JR東日本から譲渡を受けた所蔵車両の583系(左)と並ぶ初代自強号EMU100(写真提供:洪致文)

台北で「台湾クリエイティブエキスポ」と呼ばれるイベントが9月22日から10月1日にかけて開催された。毎年、台湾の各都市が開催地となり行われるイベントだが、2023年は台北の有名建築を舞台に、台湾国内外のデザイン雑貨が街を彩った。

その中でとくに注目を浴びたのが、鉄道車両整備場であった台北機廠を再利用して準備が進む「国家鉄道博物館」の開放だ。準備中ということもあり、普段は事前申請制のガイドツアーのみが行われる同施設が、プレ公開という形で期間を限定し一般開放された。期間中は累計8万人を超える民衆が足を運んだ。

日本統治時代の車両基地を整備

博物館の前身となる台北機廠は、日本統治時代の1935年に供用を開始し、戦時中の災禍も経験しながらも2013年まで台湾鉄道の主要な車両基地、整備施設として使用されてきた。台湾鉄道の地下化と都市計画の進展に合わせて、その機能は2012年に北部郊外に新設された富岡機廠に移された。

その後、台湾鉄路管理局は東京ドーム3個分以上に及ぶ16.7ヘクタールの土地活用が同局の抱える負債解消の糸口になると目を付け、地元政府と共同で一部の取り壊しと再開発を予定していた。しかし、市民による保存運動が繰り広げられた結果、2015年に敷地全てが国定古跡(日本でいう国指定重要文化財に相当)に認定された。

その後、2017年には政府機関である文化部が博物館整備を担当する「国家鉄道博物館籌備所」を設立。施設内の従業員用大浴場跡を使用した常設展のほか、総弁公室(事務室)跡を徐々に常時開放し、2027年をメドに車両も含めた常設の展示施設をオープンする見通しだ。

台北にはほかにも、日本統治時代の台北機廠の前身であり、その後は鉄道部の庁舎として使用されてきた台北駅横にある建物を利用した、国立台湾博物館が運営する鉄道パークが設けられている。こちらはジオラマや解体品などを利用した展示が多い中、開業準備が進む国家鉄道博物館はその違いを「生きる博物館」と表現する。その違いはどこに見えるのか。今回のプレ公開でその姿が明らかになってきた。


展示された歴代車両(筆者撮影)

注目を集めた動態保存の日本製気動車

台北市は在来線の全線が地下化されており、地上で線路を見ることができる国家鉄道博物館はかつての風景を残す貴重なスポットだ。今回は、そんな構内を動態保存されている気動車が来場者を乗せて走った。400mを5分間かけゆっくりと走る光景は大きな注目の的となり、整理券は即完売した。

この気動車はDR2300と呼ばれ、前身は戦前の1935年に台湾総督府が購入したキハ300、キハ400と呼ばれるガソリンカーであり、国鉄キハ07形気動車をベースとした丸みのある前面形状が特徴の車両だった。戦後は、アメリカの支援でカミンズ製のディーゼルエンジンに付け替え、1990年代後半まで淡水線や新竹の内湾線など北部の支線を中心に活躍してきた。改造を経ているとはいえ、製造から88年近い車両が動態保存で残っているのは珍しいだろう。


前身は日本製の気動車DR2300。修復のうえ動態保存されている(筆者撮影)

今回、走行したのは同博物館に所蔵されている同系列2両のうちの1両で、これは1984年の3回目の改造時の姿に復元したものだ。残りの1両は1990年代の晩年の姿に復元を進めている。これは長きにわたって活躍した車両の時期による違いを比較してもらうことで、多くの世代に親しんでもらい、記憶を継承していきたいという狙いがある。また、1両目での整備の経験を反映させることでより修復の際のリスクの低減を図っている。

このほかにも、現地では動態保存されているアメリカのエレクトロ・モーティブ・ディーゼル製R20型ディーゼル機関車やイギリス製のWICKHAM 38と呼ばれる長官向けの工事現場視察車両といったマニアックな車両がパフォーマンスを行い、警笛の音が構内に響き渡る、操業当時のイメージを演出した。


アメリカ製のR20型機関車や、イギリス製の工事現場視察車両のWICKHAM 38工程貴賓車も走行した(筆者撮影)

台湾は客車やライセンス生産を除き、ほとんどの車両製造を海外メーカーに頼ってきた。日本製のほか、南アフリカや韓国、近頃はスイスのシュタッドラー製ディーゼル機関車を導入するなど、今も昔も多国籍だ。実際、博物館でも初代自強号と呼ばれたイギリス製のEMU100や初代の通勤電車であるEMU400を展示。車内も同時に開放され、日本製の客車を用いた食堂車や荷物車の車内では当時の様子を忠実に再現し公開した。

583系や「輸出車」までユニークな展示車種

注目すべきは、一見台湾とは関係ないと思われる車両まで展示していることだ。今回の展示会では表に出てこなかったものの、博物館は日本の国鉄が導入した寝台電車583系の中間車2両(モハネ582-106・モハネ583-106)をJR東日本から譲渡を受け、2017年に所蔵した。

その目的はどこにあるのだろうか。実は台湾でも日本統治時代から1983年にかけ、西部幹線を中心に寝台列車が運行され、中には583系のように下段が座席にも寝台にもなる可変式の車両も採用されていた。しかし、廃車の時点では政治体制などから文化遺産に対する理解が深まっていなかったこともあり、寝台客車は早期の木造車両1両を残し、1995年までに解体されてしまったのだ。そこで、同様の特徴を持つ車両を通じて記憶を再現すること、また、世界の名車両を展示することで、広い視点から鉄道の歴史を理解してもらうことを目的に所蔵を決めたという。


JR東日本から譲渡を受け、運び込まれる583系中間車(写真提供:洪致文)

その逆、つまり台湾製で海外に輸出された車両もある。今回の展示車両で異彩を放っていたのは「タイ語」が書かれた車両。1965年にタイ国鉄向けとして100両が台北機廠で製造された「BV.15000型」と呼ばれる車掌車だ。当時、台北機廠ではコスト削減や車両技術の向上を目的として自国製の非動力車両を製造しており、初めて海外に輸出したマイルストーン的な存在である。


台北機廠で製造されタイ国鉄に輸出された車掌車BV.15000型(筆者撮影)

まだ経済力が低く、輸入に頼っていた台湾の工業力の成長を表すものであるとともに、歴史や政治的に関係の深いタイと53万米ドルの交易額を生んだ、そのパートナーシップの象徴なのだ。すでに多くの車両が廃車となった中で、2018年にタイ国鉄の協力の元、車両を探し当て逆輸入する形で里帰りし、展示が実現した。

文化部はこのようなラインナップを単なる「点」の展示ではなく、それらを繋ぎ合わせた「線」と「面」の展示だと表現する。寄せ集めではなく、文化と融合したストーリーを持った車両を間近で見られること、自給自足の修復・整備力を持ち動態保存まで行うリアルさが他所では見られない点と言えよう。

「鉄道員の生活文化」を展示する

展示品目は鉄道車両そのものだけではない。台北機廠で働いていた鉄道員の生活も文化として展示されている。

目玉は大浴場だ。汗や油まみれの鉄道員の疲れを癒やしてきた施設は当時、福利厚生として最先端であった。天井や浴槽に円形を多く取り入れつつも、トラス形状を取り入れた更衣室や操業用ボイラーの余熱を利用した加熱システムなど、美しさと機能性を両立させたモダニズム建築は「台湾のローマ風呂」とも称され、評価が高い。実際、2000年に当施設内の建築物として最も早く市の遺跡に指定されるとともに、人気俳優のJay Chou(ジェイ・チョウ、周杰倫)や欧米の監督による映画やMVのロケ地ともなっている。


修復された台北機廠の大浴場(筆者撮影)

今回の展示に合わせ内装の修復が進められ、あえて当時の割れ目の残る床やロッカーを一部に残す工夫がなされたほか、蒸気を模した演出や、汚れた服、水滴の音を放つスピーカーを設置するなど、車両と同じく長い歴史の過程を再現した。実際に、訪れた元鉄道員の男性は「ああ、この音!」と驚きを隠しきれなかったという。

一方、正門を挟んで対面に位置する「総弁公室」はアールデコ調を取り入れた建築で、2階部分は1966年にモダニズム建築で増築した経緯があり、時代の変遷を分かりやすく観察することができる。修復にあたっては、1階部分の車寄せの設計図が見つからない、主任室の調度品が取り戻せない、バリアフリーへの対処などといった多くの課題がある中で進められた。今回は1階部分が開放され、前述のDR2300の原型のレプリカ、部品のほか、同車両を題材とした映画作品を紹介した。

台湾鉄道文化研究の第一人者に聞く

オープン後が期待できる結果となった今回のプレ公開だが、初めて大人数を収容する機会だったこともあり、課題や気になる点も見えてきた。筆者は公開終了後、国家鉄道博物館籌備所の初代主任を務め、台湾の鉄道文化研究の第一人者でもある台湾師範大学地理学科の洪致文教授に話を聞いた。


台湾師範大学地理学科の洪致文教授。台湾の鉄道文化研究の第一人者として知られる(筆者撮影)

――日本の鉄道関係の博物館では、完成後にスペースが足りず、新しく車両を所蔵できずに解体してしまうといった問題が起こっています。このようなケースにどう対処するのでしょうか。

日本の博物館は展示スペースが限られており、オープン当初のラインナップから変更することは難しい。一方、国家鉄道博物館は所蔵車両が70両前後なのに対し、大きな敷地を利用できるため30両ほどの予備空間を残している。さらに中央には入れ替えが可能な線路を残しており、それを運用する技術もあるので、動態保存車による乗車体験も実施予定だ。車両を搬入する際は、退役間近の車両を事前に把握し消滅の危機を防ぐと同時に、両数についても考慮し、所蔵後に一部を解体するといったことは行わないのがポリシーだ。また、展示を行うギャラリーと車両を保存するエリアに分け、テーマごとに入れ替えを行いメリハリのあるストーリー性のある展示を行えるのが魅力だ。

――展示車両については、座席の布地に穴が空くといったアクシデントも発生しました。車両や遺産に生で触れられるのは魅力であるものの、常時開放で予想されるトラブルの対策はあるのでしょうか。

今回の件は、ポケットに入れていた鍵が擦り付けられたなど、故意でない可能性が高い。気付かないうちに破損してしまうデリケートな箇所については、事前に注意を促していく。583系の内装などは修繕が難しい点もあるため、箇所によってはデッキからの見学に制限するなどしたい。また、動態車両の乗車体験などとセットで別料金とするなど、一定の制限は必要だ。

――今回は台湾鉄路管理局と共同で限定駅弁を製作、販売しましたが、これはオープン後も行う予定でしょうか。また、連日即完売となりましたが供給体制などは大丈夫なのでしょうか。

これはオープン後も実施予定。食堂車の中で駅弁や当時の食堂車のメニューを体験してもらいたいと考えている。実際、当時の食器のレプリカなどを製作できる技術もある。販売数については、基本的には前日にプレオーダーしてもらう形で進めることで、安定的に供給したい。また、商業施設が入る松山文創園区などリノベーションスポットと隣接しているので食事やショッピングはそちらにも足を運んでいただきたいというスタンスだ(実際、台湾の代表的駅弁である台鉄弁当は価格と味が支持され、平日でも開店前から行列ができ、人気メニューはすぐ売り切れてしまう)。


今回のイベントに合わせ、台鉄弁当とタイアップし製作されたオリジナル弁当(写真提供:国家鉄道博物館籌備所)

――日本統治時代の建築物や日本製車両も多く収蔵され、日本人観光客の興味も惹くと考えられますが、日本語向けの解説など多言語対応の予定はあるのでしょうか。

識別性の観点から案内ボードは基本的に中国語と英語での紹介を予定しているが、タイトルは多言語にするなど対応していきたい。また、QRコードを読み取っての解説や音声プログラムなどで補う工夫をしていきたいと考えている。

「オープンな施設」を目指す

博物館の周辺は、「台北101」をはじめとする高層ビルが立ち並び、台北のマンハッタンと呼ばれる信義エリアやたばこ工場をリノベーションしたスポット、台湾を代表するナイトマーケットでもある饒河街夜市などがいずれも徒歩圏内に立地し、観光客も訪れやすいエリアだ。付近の道路には廃止線の痕跡も見られ、新旧が混在する光景を味わえる魅力がある。


国家鉄道博物館となる台北機廠の敷地(写真提供:国家鉄道博物館籌備所)

博物館は6カ所のゲートを設け、周辺地域にオープンな空間を目指すとしている。現時点で車両を見学するには事前予約が必要で、観光客には少しハードルが高い施設だが、オープンまであと4年、どういったアップデートを重ね、より「生きた」姿を見せてくれるのか、期待が高まる。


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(小井関 遼太郎 : 東アジアライター)