国内での新車販売台数で2年連続トップ、軽自動車に絞れば8年連続で日本一の「N-BOX」。ホンダにとっては国内販売の4割弱を占める大黒柱といえる(写真:ホンダ)

「No.1を今回のモデルでも取れると自信を持っている」

国内自動車市場で最も人気があるモデルがフルモデルチェンジした。ホンダは10月6日、軽自動車「N-BOX」の新型車を発売した。全面改良は6年ぶりで、今回が3代目となる。

N-BOXは2023年3月期(2022年4月〜2023年3月)の国内の新車販売で、唯一20万台(20万4734台)を超え、2年連続でトップとなった。軽自動車に絞れば、8年連続で販売台数日本一。ホンダにとっては国内販売の4割弱を占める、まさに大黒柱といえる。

人気の理由は圧倒的な商品力にある。内装デザインの高級感は軽の中で群を抜き、カスタムやオプションの選択肢も幅広い。高速道路でも十分な走力性能と低燃費を両立し、操縦の安定性も高い評価を受けている。近年人気のスーパーハイトワゴンの中で車室空間が特に広いことも、30代の主婦層などを中心に根強い支持を集めてきた。

「売れなきゃ困る」という現場の声

今回のモデルチェンジではそうしたN-BOXの魅力をそのまま踏襲した、いわゆる“キープコンセプト“。他方、車載通信機能を持つ「ホンダコネクト」をホンダの軽として初めて採用。すべてのグレードに安全運転支援技術を標準装備するなど、新技術も充実させた。

「(国内市場において)N-BOXは重要な柱の1つだ。先行公開も含めて大変好評をいただいており、手応えを感じている」。日本統括部の高倉記行統括部長はそう自信を示す。

販売店からも「受注台数も手堅い水準で推移している。先代N-BOXの良さを引き継いでおり、期待というより売れなきゃ困る」 (関東圏の販売会社幹部)、「我々の販売台数で5割を占めるモデル、しっかり売っていきたい」 (中部圏の販売会社幹部)と強気の声が多く上がる。

一方、今回のモデルチェンジではN-BOXのEV(電気自動車)版の投入はなされなかった。

ホンダは2040年までに日本も含めた世界で売る新車をすべてEVか燃料電池車(FCV)にする目標を掲げている。中国やアメリカでは昨年以降、新型EVの投入が本格化している。


軽商用車「N-VAN」ベースのEVを2024年春に投入する予定(写真:ホンダ)

国内独自規格である軽自動車についても、2024年春に軽商用車「N-VAN」ベースのEVを投入。さらに2025年にはハイトワゴン「N-ONE」ベースのEVも投入する予定だ。ただ、本命のN-BOXのEVモデル投入について、現状、ホンダが対外的に明示しているものはなく、「しっかりと検討したい」(高倉部長)というにとどまっている。

同じ軽EVでは、日産自動車と三菱自動車が共同開発し販売する軽EV(日産の販売車種名「SAKURA」、三菱自の販売車種名「eKクロスEV」)がいずれも計画以上の販売台数を記録し、市場での存在感を示している。にもかかわらず、N-BOXでEV化に踏み切らないのはなぜなのか。

EV化すれば大幅値上げは避けられない

背景にはEVの特性とN-BOXならではの事情がある。EVは生産コストがガソリン車に比べてかさみやすい。特に動力源となる電池は希少金属を多く使い、EVの生産コストのうち3割を占めるとされる。

N-BOXの戦う市場ではダイハツ工業やスズキといった同じ軽のスーパーハイト系に加えて、トヨタ自動車や日産が主力車種を投入しているコンパクトカーとも競合する。性能面に加えて価格も重要な要素で、EVにすることで車両価格が跳ね上がれば商品競争力が失われかねない。

実際、3代目N-BOXは安全装備の充実に加えて、原材料高騰の影響があったものの同等グレードで2万5000円〜5万円の値上げに抑えた。国内の乗用車メーカーが10万円以上の値上げに踏み切るケースもある中で、N-BOX商品企画担当の廣瀬紀仁氏は「かなり無理をしたギリギリの値段設定」と打ち明ける。

ホンダによるとN-BOXに乗る顧客の4割はファーストカーとして利用している。一方の日産・三菱の軽EVがターゲットとするのは駅への送迎や買い物、通勤といった走行距離が限られるセカンドカー利用のユーザー。こうして搭載する電池の容量を抑制することで、200万円台前半の販売価格を実現している。

N-BOXをEVにする場合はファーストカーとしてより長い航続距離が求められ、電池の容量も増やさなければならない。が、その分だけ価格の上昇に直結する。EVにしたくても簡単にはできない実態が浮かび上がる。

EVどころか、ハイブリッド車(HV)とすることも難しい。N-BOXはエンジンのみでの加速性能の高さにも定評がある。ライバルの軽メーカーはマイルドハイブリッド車(MHV)と呼ぶ、発進時などに限ってモーターが補助駆動することで加速性能を高める機能を導入しているが、「(そもそも加速性能に優れているため)N-BOXでは導入するメリットがない」(廣瀬氏)。

トヨタの「プリウス」をはじめとした登録車が多く採用しているストロングHVの場合、大型の電池やモーターをエンジンと合わせて搭載するため、N-BOXの売りである車室空間の余裕が失われてしまう。

国内最量販車ゆえに失敗はできない

N-BOXが大ヒットしているという事実もEV化を躊躇わせる要因になっている。新車販売におけるEV比率は2%弱(2022年)しかない日本で、EV版のN-BOXを出す意義を見いだしにくい。国内最量販車がゆえにホンダとしても失敗できないため、冒険はしにくいというわけだ。

あるホンダ系販売会社幹部は「商用EVや台数が限られる車種で市場の反応を探りたいのではないか」と指摘する。 N-VANやN-ONEで先にEVモデルを投入するのも、顧客の動向をつかむための先陣としての役割があるとみられる。

ホンダ内部では、N-BOXベースのEVモデルについて2020年代後半に投入する計画が存在する。商品力を維持したうえで、EVとしての性能をどう確保するのか。一歩間違えると不動の地位が揺るぎかねない。ベストセラーカーのEV化はホンダにとって大きな宿題となりそうだ。

(横山 隼也 : 東洋経済 記者)