オープニングセレモニーが開催された釜山シネマセンターのメインステージ。4400席が埋め尽くされた(写真提供:BIFF2023)

アジア最大級の映画祭『第28回釜山国際映画祭』が10月4日から13日まで10日間にわたって開催され、4劇場25スクリーンにて、世界69カ国から209本の招待作品(ワールドプレミア80本、インターナショナルプレミア7本)が上映された。

コロナ後の本格的な再開から2年目となった今年は、昨年と同じく会場規模は縮小開催されたものの、若い世代を中心に観客は戻り、会場周辺は熱気に満ち溢れていた。映画好きが多い、韓国らしい映画祭が戻っている。

コロナ禍で映画祭にも変化が

1996年から開催されている釜山国際映画祭。コロナ前の2019年までは、本映画祭発祥の地である南浦洞(ナンポドン)が会場となっていたが、3年ぶりの開催となった昨年と今年は、前夜祭と一部のローカル作品の上映があったのみ。作品上映やトークイベントなどが行われる映画祭会場は、釜山シネマセンターの周辺にコンパクトに集約された。また、かつて多様なイベントが実施され、開放的な空気感が人気だった、本映画祭の名物である海雲台(ヘウンデ)のビーチステージはなくなっていた。

コロナ禍の影響を受けたこの2年の縮小形式がこの先も続くのか、もしくは、かつての華やかで盛大な映画祭へ再び向かうのかは、まだ定かではない。しかし、エンターテインメントを国策として世界へ発信する韓国の名物映画祭が、縮小形式のままでいいとは、現地の映画業界関係者たちも思っていないだろう。

また今年は開催に至るまで、運営内部の内紛や、セクハラ疑惑などで、釜山国際映画祭運営組織トップの相次ぐ辞任もあった。混乱を経て開催された映画祭だったが、『パラサイト 半地下の家族』の主演で、世界的俳優のソン・ガンホが映画祭ホストとなり開催を盛り上げ、レッドカーペットにいちばんに現れると、セレモニー会場の入口に3時間半立ちっぱなしで全ゲストを出迎えた。


映画祭ホストを務めた国民的スターのソン・ガンホ(写真:BIFF2023提供)

ソン・ガンホのような世界的俳優に映画祭に参画してもらうことは、これまで以上に世界からの注目を集めることができ、映画祭の大きな成功に結びつく可能性も高まる。

2010年前後が全盛期だった本映画祭。かつての勢いを取り戻すべく、世界的スターの起用に加え、本映画祭愛に溢れ、映画界と政界および地元自治体との懸け橋となり、さらに経済界をもつなぐ、次なるトップが待たれるところだ。

日本映画にも熱視線

日本からも例年通り多くの新作が出品され、監督や出演者らが現地入りし、トークイベントや記者会見などに出席した。韓国でも人気が高い岩井俊二監督の作品や、カンヌ国際映画祭で2つの賞を受賞した、是枝裕和監督の『怪物』、故・坂本龍一氏のドキュメンタリー映画など、多くの日本映画が注目を集めた。

岩井俊二監督は、本映画祭に第1回から参加している。『リリイ・シュシュのすべて』や『Love Letter』は韓国でも大ヒットし、知名度は高い。今回は新作『キリエのうた』が招待され、広瀬すず、松村北斗、アイナ・ジ・エンドとともに映画祭ステージに立ち、大歓声を浴びた。


レッドカーペットに登場し歓声を受ける『キリエのうた』の岩井俊二監督、アイナ・ジ・エンド、松村北斗(写真:BIFF2023提供)

『第76回カンヌ国際映画祭』で脚本賞とクィア・パルム賞を受賞し、韓国関係者からの関心も高い『怪物』で招待された是枝裕和監督は、キャストの黒川想矢と柊木陽太とともに記者会見と公式上映後のトークイベントに登壇した。

『怪物』の公式上映は4400席のメイン会場のチケットが発売から数分で完売。本作への韓国での注目度の高さが示されたほか、記者会見では韓国人記者からの絶賛が相次ぎ、脚本の坂元裕二氏や音楽を担当した故・坂本龍一氏との共同制作に関する熱心な質問が飛び交った。


満席となったメイン会場のステージに公式上映後に登壇した『怪物』の是枝裕和監督、黒川想矢、柊木陽太(写真:BIFF2023提供)

その『怪物』の音楽を担当した、坂本龍一氏が生前最後に行ったピアノコンサートのモノクロ映像ドキュメンタリー『Ryuichi Sakamoto | Opus』の特別上映も2回行われたが、チケットは発売と同時に完売した。

そんななかで、多くの韓国の若者たちが集まったのが、原一男監督のマスタークラス(専門講義)だ。

伝説のドキュメンタリー『ゆきゆきて、神軍』(1987年)で韓国でも知られる原一男監督は、本映画祭ドキュメンタリー部門の審査員を務める。

会場となった300席を超えるKNNシアターは満席となり、3分の1ほどを20代と見られる若い層が占めた。2時間のイベントの最後30分の質疑応答で挙手をしたのは、全員が20〜30代の映画界の未来を担う世代。つねに10人以上が手を挙げる熱気に包まれたなか、原一男監督は熱心な若者たちの質問や意見に丁寧に答えていた。


伝説のドキュメンタリー監督・原一男氏のトークイベントには若い世代の観客が多く詰めかけた (写真:BIFF2023提供)

今年のコンペティションでは、ニューカレンツ部門に選出された『福田村事件』(森達也監督)が同部門の最優秀作品賞を受賞。映画祭最終日の授賞式に登壇した森監督は韓国上映への期待を語り、大きな拍手が送られた。

日本映画の人気に加え、特徴的だったのは、インドネシアの映画市場の熱気だ。映画祭と併催されたアジア最大のコンテンツマーケット『アジアコンテンツ&フィルムマーケット(ACFM)』のビジネスセッションでは、インドネシアにフォーカスするプログラムが複数組まれていた。

実はインドネシアは国を挙げてエンタメ産業に力を入れている。インドネシアの教育・文化・研究・技術省の担当者が出席したトークセッションでは、政府が2016年から映画産業を支援しており、この2年でスクリーン数が大きく増え、次の5年のビジョンに向けてさらに整備を進めていると述べた。

また、同国の映画プロデューサー、監督とともに、国内市場の拡充とともに国際共同制作に力を入れていくこともアピール。国の後ろ盾があることを含めて、まだ世界に知られていないインドネシア映画の国際配給や、制作アライアンスへの参画と出資を参加者たちに強く訴えた。

大ヒットが生まれず冷え込む韓国市場

一方開催国である、今年の韓国映画市場はどうだったのか。100億円超えのヒット作が続く日本市場とは対照的に明るい話題が少ない。

これまで韓国映画は『パラサイト 半地下の家族』の『第92アカデミー賞』作品賞、監督賞含む最多4部門受賞や『第72回カンヌ国際映画祭』パルム・ドール受賞といった世界的評価のほか、ドラマでは『愛の不時着』『梨泰院クラス』『イカゲーム』などが世界的ヒットとなり、韓国映像作品の人気と価値を世界レベルまで一気に引き上げていた。

ところが2〜3年経った今、それに続く世界規模のヒット作が生まれていない。とくに今年は韓国国内に目を向けると、前半で大ヒットしたのは1月公開の『THE FIRST SLAM DUNK』と3月公開の『すずめの戸締まり』という日本アニメのみ。

韓国映画で観客動員1000万人を超えた映画は、今年はまだ『犯罪都市3』の1本のみで、自国映画の大ヒットが出ないことに危機感を覚える関係者は多い。

そんな韓国映画不振の背景の1つには、作品内容のマンネリ化があるだろう。ここ最近では、中東で拉致された同胞の救出劇を描く作品がいくつもあったが、1つヒットすると似たようなテーマや題材の大作が次々と出てくるのが韓国映画界の特徴だ。そこに対して、マンネリ感を覚える、デジタルネイティブ世代の価値観の変化が表れているのかもしれない。

しかし、自国の映画市場が冷え切っているにもかかわらず、今年の釜山国際映画祭には若い世代を中心にした多くの観客が会場につめかけていた。

プレミア上映のチケットはほとんどが発売開始と同時に完売。ほかの上映作品でもソールドアウトが多く、上映はどこもほぼ満席だった。チケットブースにはキャンセル席の表示を見に来る観客の姿が目立ち、映画祭はコロナ前を思わせるほどの盛況ぶりだった。

韓国はもともと映画好きが多い

今回の盛況ぶりには、もともと韓国には映画好きが多い、といった背景もあるのだろう。世界の映画祭で評価された新作や韓国公開未定の有名外国監督の新作、国内公開前の話題作を見るために映画祭に足を運ぶ。そこに新しいなにかを求めているから。映画に対する健全なモチベーションはしっかりと働いていることがわかる。

韓国でも日本と同様に、ティーンをはじめとする若年層の映像コンテンツの視聴スタイルや接触するメディアの変化があると言われている。ただ、韓国では若者たちにも映画を見る文化が強く根付いていることが、今回の映画祭から感じられた。そしてそこには、先に述べたように日本映画へのニーズもしっかりと存在している。

振り返って日本市場を見ると、100億円超えの大ヒットが生まれてはいるものの、アニメの大作のヒットばかりが目立っている。有名監督の作品でさえ大ヒットにはつながらず、独立系の小規模作品では、製作資金を集めるのが難しいのが現状だ。

であれば、韓国との共同制作に軸足を移してみるのも1つの手法かもしれない。『第75回カンヌ国際映画祭』でソン・ガンホが男優賞を受賞した是枝裕和監督の『ベイビー・ブローカー』は韓国映画であり、すでにそういった動きもある。

復興しつつある釜山国際映画祭の熱気と、日本映画への関心と評価の大きさを見ると、日本映画の未来の発展のためには、韓国映画界とのつながりをより強めていくことが1つの手法としてあるのではないか。イチ映画ファンとしては、そうすることで、日本映画界も今まで以上にヒットを生み出すことができるのではないかと感じている。

(武井 保之 : ライター)