●アドリブに物語を委ねる“ギャンブル”

劇団ひとり、真木よう子、門脇麦らが出演するDMM TVのバラエティコンテンツ『横道ドラゴン』が配信をスタートした。東京都内で発生する殺人事件の解決に挑むクライム・サスペンスだが、捜査シーンが台本なしのアドリブで展開され、そこで飛び出したセリフや要素を盛り込んだ脚本を、上田誠氏(ヨーロッパ企画)がその場で執筆。この脚本で1時間後にはドラマシーンを撮影…を毎話繰り返していくという前代未聞のスタイルで制作されている。

プロットも結末も用意せずに撮影に臨むという、ある種“ギャンブル”とも言える今作の企画・総合演出を務めるのは、日本テレビで『有吉ゼミ』『マツコ会議』『有吉の壁』などを手がけ、昨年末に独立した橋本和明氏(WOKASHI)。なぜ、制作者として非常にリスキーな作品に挑んだのか。そして、この特殊な手法だからこそ見えた役者陣のすごさ、しびれる制作現場の熱気などを聞いた――。

『横道ドラゴン』に出演する劇団ひとり (C)DMM TV

○■考察しようがないサスペンスを作りたい衝動に

今回の企画は、DMM TVでバラエティコンテンツを手がける大場剛氏からのラブコールがきっかけ。橋本氏のAD時代から20年弱の付き合いで、ドラマ『でっけぇ風呂場で待ってます』(日本テレビ)ではともに監督を務めていた大場氏だが、制作会社・極東電視台からDMM TVに移籍していた。

その誘いを受け、橋本氏の中にメイン出演者として浮かんだのが、劇団ひとり。「昔から大好きで、一緒にお仕事してみたいなと思ってたんです。2.5次元俳優たちの『ろくにんよれば町内会』というバラエティにひとりさんがゲストで来てくれて、帰りのエレベーターで“何か一緒にやりたいですね”と話をしたので、DMMさんのお話が来たときに“これだ!”と思って企画書を作りました」(橋本氏、以下同)と動き出した。

“アドリブによって結末が変わるクライム・サスペンス”という企画は、脚本・監督経験が豊富な劇団ひとりがプレイヤーだからこそできるとも言えるフォーマットだが、どのように成立したのか。

「今、ドラマはめちゃくちゃ考え抜かれた伏線を張って、みんなに考察をしてもらう時代じゃないですか。でも僕らはバラエティ班なので、逆に伏線の張りようがない、考察のしようがないサスペンスができないかなという、ちょっとよろしくない衝動が抑えられなくなってきて(笑)。演者さんにアドリブしてもらって、そこから脚本を書いて、またアドリブしてもらって、脚本を書いて…という形で1本の物語になったら、すごくワクワクするものができるんじゃないかと思ったんです」

ここで大いに悩んだというのが、演者にどこまでのレベルでアドリブをしてもらうかということ。当初は想定台本をしっかり作った上で、それをアドリブで壊してストーリーが変わっていくという形も考えていたが、劇団ひとりに説明しに行くと、「ストーリーは全く知りたくない」ときっぱり。さらに、ベースとなる第1話の流れやキャストを説明しようとしても、「それも聞きたくない。共演者も現場で知りたい。セットもドアを開けて知りたい。僕はテレビの仕事が長いから、せっかく新しく配信でやるなら、スタッフも演者もヒリヒリするようなものをしたい」と、“完全な丸裸”で臨む決意が伝えられた。

結果として、ひとりに何も説明せずに帰ることになったが、橋本氏は「“こうしてほしい”という理想や、“こういうふうに犯人が自白してほしい”といった想定を作っておくなら、たしかにこの企画をやる意味はないと思うに至りました。制作側ではここまで思い切れないですが、ひとりさんの言葉があったからこそ、腹をくくることができたんです。あの打ち合わせがなかったら、もう少し無難に作っていたと思いますね」と、今作を方向づける大きなポイントだったと振り返る。

(C)DMM TV

○■「現場に行くのが憂鬱な気持ちになる(笑)」

しかしこの決断によって、本番初日を迎えるまで、苦悩の日々を送ることになった。

「ディレクターとしては、めちゃくちゃ怖い仕事です。僕も20年やってるので、バラエティでも“ここまで決めておけばこれぐらいの撮れ高がある”とか、“こういう台本があれば面白くなる”といった経験値を使いたい衝動がめちゃくちゃあるんですけど、それが許されず、アドリブが始まったらハラハラしながら見守ることしかできない。DMM TVさんにこれだけ予算をかけてもらって、番組として成立しなかったらどう謝ろうかとか、ひとりさんにも真木さんにも門脇麦さんにも申し訳が立たない…なんてことを考えていて、ここ最近で現場に行くのが一番憂鬱な気持ちになる仕事でした(笑)」

また、このフォーマットを導入することによって負担が大きく増えたのが、脚本の上田誠氏だ。

「上田さんには、最初に“しっかりドラマの脚本を書いてください。間をアドリブでやるんで”とオファーしたんですが、ひとりさんと話した結果、事前の脚本がほぼなくなってしまったわけです。そのことを上田さんに電話して、“ごめんなさい、撮影現場に来てもらって、その場で台本を書いてほしいんです。しかも1日で1話撮りきらなきゃいけないから、アドリブが終わって1時間ぐらいしか執筆の時間はないと思います”と伝えたら、3秒ぐらい沈黙があって、“分かりました”と言ってくれました(笑)」

番組内で「最悪ですね、これは(笑)」と苦笑いする姿も見られる上田氏だが、実際に現場に入ると、彼の“狂気”を感じたという。

「アドリブを見ながら細かくメモを取って、頭の中で構成して、次のドラマ部分の脚本を1時間もかからないうちに書いて“橋本さん、これです”と台本をくれるんです。セリフは気が利いてるし、構造も緻密なのに、とにかく書くのが速い。これが悩むタイプの脚本家だったら、大変なことになっていたと思います」

以前、上田氏にインタビューした際、“与えられた条件の中で整合性を合わせて、苦しい状況の中で解を出す”という作業に燃えると話していたが、今回の現場はその最たるものだっただろう。

●誰も出てくれないんじゃないかという恐怖

キャラクターについて決まっているのは、その役の職業や置かれている状況のみ。バックボーンや言ってほしいセリフなども、制作側では一切考えられていない。

真木は耳に無線の小道具を付けているが、スタッフからの指示が入るイヤホンの機能は全くない。アドリブシーンは1回も止めず、撮り直しもしないと決めることで緊張感を高め、撮影を終わらせるのは、「30分ぐらい経ったら『終わってください』というカンペを1枚出すだけ」で、収束の仕方まで完全に任せた。

それだけに、「普通のドラマだったら、大体の全体のプロットやあらすじ、出演する回の脚本、役どころの資料があってオファーするんですけど、“劇団ひとりさんが出ます”、“アドリブで次の話が決まります”、“脚本は当日お渡しできると思います”、“その先はなるようになると思いますんで”っていうめちゃくちゃな説明しかできなくて、これは誰も出てくれないんじゃないかという恐怖がありました(笑)」という極めてハードルの高いキャスティング作業に。

そんな条件下でも、劇団ひとりのバディ役を演じる真木と門脇をはじめ、芸人だけでなく俳優陣にもオファーしたのは、「芸人さんしかいないと“笑い”だけに向かうので、それはそれで面白いと思うんですけど、ストーリーが転がっていくダイナミックさを見せたかったんです」という理由から。真木は、『ボイス 110緊急指令室』(日本テレビ)などで長年一緒に仕事をして信頼を寄せるAX-ONの戸倉亮爾プロデューサーからのオファーということで、この突拍子もない企画を引き受けた。

真木よう子

門脇麦

(C)DMM TV

アドリブで完全に任せるからには、メイン以外も盤石の出演者で臨んだ。「特に第1話は、岩崎う大さん(かもめんたる)やヒコロヒーさんなど、“演出気質”のある芸人さんにお願いしました。その場で物語を生成して、自分で演出をかけられる人にしないと、最初なので大変だなと思って、わりとメインどころの役割を担ってもらいました」と狙いを語る。

制作側からストーリーを委ねられるという重圧のかかる現場に、果敢に挑んだ劇団ひとりら出演者たちには、「コント師の皆さんも俳優の皆さんも、よくこんな怖いことができるなと思って、すごいなと思いながら見てました。特に真木さんと門脇さんは、どんなボールにもひるまず対応して物語を膨らませてもらって、凄味も出ていて、ここまでやってくださるとは、本当にありがたいです。アドリブをやりながらお話がちゃんと生成されて、何かしら物語が進んでいくので、本当に皆さん手練れだなと思いました」と感服。

さらに、「“あの人の行方はどこなのか”、“あの組織の正体は何なのか”など、演者の皆さんが適当に言ったことが雪だるま式にどんどん膨らんでいって、壮大なサスペンスになっていくのが、めちゃくちゃ面白くて、不思議とだんだん深い物語に見えてくるんです」と言うように、出演者と上田氏の掛け算によって今作ならではの醍醐味が味わえた。

アドリブシーンで“スタッフ笑い”は入れないと判断。「スタッフが笑うことって、“ここで面白がってください”とガイドになるのですが、この作品に関してはそれもしないほうがいいと思いました」と、ドラマシーンと地続きにすることに徹している。

○■『有吉の壁』に通じる根底の発想

見事に転がっていくアドリブもあれば、当然、そうもいかなかい場面もあり、「上手くいった日は意気揚々と帰って、上手くいかなかった日は撮影場所の近くのファミレスで大場さんと上田さんと反省会をするという繰り返しでした」と回想。

「奇跡も起きるし、大失敗も起きるんですけど、それも含めてドキュメンタリーとして楽しんでいただけたら思うんです。“これは何を見せられてるんだ!?”という違和感で不思議なものを見てる感覚になるし、何だか分からないからこその勢いが出る。ひとりさんも言っていたのですが、万人に愛される作品ではなく、好きな人がすごく好きになってくれる作品だと思うんです。僕はすごく好きな作品になったのですが、そこが他の番組と似ても似つかないものになっているところだと思います」と手応えを語った。

このように、“どう展開していくか読めない”感覚は、『有吉の壁』を立ち上げたときを思い出したのだそう。

「最初に、熱海で『一般人の壁』をやったときは、自分でも何を作っているのかよく分からなくて、ロケの間も“これ何撮ってるんだっけ?”と思ったくらいなんですけど(笑)、終わった後に“こういうことができるんだ!”という熱狂があったんです。制作側が舞台までを用意して、そこで演者さんに思い切り暴れてもらって、あとは編集で形にするというのは、根底の発想として『有吉の壁』と近いものがあるかもしれませんね」

●バラエティ&ドラマのスタッフがプロの技を発揮

ドラマパートは、制作会社・AX-ONの本職のドラマ制作チームが担当したが、クランクインの時点で手元にあった台本は、冒頭のわずか3ページのみ。「ドラマチームの人たちがずっと『これは何が始まるんだ?』と、怪訝(けげん)な顔をしていました(笑)」と、しびれる現場だった。

また、いくら上田氏の脚本の執筆スピードが速くても、出演者がドラマパートのセリフを完全に覚える時間は確保されていない。そこで、「現場にプリンターを持ち込んで、セリフを即座にプリントアウトして、カンペを作って出していました。それを見ているのを感じさせない演者さん、カメラに映らないところで出すバラエティの制作チーム、そしてすぐにカメラ割りを決める山口淳太監督と岡本充史監督、『教場』なども撮られた小松忠信カメラマンと、皆さんの技量が本当にすごいんです」といい、バラエティ・ドラマ双方の制作チームがタッグを組んでプロの技が発揮されている。

アドリブを受けて対応するのは、小道具や撮影場所の準備も同様。架空の店の名前がポロッと出ればその看板を作り、火曜の撮影で新たなロケ場所が必要になれば、水・木曜でリサーチ、金・土曜にロケハンし、次の火曜には撮影をするというサイクルで進んでいった。

撮影初日を迎えるまで、「僕も含め、みんなずっと意味が分からないまま準備していたと思います(笑)」というが、それでも「本当に誰も文句ひとつ言わずに、“こういう企画なんでしょ”と理解して対応してくれたからこそできた番組だと思います」と、チームが一丸になることで成立することができたのだ。

(C)DMM TV

○■用途不明の歌舞伎町シーンをひたすら撮影

ドラマシーンとアドリブシーンを繰り返す中で、劇団ひとりが新宿・歌舞伎町でロケした場面が随所に流れる。それは、演じる反田龍児の「真実にたどり着くためなら非道な捜査もいとわないアウトロー刑事」という役柄を示すためだが、さすがにこのシーンまでアドリブを受けてロケに繰り出すことはできない。

そこで、「歌舞伎町のロケは、とりあえずどこで使うか分からないけど、雰囲気作って1人で歩いたり、夜景を眺めたり、上田さんがいっぱい書いた“どこにいるんだ? 子猫ちゃん”みたいなそれっぽいセリフを読んでもらったりして、1日でまとめ撮りしました(笑)」と、とにかく映像素材を作る作戦を敢行。

「こんな意味が分からないシーン、真面目な俳優さんだったら『何言ってるんだ!?』ってなりますよね(笑)。そういう、普通は怒られるだろうなという撮り方をいっぱいしてる作品なので、そういう点も踏まえて見てもらえると楽しめると思います」と予告している。

●日テレ退社から半年…リアルと好奇心を軸にコンテンツ制作

番組のフォーマット自体に加え、出演者へのオファーの仕方、制作の進め方など、「地上波では絶対できなかったと思います」という今作。橋本氏は、渡部建を一般人の結婚披露宴にサプライズ登場させたり、山本裕典がホストになっていくら稼げるかを検証したりといった企画を展開する『愛のハイエナ』(ABEMA)なども手がけているが、「日本テレビを辞めて半年が経って、もちろん地上波が好きだから今も楽しくやってるんですけど、せっかく配信をやるなら地上波でやれないことの答えを探して、試して、一喜一憂している時期にいますね」と語る。

さらに、古巣・日テレでは、オーディションで選ばれた若者7人がアーティストとして格闘して成長していく過程を描いていく『真夜中の推し活〜S/TEAM BLOOD〜』(毎週火曜24:59〜)が7月から、SNSで活躍するKOL(Key Opinion Leader)を“通販プレゼンター”に育成する『日テレポシュレPresents BUTSUYOKU LAB.』(毎月1回深夜)が8月からスタート。非常に幅広いジャンルを手がけているが、そこに通底する1つのキーワードが「リアル」だ。

「若者がデビューしてアーティストになっていく姿を追いかけたり、KOLが商品プレゼン動画を作って本当に通販をしたり、『横道ドラゴン』もリアルを突き詰めたのがアドリブだったりするんです。テレビで培ったコンテンツの制作力や演出力の幅をどこまで広げられるかという作業を、いろんなベクトルでやっているというだけなので、他の人が見たらいろんなジャンルをやってると思われるのかもしれないですね」としつつ、「やっぱり新しいことや、ワクワクすること、今までやっていないことへの興味が強いので、その好奇心を軸にやりたいことをやっている感じです」と意識を話す。

昨年12月末に日テレ退社してから準備してきたものが、半年経って次々と形になって世に出てきたのが前述の番組で、「来年ぐらいにまたいろいろなことを一気にやりたいと思っているので、また準備期間に入って、吐き出す、ということの繰り返しですね」という仕事のサイクルに。

「テレビで学んだ時代の変化や視聴者の変化を読み取りながら、“スマホや配信で見るなら、ここまで変なものでも見てくれるかな”とか、コンテンツを広げるという戦いをやってる感じが、すごく面白いです」といい、独立後もクリエイターとしての活動が充実していることをうかがわせた。

橋本和明氏

●橋本和明1978年生まれ、大分県出身。東京大学大学院修了後、03年に日本テレビ放送網入社。『不可思議探偵団』『ニノさん』『マツコとマツコ』『マツコ会議』『卒業バカメンタリー』『Sexy Zoneのたった3日間で人生は変わるのか!?』などで企画・演出、18年・21年の『24時間テレビ』で総合演出を担当。『寝ないの?小山内三兄弟』『ナゾドキシアター「アシタを忘れないで」』『あいつが上手で下手が僕で』などドラマ・舞台の演出も手がける。22年12月末で日テレを退社し、個人会社「WOKASHI」を立ち上げてフリーに。現在は『有吉ゼミ』で演出、『有吉の壁』で監修を務めながら、『名アシスト有吉』(Netflix)、『愛のハイエナ』(ABEMA)、『真夜中の推し活〜S/TEAM BLOOD〜』『日テレポシュレPresents BUTSUYOKU LAB.』』(日テレ)を制作。Z世代をターゲットとしたマーケティングのトータルプロデュースを行うQREATION社の取締役も務める。