「學美・美學」によってリニューアルした小学校の食育用空間(写真提供:台湾デザイン研究院)

デザインを重要な国策として位置づけている台湾。その策定のサポートや、政府各所や企業とデザイナーのマッチングを行っているのが、政府関連機構の「台湾デザイン研究院」です。

今回は台湾デザイン研究院で院長を務める張基義氏に、台湾デザインの潮流やデザイン研究院が推進する施策、そして今後の展望をお聞きしました。

政府関連機構「台湾デザイン研究院」の成り立ち

──デザイン研究院について、成り立ちも含めて教えてください。

台湾には、総統直轄の「中華文化總會(GACC)」、文化部(文化庁に相当)直轄でコンテンツ産業を担う「文化內容策進院(TAICCA)」など、文化関連の政府関連組織がいくつもありますが、私たち「台湾デザイン研究院(TDRI)」は、経済部(経済産業省に相当)に所属し、グラフィックや空間、展覧会やアワードなど、デザイン領域を広くカバーしています。

経済部に所属しているのは、台湾のデザインが主に主力産業の製造業とともに発展してきたという背景があるからです。台湾の製造業は、昔から OEM・ODMなどの受託生産をメインにしてきましたが、近年では2代目、3代目へと代替わりし、工場やメーカー自らがブランドを持つことが多くなってきました。

そうした背景から、2003年にデザイン振興組織として設立されたのが、前身となる「台湾デザインセンター」です。2020年に院へと昇格し、人数や体制を強化して、国策策定のサポートなどの業務を行うようになりました。現在の主なミッションは、公共サービスのイノベーション、民間事業のイノベーション、デザインを社会に反映するソーシャルデザイン、そしてデザインによる外交の4つです。


「松山カルチャー・クリエイティブパーク」内にオフィスをかまえるデザイン研究院(撮影:Jimmy Yang)

──「これまで政府案件はやりたくないと思っていたけれど、デザイン研究院が間に入ってくれるようになってから、参加するようになった」というデザイナーも多いです。

私たちも以前は商品やブランドの価値を高めることにフォーカスしていましたが、院に昇格してからは、自分たちがクライアントとデザイナーたちとをつなぐプラットフォームになり、テクノロジーやビジネス戦略、法律など、さまざまな領域を超えて協業しながら「価値を創造すること」がミッションになりました。

台湾でデザインが重視されるようになった要因

──どうして台湾ではデザインが重視されるようになったのでしょうか?


台湾デザイン研究院 院長張基義(チャン・ジーイー)1992年オハイオ州立大学にて建築学修士号を取得後、1994年にハーバード大学デザイン学部にてデザイン修士号を取得。現在は台湾デザイン研究院院長の傍ら、台湾の交通大学総務長及び建築研究所所長兼教授、世界デザイン機構(WDO)理事(2期目)を務める。過去の主な経歴に、台東県副知事兼文化所所長がある(撮影:Jimmy Yang)

シニア世代は自分たちが競争社会の中で生き残ること、稼ぐことを重視してきましたが、今の若い世代は自分たちの生活や、公共に対する関心が非常に高いというのも1つの要因でしょう。政府機関も、企業やブランドも、デザインを取り入れることで彼らにアピールすることができます。今では公務員たちの中にもデザイン思考が浸透してきました。

台湾の総統府が主催し、デジタル大臣のオードリー・タンさんが招集人を務める「総統杯ハッカソン」でも、5回目となる2022年度にCIを作ろうという提案をさせていただき、実現しました。表彰式典で総統が手渡すトロフィーも、黒一色にしたんですよ。この影響は大きいです。各省庁も、「総統府がこんなふうにするのなら、自分たちにもできる」と思ったことでしょう。

──本当にたくさんのプロジェクトを手掛けられていますが、いくつか日本に向けてご紹介いただけますか。

まず、日本から反響をいただくことが多いのは「學美・美學 キャンパス美学デザイン実践計画」です。公募で選ばれた小・中・高、専門学校のキャンパスをデザイナーたちとともにリノベーションするもので、2019年から始めて2022年末までに台湾全土におよそ80校ほどが完了する予定です。教室、食事場所、廊下、施設サイン、清掃道具の収納や外壁、電線など、その対象はさまざまです。

1校あたりの予算が100万元以下で実施できる小規模なプロジェクトでありながら、教育という未来への投資効果が大きく期待できるため非常に好評で、毎年20校ほどの公募枠に、200を超える学校からのエントリーがあります。デザイナーが母校や地元の学校を手掛ける事例も増え、手応えを感じています。

もう1つが、司法院をクライアントにした、法廷の空間デザインです。台湾では2023年1月から日本の裁判員制度に相当する「国民法官制度」が開始される予定で、それに合わせて離島を含む22カ所の法廷調査を行い、新北、南投、高雄という3カ所の法廷のリニューアルを実施しました。圧迫感のない、温もりのある、明るくインクルーシブな法廷の空間デザインを、ここから全台湾に広げていきたいと思っています。

そして、選挙へのデザインの導入です。公民投票(2021年)、統一地方選挙(2022年)、総統選挙(2024年)と、規模の異なる投票現場における会場動線や掲示物、投票用紙や選挙啓蒙コンテンツ等のリデザインを実施していきます。


2021年に公民投票の手引きをリニューアル(写真提供:台湾デザイン研究院)

一般民衆向けにもデザイン関連書籍の図書館を設立

一般民衆向けの日常的なところだと、私たちのオフィスがある「松山カルチャー・クリエイティブパーク」に設置した「不只是圖書館 Not Just Library」ですね。


「不只是圖書館 Not Just Library」は一般の方も入場可能(写真提供:台湾デザイン研究院)

このエリアはもともと日本統治時代にたばこ工場だった場所で、現在は市定古跡に指定されています。なかでも当時、大浴場だった場所をリノベーションして、デザイン関連書籍の図書館にしました。

国内外で発行される100種類以上の雑誌、2万冊以上の蔵書が閲覧できます。貸切イベントも頻繁に開催されており、文化の発信基地のような存在になっています。図書館は海外からのゲストにもご利用いただけますので、ぜひ足をお運びください(利用は有料、一般100元)。

──プロジェクトの多くはデザイン研究院から提案されているそうですが、どのように目標設定されているのでしょうか?

もちろん、参加人数やメディアでの報道量といった影響力など、基本的なKPIは設定しますが、より重視しているのはOKRですね。目標としている方向性に即した結果がどれくらい残せたかを大切にしています。なかには数値化できないものもありますが、教育現場へのデザインの導入など、未来へのカギとなるようなものもあります。法廷の空間デザインのように、作ったものをこれから台湾全土へと広めていけることも大切にしています。

──コピーできるようにモジュール化しているのですね。

法廷の空間デザインのほかにも、保健所の空間デザイン、消化器など消防設備のデザインも実施していますが、それらはさまざまなデザイン資料(ガイドラインや指定フォントデータも含む)をオープンソース化してインターネット上で誰でもダウンロードできるようにしています。こうすることで、例えば消化器の製造業者はこのデザイン資料に従って新しいデザインの消化器を生産することができるので、導入コストが低く済みます。こうすることで、新しいデザインをスピーディーに社会に広げることができるというわけです。


消化器ラベルのデザインガイドライン(写真提供:台湾デザイン研究院)

「台湾デザインのいま」を表す3つのキーワード

──「台湾デザインのいま」について、キーワードを挙げるとすれば、どのようなものがありますか。

3つあると思っています。まず、台湾のデザインは今とてもチャンスに恵まれているということです。多様性に満ちて、イノベーションが歓迎される台湾の環境は、デザインにとって追い風です。

次に、サステナブルです。島国である台湾は社会の環境に対する意識が非常に高く、デザイン業界がサステナブルについて理解し、デザインに取り入れています。台湾のスタートアップ企業「Miniwiz」によって開発された世界初のオフグリッド型廃棄物リサイクルシステム「Trashpresso(トラッシュプレッソ)」が2021年度の「World Design Impact Prize」でグランプリを受賞するなど、世界からも高く評価されています。

最後に、台湾の公務組織は変化に対して柔軟であることが挙げられます。公共政策などにデザインが取り入れられ、そのことに対してFacebookやInstagramなどで寄せられる民衆からのフィードバックが、公務員たちにとって励みになっているのです。

──その中でデザイン研究院は中心的な役割を担っていますね。

やりたいことはたくさんありますし、優秀な人材が集まってきてくれています。

今年のインターン生の募集には、26名の枠に国内外から800人以上の申し込みがありました。うちは週5日のうち2日はオフィスに出勤しなくてもよい制度を採用しているので、そんな働き方が支持されているのかもしれません。小さい子どもがいるスタッフも、仕事とのバランスを取りながら働くことができるので、メリットを感じてくれているようです。

これまでオフィスとは仕事をするための場所でしたが、今は共同学習など、意味が変わってきましたね。コロナ前にオフィスのインターネット速度を強化したので、オフィスからライブ配信もできます。

メンバーは全体で180名程度、来年には200名にもなろうとしています。スタッフの半分はデザインのバックグラウンドがありますが、半分は法律やビジネス、テック系の出身です。院に昇格したタイミングで、組織内に研究開発部門を設けました。

今年の11月にスペインで開催される「世界デザイン首都(WDC)」では、都市におけるデザイン・インデックス(Design Index)についての研究成果を発表したいと考えています。デザインの効果を指標化し、予算と効果を測ることのできる指標があれば、ますます公務体系への提案もしやすくなりますし、公務体系側も予算の投下がしやすくなります。

世界には幸福度ランキングがありますが、そのランキング上位の都市は、デザインの競争力があるということを伝えていきたいですし、デザイン・インデックスで定義したいと考えています。

都市にデザインが入っていくプロジェクトが開始

──予定している注目のプロジェクトについて教えてください。


「都市美学」ですね。2023年からは複数の都市で数千万元規模のプロジェクトが始まります。都市における公共サービス、空間デザイン、設備など、さまざまなところにデザインが入っていきます。「デザイン力が台湾を変える」を体現したプロジェクトになるはずです。

──大きな舞台がたくさん用意されていますね。デザイナーの育成やチャンスを公平に与えるという点で、どのような取り組みをされていますか。

デザイン研究院では、さまざまなコンテストやアワードを主催しています。なかには学生向けのものもあり、入賞した学生には賞金の授与があります。新人もキャリアのあるデザイナーも挑戦できる「金點設計獎 Golden Pin Design Award」という権威あるアワードも主催しており、受賞したデザイナーには、政府や企業の案件を紹介するなどしています。

さらに、案件で経験と実績を積んだデザイナーには、私たちが参加する海外のデザイン展などに作品を出展してもらい、グローバルを舞台にキャリアを積んでもらえるようサポートしています。

──政府関連組織がデザイナーをサポートしているのですね。

アジアにはほかにも韓国の「Korea Institute of Design Promotion(KIDP)」がありますし、タイも中央政府がデザインとテクノロジーを重視しています。シンガポールも、公務員のデザイン思考を重視しています。日本はすでにデザイン業界が民間でしっかり発展していますが、台湾はここから世界に追いつかなければなりません。日本には駐在員も派遣してありますし、積極的に交流していきたいと思っています。

(取材実施日:2022年10月13日)

台湾デザイン研究院:https://www.tdri.org.tw/
日本語情報:https://www.facebook.com/TDRI.Japan

(近藤 弥生子 : ノンフィクションライター)