日本では労働基準法第39条に基づき一定の要件を満たしたすべての労働者に対して年次休暇が付与されます。イギリスやフランスなど各国も同様に採用している有給休暇という制度ですが、先進国では唯一アメリカのみが有給休暇という制度を法的に定めていません。アメリカでの有給休暇にまつわる考え方や歴史について、Vox Mediaのブリジット・シュルテ氏が解説しています。

New York’s paid time off bill would be a first in the US - Vox

https://www.vox.com/policy-and-politics/2019/12/24/21035628/new-york-paid-time-off

No Vacation Nation Revised - no-vacation-nation-2019-05.pdf

(PDFファイル)https://cepr.net/images/stories/reports/no-vacation-nation-2019-05.pdf

アメリカはインドやパキスタン、パプアニューギニアなどと同じく、労働者に年次有給休暇を保証する国策がない数少ない国のひとつとして知られています。有給休暇のように労働者に提供される手当はすべて雇用主の裁量に任されており、提供される場合の平均日数は約14日だとのこと。シュルテ氏は「この日数は先進国の中では世界的に見ても低い方」と指摘しています。

有給休暇が提供される人はともかくとして、アメリカ人労働者の20%近くはまったく有給休暇がないのが実情だとのこと。労働者に有給休暇を与えるための運動が行われることもままあるアメリカですが、それと同じくらい、有給休暇を与えることに反対する意思も根強く残っているそうです。



1910年、ウィリアム・タフト大統領は「休暇はもはや富裕層だけのものであってはならない」と提案し、活力を持って仕事を続けられるよう、すべての人が毎年3ヶ月間「仕事を離れる権利」を持つべきだと提案しました。

しかし、当時は他国で有給休暇が普及し始めた時期であったにもかかわらず、タフトの休暇案はどこにも受け入れられませんでした。アメリカのビジネスリーダーたちは政府の干渉に反対し、驚くべきことに労働者側に立つアメリカ労働総同盟ですら反対の意を示していたとのこと。

当時、労働指導者たちは独立自給の農耕民族の伝統に染まっており、労働組合は病気、失業、高齢化、介護などの経済的リスクを乗り切るための十分な高賃金を確保することに重点を置いていて、有給休暇や退職貯蓄制度、健康保険などは、アメリカ労働総同盟のサミュエル・ゴンパース会長いわく「精神の自立を弱めるものでしかない」という位置づけだったそうです。



しかし、1930年代に起こった世界恐慌がそれを一変させてしまいます。不況による雇用への不安から、まずは多くのヨーロッパ諸国が労働組合に後押しされて年次有給休暇を保証する国家政策を採用し始め、その影響がアメリカにおける組合の態度を軟化させます。このとき、フランクリン・ルーズベルト大統領政権下で労働長官を務めていたフランシス・パーキンスは労働省に有給休暇についての調査を命じ、全国的な法制化を目指していました。

パーキンズは有給休暇の推進派で、有給休暇が単なる目標ではなく必要不可欠なものであり、労働者の健康的な生活にとって重要な要素であることを頻繁に語っていたとのこと。しかし、多くのアメリカ人が仕事を失い飢えていた当時、パーキンスは代わりに労働時間の短縮や最低賃金の底上げ、児童労働の禁止に焦点を当て、全国的な有給休暇政策を追求するのではなく、契約の一環として労働者が使用者と有給休暇の交渉を行うという労働組合の意見を支持。パーキンスの努力が実を結び、1945年にパーキンスが労働省を去る頃には、アメリカの労働人口の3分の1が組合に加入していたとのことです。

その後30年間、アメリカでは多くの個人雇用主が2週間の有給休暇を提供し、多くの組合契約でも有給休暇の付与が取り決められていました。しかし、その後この潮流は大きく向きを変え始めます。1970年、国際労働機関は毎年最低3週間の有給休暇を要求し、ヨーロッパ諸国の労働者は年次有給休暇の長期化を求め始めました。一方でアメリカでは労働組合が力を失い、賃金が低迷し始めることになります。結局、この後連邦法で有給休暇の付与が定められるには至っていません。



この解説においてシュルテ氏は「なぜアメリカでは有給休暇がないのか」という結論を記していませんが、ソーシャルニュースサイトのHacker Newsでは「個人が他者との間で自由に契約を結ぶべきであるという考えに大きく影響されて建国されたため、企業の自由な結社を妨げるような雇用主への義務を課すことに消極的である」というコメントや、「各州の権限に委ねられており、連邦政府にはあまり管轄権がないという他国にはあまりない習慣が原因だ」とするコメントなどが寄せられ、議論されています。

ペンシルベニア州立大学の労働経済学者、ロニー・ゴールデン氏は「アメリカでは常にレジャーや休暇に対する不快感があり、ステータスの証として仕事へのやる気を誇示する文化的バイアスがある」と指摘。アメリカ人労働者は、より多くの有給休暇を取得することよりも、より多くのお金を稼ぐことの方が優先事項であると考える傾向にあると述べています。



有給休暇への考えは一部の州で見直されつつあり、メイン州など複数の州で有給休暇を労働者に保証する法律を可決しているほか、メリーランド州でも有給休暇付与を義務づける法律が可決されており、2025年から施行予定となっています。