な任務は自社の収益を最大化することである。経営者にとっては、なるべく賃金を上げずに働いてもらうほうが望ましい。賃金を上げなければ従業員が辞めてしまう、労働組合から厳しい賃上げ要求をされる、といった状況になって、やむなく賃上げに踏み切るのだ。

「脱デフレ」だけでは実質賃金が目減り

連合傘下組合の賃上げ要求と実績の関係をみると、バブル崩壊後で景気が悪かった1990年代後半でも賃上げ要求は4%以上で、実際の賃上げ率は3%前後となっていた。


その後は雇用情勢が厳しさを増す中で、組合が賃上げよりも雇用の確保を優先したこともあり、定期昇給分(ベースアップなし)に相当する1%台後半から2%台の要求水準という期間が長く続いた。

アベノミクス景気が始まった2013年以降、過去最高益を更新する企業が相次ぎ、企業の人手不足感が大きく高まるなど、賃上げをめぐる環境は大きく改善した。しかし、賃上げ要求は3%程度、実際の賃上げ率は2%程度にとどまっていた。

賃上げ要求水準が上がらなかった背景には、デフレマインドが払拭されていなかったことがある。デフレ期にはベースアップがなくても物価の下落によって実質賃金が上昇した。

2013年の異次元緩和開始以降、少なくともデフレではなくなり、賃上げがなければ実質賃金が目減りするようになった。しかし、デフレマインドが根強く残っており、賃上げの重要性が十分に認識されることはなかった。

2022年以降は消費者物価が一時約40年ぶりの高い伸びとなり、賃上げがなければ実質賃金が大きく目減りしてしまうことが誰の目にも明らかとなった。こうした中、連合は2023年春闘の賃上げ要求を2015年以降掲げてきた4%程度(定期昇給相当分を含む)から5%程度に引き上げ、連合傘下組合の実際の要求も前年の2.96%から4.49%へと大きく上昇した。

この結果、最終的な賃上げ率も3.60%(厚生労働省「民間主要企業春季賃上げ要求・妥結状況」)と30年ぶりの高水準となったのである。

Q3:2024年の春闘はどうなるのか

A:2023年に続いて3%台後半を予想

企業収益が堅調を維持し、物価上昇率が高止まりしていることから、賃上げをめぐる環境は2023年に入ってさらに改善している。現時点では、2024年の賃上げ率は2023年に続き、3%台後半になると予想している。連合が要求水準を引き上げたことを踏まえれば、2023年を上回る可能性もある。

Q4:実際の賃金は春闘の賃上げ率ほど上がっていないのでは?

A:定期昇給を除いたベースアップが賃金上昇に対応する

2023年の春闘賃上げ率は3.60%だが、賃金統計(厚生労働省「毎月勤労統計」)の賃上げ率を見ると、1人当たりの現金給与総額は2023年4月から8月の平均で前年比1.7%にとどまっている。春闘と実際の賃上げ率は必ずしも一致するわけでなく、両者を比較する場合には、注意すべきことがいくつかある。

賃上げ3.6%ならベースアップは2%程度

まず、一般的に賃上げ率の指標として用いられる数字は、定期昇給を含んだものであることだ。

個々の労働者に焦点を当てれば、その人の賃金水準は平均的には毎年定期昇給分だけ上がっていく(年功賃金体系の会社の場合)。しかし、毎年高齢者が定年などで退職する一方で、若い人が新たに働き始めるので、労働市場全体でみれば平均年齢は変わらない(厳密には高齢化の分だけ少し上がる)。

したがって、労働市場全体の平均賃金上昇率を考える際には、定期昇給分を除いたベースアップを見ることが適切だ。2023年の春闘賃上げ率は3.60%だったが、定期昇給は1.5〜1.8%程度とされるため、ベースアップは2%程度となる。

また、春闘賃上げ率のベースアップは一般労働者(いわゆる正社員)の所定内給与(基本給)におおむね連動するが、賃金水準が相対的に低いパートタイム労働者の割合が高まっていることが平均賃金の押し下げ要因となっている。

Q5:実質賃金がプラスになるために必要な賃上げ率とは?

A:物価上昇率が2%なら、定期昇給込みで4〜4.5%程度

名目賃金は増えているが、消費者物価上昇率がその伸びを上回っていることから、実質賃金上昇率は2022年4月から1年半にわたってマイナスが続いている。

消費者物価上昇率(生鮮食品を除く総合)は、2022年4月以降、日銀が物価安定の目標とする2%を上回って推移しており、2023年1月には4.2%と約40年ぶりの高水準となった。その後は、政府の物価高対策(電気代、都市ガス代、ガソリン、灯油等の価格抑制策)の影響などから伸び率が鈍化し、2月に3%台、9月には2%台となった。

先行きについては、足もとの輸入物価下落を受けて、原材料コストの上昇を価格転嫁する動きが弱まることから、食料品をはじめとした財価格の上昇率は鈍化することが見込まれる。一方、賃上げによる人件費の増加を価格転嫁する動きが広がり、サービス価格の上昇率が高まることから、消費者物価上昇率は2023年度末頃まで2%台の推移が続きそうだ。


実質賃金上昇率がプラスに転じるのは、2024年の春闘賃上げ率が2023年並みとなることを前提とし、物価上昇率が1%台まで低下することが見込まれる2024年度入り後と予想する。

豊かになるには物価上昇を上回るベースアップを

2024年は2023年に続きベースアップで2%程度の賃上げが実現しそうだが、中長期的にはもう少し高い賃上げ率を目指すべきだ。

仮に、消費者物価上昇率と賃上げ率がともに2%の場合、実質賃金の伸びはゼロとなる。それ以外の条件が変わらないとすると、実質賃金が伸びなければ、個人消費は現状維持で、経済は成長しない。

毎年少しずつでも豊かになるためには、ベースアップが物価上昇率を上回ることが必要であり、1990年代半ばまではこれが実現していた。


物価安定の目標が2%であることを前提とすれば、ベースアップで2.5〜3%程度、定期昇給込みで4〜4.5%程度が中長期的に目指すべき賃上げ率と考えられる。

(斎藤 太郎 : ニッセイ基礎研究所 経済調査部長)