イギリス・シェルの2023年株主総会で抗議する環境活動家(ロイター/アフロ)

脱炭素化の取り組みの一環として、二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの排出量を、カーボンクレジット(排出削減枠)によってオフセット(相殺)するビジネスが広がっている。

たとえば天然ガスの採掘から燃焼に至るまでの過程で発生する温室効果ガスを、新興国などでの森林保全で生み出したカーボンクレジットで相殺することにより、「カーボンニュートラルLNG(液化天然ガス)」として売り出す都市ガス会社が多くある。

そもそもカーボンクレジットとは、ある企業が温室効果ガスの排出量を削減するためのプロジェクトに投資し、そこでの削減量を、別の企業が対価を払って購入する仕組みだ。カーボンクレジットにはボイラーの更新などによる省エネルギーや太陽光発電設備の導入による再生可能エネルギー、森林管理などによるCO2吸収のクレジットなどがある。

新たな設備投資など自らの努力でCO2を削減するよりも、クレジットを購入して削減量としてカウントするほうが安価で手軽であることも多いため、人気となっている。しかしながら、使い方によっては、国際社会ではグリーンウォッシュ(偽の環境配慮)として批判されるリスクもつきまとう。

せっかくお金をかけて環境配慮をしたつもりなのに、偽物だと批判されては元も子もない。では、どんなことに気をつければよいのだろうか。そのカギは科学的根拠に基づいて考えることにある。

世界ではグリーンウォッシュに厳しい目

日本では、CO2ネットゼロやカーボンニュートラル製品などの宣伝や表示について今のところ直接の規制はない。しかし、世界では、企業の広告や主張に目が注がれ、グリーンウォッシュをめぐって訴訟も相次ぐようになっている。


世界で急増するグリーンウォッシュ訴訟。当初はアメリカで多かったが、次第にほかの地域にも広がっている。

欧米では企業の「カーボンニュートラル」や「カーボンオフセット」に対して、科学的根拠などを厳しく問い、罰金を課すといった法規制が整備されつつある。他方、日本ではルールがなく、社会の監視も緩いのが実情だ。しかし、海外で訴えられるケースがあるうえ、国内でも気候訴訟を提起している海外環境保護団体の日本支部も立ち上がる予定だ。国内でも安易な宣言は、グリーンウォッシュだと批判されるリスクを覚悟する必要がある。

なぜカーボンオフセットは、かくも厳しい目を向けられるのだろうか。

繰り返しになるが、そもそもカーボンクレジットとは、温室効果ガスの排出量を削減するためのプロジェクトから生まれた削減量を自ら削減した、とみなしてもらうために購入する。


すなわち、削減できた分は別の企業の排出と相殺されるので、地球全体で見た場合には削減にならない。しかも、本当に削減したのかどうかが怪しい民間クレジットが多く流通しているのが現状だ。そういったクレジットを大量に購入する一方、自らの排出削減努力を怠ったのであれば、世界の削減努力に水を差し、むしろ害を及ぼしてしまう。

パリ協定に基づき科学的な根拠で考えよう

カーボンクレジット取引はパリ協定第6条で正式に定められている「市場メカニズム」の一つであり、それを利用する場合に適正なやりとりをしなければならないことは言うまでもない。

そのためにも、まずはパリ協定の成り立ちを科学的な観点から理解する必要がある。

地球の気温上昇をパリ協定の事実上の長期目標である1.5度に抑えるためには、CO2排出量を2050年に向かって着実に削減してゼロ(=カーボンニュートラル)にしていかねばならない。


CO2は安定したガスなので、いったん大気中に排出されると海洋や森林に吸収されない限り、大気中に蓄積していく。地球の平均気温は大気中の温室効果ガスの濃度にほぼ比例して上がり、1.5度に抑えるためには、今後、環境保護の面では排出が許容される量には限りがある。これを「炭素予算」(カーボンバジェット)と呼ぶ(次ページ図3)。

世界が現在のような大量排出を続けるならば、1.5度に抑えるための炭素予算は今後約7年で使い切ってしまう。すなわち、まずは2030年までに化石燃料に依存した産業活動や暮らしをがらっと変え、温室効果ガスを半減できるかが地球の未来を決めるのだ。

この科学的な現実を前に、地球全体で見ると、削減につながらない質の悪いカーボンクレジットによるオフセットは、2030年に向かってはむしろ害になる。だからこそ、クレジットに対して厳しい目が注がれるのだ。

クレジットの中でも、CO2を吸収する森林由来のクレジットが日本企業に人気だが、これを自らの化石燃料エネルギー由来の排出量のオフセットに使うことは最も批判を受けやすい。

なぜなら、熱帯雨林の破壊を減少させるクレジットにしても新規植林クレジットにしても、それらは化石燃料からのCO2排出の削減にはまったくつながらないからだ。


国連のグテーレス事務局長が主導する専門家グループは2022年11月に、温室効果ガス排出ネットゼロを掲げる企業が守るべき10の条件を提示した。その中の1つとして、2030年などの短中期の目標達成にはクレジットによるオフセットは使うべきではないと明言している。この考え方は国際的なスタンダードなのだ。

真の脱炭素の取り組みは自ら半減させること

それでは企業は真の脱炭素の取り組みをどのように進めるべきか。企業はまず省エネルギーの推進や再生可能エネルギーなどへの転換によって、2030年に向かって自らの努力で排出量を科学的に半減させていくことが一丁目一番地である。

特に温室効果ガスの約90%が化石燃料エネルギー由来である日本においては、エネルギー由来の排出量を半減させていくことが、パリ協定に最も沿った取り組みとなる。森林由来のクレジットでごまかしてはいけないのだ。

欧米のグリーンウォッシュ規制も、国連のネットゼロ提言をはじめとする脱炭素の国際イニシアティブも、要求していることは基本的に同じ。まずは科学に基づいて、自らの排出を自助努力で2030年までに半減することである。

その際に重要なのは、自社の事業活動や使う電気などからの直接の排出にとどまらず、製造した製品の排出なども、自らの排出削減の責任に含まれることだ。

「GHGプロトコル」という国際的な分類基準で、スコープ1と呼ばれる事業活動で直接排出する温室効果ガスの排出量に加えて、自社が使う電気や熱からのスコープ2の排出量も含めて削減するのは当然だ。さらにスコープ3と呼ばれる材料などを調達する際や従業員の通勤時、製造した製品からの排出量なども、バリューチェーン内の関連企業と協力しながら自ら削減する必要がある。

すなわち、カーボンクレジットを用いて排出削減したとみなして「カーボンニュートラル製品」として売り出すことは、欧米では厳しく科学的根拠を問われることになる。結局のところ、自らの努力で2030年に向かってはまず半減していくという姿勢が最も重要で、それをせずにクレジットによるオフセットを含めてどんな環境行動を打ち出しても、グリーンウォッシュだと批判されることになる。

しかし産業ごとにCO2削減のしやすさは異なるために、どのようにすればパリ協定に沿った脱炭素の取り組みであると社会から認めてもらえるか、頭を抱える企業も多いだろう。

国際スタンダードをしっかり学んで行動しよう

そんな時に助けになるのが、パリ協定に沿った科学的な目標を立てて行動していると認証を受けることができる国際イニシアティブである。その代表が、国連グローバルコンパクトやCDP、WRI、WWFなどの国際環境NGOが事務局を務めるSBTi(Science Based Targets Initiative:科学に沿った目標設定イニシアティブ)だ。

パリ協定が採択された2015年に始まったSBTiは、その価値を認めた環境省が日本企業のSBTi認定を支援する補助事業を始め、多くの日本の先進企業が取り組んだ。認定企業の数は年々増加して、2022年には認定を受けた企業数で日本が断トツの世界1位になったほどだ。

SBTiは、前述した国連のネットゼロ提言でも他の脱炭素の国際イニシアティブでも、企業がネットゼロを標榜するときの第1の前提条件となっている。必ずしも認定を取得しなくてもよいが、少なくともSBTiに沿った取り組みが求められる。そのSBTiでは、2030年などの短中期の目標達成では、当然ながらカーボンクレジットによるオフセットは削減量としてのカウントは認められていない。

では、カーボンクレジットをはじめとするカーボン取引はまったく意味がないのかと言えば、そうではない。パリ協定の第6条に沿って、真に削減につながる高い品質のクレジットは世の中に存在する。しかし高品質なクレジットを見極めることは容易ではない。

後編(2023年10月20日配信予定)ではカーボンクレジットをめぐる国際イニシアティブの最新動向をお伝えします。

(小西 雅子 : WWFジャパン 専門ディレクター)