8万人超の少年が食い物にされていた…夜のキャンプ場でボーイスカウトが受けた性的虐待の実態
■賠償額は少なくとも約3300億円に
113年の歴史を持つ米ボーイスカウト連盟(ボーイスカウト・オブ・アメリカ、以下「BSA」)で、過去数十年間にわたり少年たちへの性的虐待が繰り返されていた。海外メディアは、当時少年だった被害者の証言を相次いで報じている。
米ニューヨーク・タイムズ紙によると、BSAは2020年2月、性的虐待を受けていたとする訴訟が相次いだことで、米連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当する)の適用を申請。同紙は、過去80年間に性的虐待を受けたとする元スカウトたちの申し立てが約8万2000件寄せられ、賠償額は少なくとも24億5000万ドル(約3300億円)に上ると報じている。
ボーイスカウトは1907年のイギリスで発祥した組織であり、キャンプやハイキング、集会や街頭での慈善募金活動などを通じ、自立性や社会性の発達、サバイバル知識の習得、そして健やかな心身の成長などを目指す。
米タイム誌によるとBSAは、会員数が減少傾向にある現在でも、
ボーイスカウトで一体何が行われていたのか。タイム誌は、被害者のひとり、ジェームズ・クレッチマーさんの事例を詳しく報じている。
■みんなが寝静まるとテントの中で異変が起きた
取材当時56歳のクレッチマーさんは性的虐待を受けた当時、11〜12歳だったようだ。同年代のほかのスカウト仲間とともに、ボーイスカウトキャンプで行われた宝探しのイベントに参加していた。
リーダーの男は、少年たちに別々の座標を与え、最も早く到達したスカウトにご褒美としてキャンディーを与えると約束していた。見事一番乗りを果たしたクレッチマーさんだが、「振り返ってみると明らかですが、その座標はすべて、スカウトリーダーのテントにつながっていたんです」と語る。
夜になって皆がテントで寝静まると、異変が起きた。羽毛の詰まった寝袋が暑すぎることから、クレッチマーさんはファスナーを開けたまま寝ていたという。
「すると首筋に息を感じ、誰かに愛撫(あいぶ)されるのを感じました。私はただ固まって、何事もなかったかのようなふりをしました。もしかしたら過ぎ去ってくれるかもしれないと願ったんです」
このような行為は4〜6カ月ほど続いた、とクレッチマーさんは振り返る。心に負った傷は大人になっても晴れることなく、何年もカウンセリングを受け、抗うつ剤に頼る日々が続いたという。「4回結婚し、離婚しました」ともクレッチマーさんは告白している。
■キャンプファイヤーで行われた「パンツパーティー」
ひとけのない山中で活動する特性上、スカウトをねらった性的虐待の多くはキャンプ地で多く発生している。健全な精神を育むはずのキャンプ地が、開けた密室と化してしまっているようだ。
米シンクタンクのチャイルドUSAは、性的虐待の51.5%がキャンプ施設である「スカウトキャンプ」で発生しているとの調査結果を公表している。その他スカウト活動に関連したケースも14.3%を占めるという。
チャイルドUSAによると被害者の77.5%が、直接素肌への接触を受けた。同報告書は被害者たちに直接状況を尋ねた結果として、「その他の具体的な行為としては、オーラルセックス、自慰行為、挿入行為がある」とも指摘する。このうち複数回答で、オーラルセックスを伴ったケースが約半数、自慰行為が約半数、挿入行為が約3分の1報告されているという。
ほかのスカウトたちの面前で、公然と行われる行為もあるようだ。タイム誌は別の事例として、ボランティアで参加した人物が性的虐待を目撃したケースを報じている。
それによるとこの隊のリーダーは、中学生ほどの年齢のスカウトたちと共に、森の中でキャンプファイヤーを囲んでいた。するとリーダーは突然、立ち上がって互いにズボンを下ろすよう促したという。「パンツパーティー」と呼ばれるこの指令は、遠出の際に頻繁に起きていた。
同誌によるとこのボランティアは、別のおぞましい発言も見聞きしている。ボーイスカウトの集会へと車で送っている途中、あるスカウトに彼女ができたことを聞きつけた隊長が、「彼女とセックスしたら5ドル払うよ」と持ちかけたという。
■米シンクタンク「シャワー室や教会地下に連れ込んでいる」
こうした性的虐待は、個々のリーダーが個人的な性的欲求を満たすために行った行為であり、BSAとして組織的に実施したことではない。
しかし、多発する告発を受けてチャイルドUSAは、「我々の主な調査結果として、ボーイスカウトは安全でない環境を子供たちに提供してきた」とも指摘している。
報告書は、自然探索やサバイバルスキルの開発というねらいは「立派である」と肯定しながらも、「限られた大人たちしかいない自然の中に子供たちを連れ込み、監視もなく子供たちを保護するスペースもない。子供たちを弱い状況に置き、加害者からの虐待を受けやすいシナリオにさらしたのである」と糾弾している。
チャイルドUSAは報告書を通じ、「スカウト活動で子供たちは、大人たちがいる安全なコミュニティから連れ出され、シャワー室や教会の地下室などの共用空間に連れ込まれ、州境を越えて自宅から遠く離れた場所に連れてこられる」と述べ、無力な状況に置かれることが日常茶飯事になっているとも非難した。
■ベッドに横になるよう促し、「セックスについて教えてあげる」
事例は枚挙に暇がない。AP通信は4月22日、東海岸デラウェア州の元リーダーが、児童に対する連続性的虐待で起訴されたと報じた。ニューアーク警察によると、現在66歳の男性被告は、1980年代後半にスカウトへの性的虐待を繰り返していたという。
元リーダーは少年を頻繁に自宅に招くようになり、
同件を報じるタイム誌によると、被害少年は当時12歳だった。当時の隊長だった被告は、方位磁針の使い方やキャンプでの火の起こし方を教えたのと同じ要領で、セックスについて教えると持ちかけたという。そして、自宅に招き、ベッドに横たわるよう促した。
被告は「セックスについて学べる、よくある方法だよ」と説き伏せたが、「だけど僕がやっていることを、親には言うなよ」とも釘を刺したという。ひととおり猥褻な話を済ませると、自身のズボンを下ろして自慰行為にふけり、終わると部屋を出て行った。
被害者の少年は4年後の16歳になるまで、両親にさえ被害を打ち明けられなかったという。「ただただ家に帰りたかったです」と当時の恐怖を語る。
■連盟の「変態性欲ファイル」に書かれた7800人分の名前
タイム誌によるとBSAは、以前から小児性愛者の存在を認識してきたようだ。団体内で「Pファイル」あるいは「変態性欲(Perversion)ファイル」と呼ばれる文書があり、そこには7800人の加害者の名前が並んでいたという。
ところが同誌は、この数でさえ実態には遠いおそれがあると指摘する。最近名乗り出た被害者たちの事例と照合すると、新たに判明した加害者の90%は、このリストに掲載されていないことが判明した。単純に比率を適用すると、実際にはこれまで判明している7800人の10倍の加害者が存在する計算だ。
また、事件のデリケートな性質上、被害をまだ告白できていないスカウトたちも多く存在すると思われる。チャイルドUSAは、性的虐待を受けたスカウトたちが被害を告白できるのは、平均して29年後であるとの調査結果をまとめている。
被害者の生活は、性被害を契機に一変している。チャイルドUSAによると被害者の99.7%が、虐待が生活に長期的な悪影響を及ぼしたと回答している。半数を超える59.4%が、アルコールや薬物の乱用に苦しんでいると答えた。また、76.5%は、親密な関係を築くことに恐怖を感じているという。
同調査によると、加害者は主にリーダーである模様だ。加害者の82.0%がリーダーであり、未成年のスカウトが加害者に回る事例は3.8%に限られる。近年ではBSAは女性スカウトの加入も受け付けているものの、報告されている事例はほぼ男性の同性間での性的虐待となっている。
■被害申し立て8万件超、賠償額は3300億円に上るとの指摘も
BSAに対しては数十年前に遡り、性的虐待を受けていたとする訴訟が相次いでいた。同団体は2020年2月、米連邦破産法11条の適用を東部デラウェア州の裁判所に申請した。裁判所の命令で債権の取り立てが停止され、被害者との和解に向けた協議を進めていた。
BSAは4月19日、連邦破産法第11章から脱却したと発表した。事件の生存者の85%の支持を得、裁判所が承認した再建計画に基づき被害者への補償基金が設立されるという。
ただし、BSAの進む道は依然として険しい。ペンシルベニア州立大学のマリー・ライリー教授(法学)は、米メディアのカンバセーションに寄稿し、事件を解説している。
ライリー教授は、「ボーイスカウトは破産事件の後、不確かな未来に直面している」と指摘する。過去80年間に性的虐待を受けたとする元スカウトたちの申し立てが約8万2000件寄せられており、賠償額は少なくとも24億5000万ドル(約3300億円)に上るうえ、団体が提示した1人3500ドル(約47万円)の和解オプションに合意していない事例がまだ7万5000件ほど残っており、金銭的にも時間的にも莫大(ばくだい)なコストを要するという。
■心の傷を負わせた大人たちの罪深さ
世界のボーイスカウトは名誉を重んじるよう教育されている。が、リーダーたち自身の愚かな行動により、BSAの名誉は地に落ちた。
各地方支部は、本来はスカウトの活動の場に充てるための山林を所有しているが、これらを売り払うことも視野に入ってきている模様だ。「その大部分を喪失する可能性がある」とライリー氏は指摘する。しかし真の問題は金銭ではなく、スカウトたちの心に残った、消えることのない傷跡だ。
BSAの全国委員長は、「スカウト活動中に被害に遭い、底知れぬ痛みを抱えていることに心を痛めています」との声明を発表しているが、一度負ったトラウマはそう易々と消えるものではない。
親の目の届かない自然のなかで少年を虐待してきた、一部リーダーたちの罪は重い。信頼の回復には数十年単位の時間を要することだろう。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)