10月10日、ブッキングドットコムは支払い遅延に対するお詫び文をHPに掲載した(写真:編集部)

オンライン旅行予約サイト(OTA)世界最大手、Booking.com(ブッキングドットコム)の「入金遅延問題」に複数の宿泊施設のオーナーが怒りの声を上げている。

ブッキングドットコムでは、システム更新に伴い今年6月から一部の宿泊施設への入金遅延が相次いでいる。これにより経営の打撃を受けている宿泊施設が、オランダのブッキングドットコムと日本法人であるブッキングドットコムジャパンを相手取り、近く集団提訴を起こすというのだ。

10月20日にも集団提訴に踏み切る

宿泊施設側の代理人である加藤博太郎弁護士によれば、10月19日を期日として、ブッキングドットコム側に遅延金の支払いを求めている。解消されなければ、10月20日にも集団提訴に踏み切る。10軒以上が名を連ね、被害総額は最低でも数千万円になる見込みだ。

岐阜県や奈良県などで複数の宿泊施設を運営している風屋グループの松尾政彦代表も集団提訴の原告の1人として名を連ねる予定だ。

同社が運営する施設の一部では、予約の9割以上をブッキングドットコムに依存している。9月分の売り上げ600万円が計上されているにもかかわらず、ブッキングドットコムからの入金はない。

松尾氏の頭を悩ませているのが、年金事務所とのやりとりだ。年金事務所に事情を説明しているものの、理解はされず、「支払ってもらえないのであれば、(土地や施設などを)差し押さえる」という旨の連絡があったそうだ。こうした支払い遅延への圧力をストレスに感じ、閉館を決めた宿泊施設もあるという。

「私は賠償金がほしいわけではない。提訴を通じて、ブッキングドットコムがわれわれのような小さな宿泊施設にも支えられていることを知ってほしい」と松尾氏は訴える。


岐阜県や奈良県などで複数の宿泊施設を運営している風屋グループ。一部施設は予約の9割以上をブッキングドットコムに依存しているが、入金が行われていない(写真:風屋グループ)

ブッキングドットコムによる宿泊料金の支払い遅延が始まったのは、今年の6月から。引き金となったのは、アムステルダム(オランダ)の本社で行われた決済システムの更新だ。

会社側の説明によれば、現在ではシステム改修は終了しており、「大半の支払いは再開されたが、予期せぬ技術的な問題のため一部には遅れが生じているのは事実」と認めている。

中小規模の旅館は財務基盤が脆弱

システム改修は終わっているのに、なぜ宿泊料金の入金処理がここまで長引いているのか。その原因として、「海外と日本の銀行間送金でエラー」が発生していることや、「登録している(宿泊施設の)銀行口座の照合に時間がかかる」ことを同社は挙げている。

入金の遅延となると経営難が想起されるが、「財政困難は発生していない」と説明する。実際、ブッキングドットコムを運営するブッキングホールディングスの決算資料を見ると、2023年6月末の現預金は146億ドル(約2兆1900億円)と潤沢で、1〜6月の業績も売上高は92億ドル(約1兆3850億円)、純利益は15億ドル(約2300億円)と業績も好調だ。

一方、入金遅延により大きな打撃を受けているのが、ブッキングドットコムからの予約比率が高い国内の零細宿泊施設だ。中小規模の旅館などは大手ホテルと比較すると財務基盤が脆弱で、月々の入金が遅れるだけで資金繰り悪化に直結しかねない。

前出の松尾氏は、「ブッキングドットコムからの支払い遅延によって、従業員への給与や(食品やアメニティなど)仕入れ業者への支払いが遅れている宿泊施設もある」と語る。

現在、松尾氏が最も不満を持っているのは、ブッキングドットコム側の対応だ。入金遅延について松尾氏は、8月以降ブッキングドットコムのサポートセンターに連絡しているが、「財務部に問い合わせる」と返事があったのみだった。

その後、支払いの遅延についてブッキングドットコム側へ内容証明郵便を送付すると、大阪の担当者から「直接会って、事情の説明とお詫びをしたい」と連絡があったという。だがこれも先方の都合によりオンラインへと変更になった。

「支払いの遅延が発生しているのであれば、担当の取締役や社長などが宿泊施設側へ事情の説明と謝罪をするべき」と松尾氏は憤慨する。

ブッキングドットコムに頼らざるを得ない事情

これほどの入金遅延が起きているブッキングドットコムだが、これを機に宿泊施設の離反が起きるかというと、話はそう簡単ではない。「ブッキングドットコムの予約比率は他の海外OTAと比べても高く、集客力も高い」。インバウンドに特化したホテル関係者はこう指摘する。

自社HPからインバウンド集客を募るには、海外でのPR活動などが必要になる。だが、中小宿泊施設にそうした宣伝活動を行う余力や資金はなく、ブッキングドットコムに頼らざるを得ないというのが現状だ。コロナ禍が一巡し、インバウンドの回復が続く中、ブッキングドットコムの存在感はさらに高まっていくことも考えられる。

「われわれのような宿泊施設があってこそ、ブッキングドットコムの競争優位性がある。今回の件を通じてより良い協力関係を築けるようにしたい。それが提訴で得られる一番の利益だと思う」。松尾氏はそう思いを打ち明ける。

ブッキングドットコムはこうした声に耳を傾ける必要がある。

(星出 遼平 : 東洋経済 記者)