ジャニーズ性加害は「緻密で悪質」 被害を認識しづらい「男子」特有の実態とは?
ジャニーズ事務所の創業者、ジャニー喜多川氏(享年87)による性加害問題をめぐり、被害者たちが相次いで声をあげている。
元ジャニーズJr.のカウアン・オカモトさんと橋田康さんは、記者会見を開いて、当時の被害を告白した。ジャニー氏のマンションや宿泊先のホテルで性器を触られるなどし、翌日1万円を手渡しで渡されたという。
世界で広がった「#MeToo運動」をはじめ、この数年、多くの女性が性被害について声を上げてきた。一方で、男性(男子)の性被害の実態については、まだまだ知られていない。
見過ごされがちな男子の性被害とは、どういうものか。性被害を受けた子どもに対し、大人はどうすればいいのか。子どものトラウマにくわしい武蔵野大学の藤森和美名誉教授に聞いた。
⚫︎数が特定しにくい性暴力被害
子どもへの性被害は、どのくらい起きているのだろうか。犯罪白書(2015年)によると、2014年の強姦被害は1250件で、0〜19歳の被害者は40.5%。2014年の強制わいせつ被害は7400件で、男性の被害のうち0〜19歳の被害は85.9%、女性の被害のうち0〜19歳の被害は49.2%。男子を被害者とする強制わいせつ被害のほとんどは、子ども時代であることがうかがえる。
また、内閣府の「男女間における暴力に関する調査」(令和2年度)では、「無理やりに性交等をされた被害経験」がある人に、被害にあった時期を複数回答で尋ねたところ、男女ともに20代がもっとも多かった。
同じく内閣府がおこなった「若年層の性暴力被害の実態に関するオンラインアンケート」(2022年)では、16〜19歳の男性で身体接触を伴う性暴力被害にあったのは3.5%、性交を伴う被害は0.5%だった。
これらの統計を一律に比較することはできないが、一つ言えるのは、統計は氷山の一角にすぎないということだ。性被害は警察に相談することさえためらう人が多い。藤森教授は「統計が実態を反映しているわけではない」と強調する。
「性被害の件数は、非常に特定しにくく、実数はわかりません。臨床支援をしていても、警察などに報告される被害を見ても、圧倒的に女子の性被害が多いと感じています。ただ、今回改めて、男子の性被害がクローズアップされたことで、他の方も声をあげやすくなるのではないでしょうか。前々から、被害の訴え方がわからない男子がたくさんいるんだろうと思っていました」
⚫︎常にあるのは「支配と服従の関係」
1965年から週刊誌を中心に報道されてきたジャニー喜多川氏による性加害問題。被害者が男子であり、同性間であることから、「セクシャルマイノリティの特殊な加害」と捉える人もいるかもしれない。
しかし、藤森教授は「性加害の問題は、セクシュアリティや性欲に関連していると考えられがちですが、パワーゲームの一環であり、支配と服従の関係を作るための方法の1つなんです」と説明する。
「自分の思うがままにできるという意味で、支配と服従の関係が常にあります。支配というと脅迫的なイメージを持ちますが、『よしよしする』『可愛がる』という意味の支配も含まれています。おもちゃや道具のように、子どもをコントロールするのです」
その一例が、同世代間で起こるいじめの一環としての性暴力だ。男子が男子をいじめるときに性的に辱めるために、パンツをずらして性的(類似)行為をするケースもあるという。
ジャニー喜多川氏については「トップにいる中で、自分がすごいんだという価値観を植え付けた上での加害行為ですので、緻密で悪質です」と断じる。
「被害者が今も加害者に愛着を持つ理由は、加害者による手なづけ(グルーミング)によるものです。自分の中で怒りの感情がまだ出しきれず、どこか怒りをコントロールしようとして、許しのような言葉が発されているんだと思います。被害者はそれが何十年経っても抜けていないと感じます」
⚫︎「男である自分が」被害認識しづらく
性被害は、相談や支援につながるまでに時間がかかることが多い。特に、被害時の年齢が幼いほど、相談までに年数がかかるという調査結果もある。
さらに男子の場合は、性交渉を済ませることが誇らしいことと捉えたり、「男である自分が性被害など受けるわけがない」と思ったりして、被害と認識していないこともあるという。
「子どものときに家庭教師の先生や、頼りにしていた相談相手から性被害にあい、嫌で怖かったけれども、身体的な快感や性的興奮を感じていたから被害ではない、と考えている青年たちもいました。『それは被害なんだよ』と教えるのが大変なんです。男性でも女性でも、生理的な反応があったとしても、同意年齢に年齢に達していない子どもであったり、同意年齢に達していても積極的な同意がなければレイプであるということを伝えないといけません」(藤森教授)
性暴力が子どもに及ぼす影響は大きい。不眠など身体に症状があらわれたり、過度に甘えるような退行、落ち着かないといった情緒不安定な反応も出る。
中にはフラッシュバックを起こさないようにと、何かに熱中する子もいるという。その1つがゲームだ。被害のことを考えずに済むように、夜遅くまでやりこむ。何も考えないうちに、ぱたっと眠れるようにするためだ。
こうした症状へのケアがなされないと、不安定で危険な行動にもつながっていく。
「自尊心を失うような被害を受け、自分でそうした人間関係を再現してしまうこともあります。相手を支配しようとしたり、自分の身を必要以上に投げ出したりしないと、関係性が作れないのではないかと考えるんですね。暴力や性的な言動が現れることもあります。その時に嫌だと言えなかった自分への怒りの感情もコントロールできなくて、怒り始めてしまうこともあるんです」(藤森教授)
⚫︎周りの大人ができることは?
性被害を受けた子どもに対して、周りの大人は何ができるのだろうか。藤森教授は、男子の被害についても「性的ないたずら」ではなく「性暴力」と捉えてほしいと話す。
「親御さんに相談しても、『そのくらい』と言われてしまったという男子もいます。性交同意年齢にも達していない中で、本人の同意なしに力で支配される。身体に侵襲し人間としての尊厳を奪われる犯罪で、人格形成に大きな影響を及ぼします」
子どもが被害について触れなくなったことで、「もう大丈夫です。大きな問題が起きたらご相談します」と話す親も多いという。ただ、触れないことは、症状の1つだと指摘する。
「話題を避けること自体が回避という症状です。身近な大人が異変をキャッチして流さないことが大切です。できれば子どもも一緒に、カウンセラーに一度行ってガイダンス(心理教育)を受けてほしいと思います。カウンセラーと話すうちに、実は眠れていない、怖い夢を見るとか 、被害を受けてからネバネバするものやヨーグルトが食べられない、といった被害を受けた子ども自身や保護者も気がつかなかった声が出てきます」
子どもが被害を訴えてきた時には、「よく言えたね。勇気を出して言ってくれてありがとう」と受けとめ、詳しいヒアリングは専門家に任せるのが良いという。児童相談所や性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センターからつながることができる。
「親も『男の子だから』と安心してはいけないと思います。被害によっては、検査もしなければいけません。そして、子どもを預ける場所は本当に信頼できるところかどうか。親が盲信するのではなく、見定める必要があると思います」
【プロフィール】 藤森和美(ふじもり・かずみ)。武蔵野大学名誉教授。博士(人間科学)、公認心理師、臨床心理士。専門は臨床心理学、子どものトラウマ、被害者支援、学校緊急支援など。著書に「子どもへの性暴力ーその理解と支援」(共編著・誠信書房)、「学校トラウマの実際と対応 児童・生徒への支援と理解」(編著・誠信書房)など。