元Jリーガーも呼ぶ「公立中」の不登校支援の現場
不登校児童の増加は、学校現場での大きな課題といわれています(筆者撮影)
今、学校現場でいわれている大きな問題の一つが、不登校児童・生徒の増加だ。コロナ禍でさらに増え、現在小中学生の不登校は過去最高の24万人にのぼるといわれている。そのような中で独自の取り組みをしている公立中学校がある。学校内にとどまらず、外部との接点を積極的に持っているのも特徴だ。その様子を取材した。
元Jリーガーが指導
中学校の卒業式を翌月に控えた2月14日、横浜市内にある鴨居中学校(長島和広校長)の体育館では、小ぢんまりとしたサッカー教室が行われていた。
生徒たち5人ほどを相手に、数人の指導者たちがパスやシュート練習をやっている。最初は動きが固かった生徒たちも、体がほぐれてくると次第に笑顔が出てきた。
指導者の中で、一際キレのいい動きをしている男性がいる。元Jリーガーの波戸(はと)康広氏だ。
このサッカー教室は、横浜F・マリノスのホームタウン活動を担っているF・マリノススポーツクラブが、同校の「和(なご)みルーム」に登録している生徒を対象に実施したものだ。
「和みルーム」とは、同校の特別支援教室の名称で、集団学習への参加が難しい子どもが一時的に落ち着いた環境で学習するためのスペースである。
横浜市では市内の全小・中・義務教育学校に設置されているが、取り組み方、内容などは学校に任されている。鴨居中学校のように、不登校生徒の支援を主とし、専任の指導員がいて、フリースクールのような先進的な取り組みをしている例はまだ少ない。そしてこの「和みルーム」の特徴は校内の活動だけでなく、外部との接点を増やそうとしている点にもある。
この日のサッカー教室も、普段の生活で運動する機会が少ない「和みルーム」の生徒たちの課題を解決するために企画されたもので、この日が4回目。今年度最終回だったため、スペシャルゲストとして現在横浜F・マリノスアンバサダーを務める波戸氏が来校したのだ。
サッカー教室終了後には、波戸氏による講話も
波戸氏は、小学1年からサッカーを始め、ワールドカップのマラドーナの得点シーンをみて、「自分もプロのサッカー選手になりたい」と思ったこと、高校卒業してすぐにプロデビュー、日本代表まで上りつめたが、実は中学時代にいじめを受けて誰にも言えない苦悩を抱えていたこと、それをどう克服していったのか、実体験を披露。
「たとえ結果が出なくても努力は成長を約束してくれる」というメッセージを生徒たちは真剣な眼差しで聞いていた。
このサッカー教室を企画し、この日も様子を見守っていたF・マリノススポーツクラブの域連携本部の芝崎啓氏はこう語る。
「もともと私たちはプロサッカークラブとして、スポーツが持つ力を信じて地域社会の課題を解決してくことも大きなミッションだと思っています。
ですから、このように地域の子どもたちに役に立つ企画なら積極的にやっていきたいと考えているんです。学校との関わりだけでなく、老若男女、障害の有無問わず、誰でも気軽にスポーツを楽しめる環境づくりを目指しています。
波戸アンバサダーはマリノスの活動のみならず、JFA(日本サッカー協会)の“夢先生”として全国で講話を行っています。一流選手のリアルな体験は、感受性豊かな時期の子どもたちに、少なからず心に響いているのではと思っています」
このサッカー教室は、同校の体育教師が前任校でたまたま横浜F・マリノスのホームタウン担当と知り合いになったことから話が進んだという。
「和みルームの生徒たちは特に、外部の人と関わる機会を作ることを心掛けています。ですから、先生たちの個人的なつながりの中でいろいろな話がくることも大いに歓迎しています」(長島校長)
それを実証するかのように、翌週の2月22日には和みルームの生徒たちは東京のオフィス街、日本橋にいた。この日は、日本橋に本社があるIT会社のサイボウズ(青野慶久社長)の会社見学だったのだ。
サイボウズのオフィスを見学した(鴨居中学校提供)
「100人いれば100通りの働き方がある」を掲げ、多様な働き方を推進していることで有名なサイボウズのオフィスは、日本橋の高層オフィスタワーの上階にあり、内部の様子も普通の会社と一味も二味も違っていた。
オフィスの入り口には「サイボウズ樹」と名付けられた樹の周りに大きなぬいぐるみの動物が多数置かれ、まるで公園のよう。通常のデスクや会議スペースのほかに、カフェやバーがあったり、ハンモックが吊ってあったり。そのような中、思い思いの場所でパソコンを広げて仕事をする社員たち。初めて見る景色に生徒たちは目を丸くしていた。
オフィスをひと回り見学した後、「なんでもいいから感想を一言ずつ言ってみよう」と先生に促されると、「自由な感じがした」「いい意味で変な会社だと思った」「こんな会社に入りたいと思った」など、各々の素直な感想が飛び出した。
同行した長島校長は、「みんなが働きやすくなるような工夫がいろいろあったね。みんなもこれを参考にして、どうしたら学校がもっと居やすい場所になるか考えて、提案してもいいんじゃないかな。ハンモックは吊れないかもしれないけどね(笑)」と生徒に語りかけていた。
なぜ不登校生徒の支援をするのか
今回のオフィス訪問の経緯をサイボウズ社長室の前田小百合さんに聞いた。
――オフィス訪問実現のきっかけは?
もともと鴨居中は2019〜2021年度に経産省主催の「未来の教室実証事業」の実証校になり、ICTを使った学習環境をいち早く整備した学校として知られていました。当時の校長である齋藤浩司前校長とお話しする中で、「和みルーム」の存在も知りました。
昨年、齋藤先生から現校長の長島先生を紹介いただき、「和みルーム」の生徒さんたちに何かお手伝いできないか、と相談をしたのが始まりです。
――なぜ、サイボウズが不登校生徒の支援を?
サイボウズは、『チームワークあふれる社会を創る』という目標に向かって活動をしていて、私は社長室に所属しています。社長室は、メンバーそれぞれが関心のある社会課題を解決するための取り組みをしていて、災害支援をしているチームもいれば、各地域の起業家を応援する交流会をしているチームもいます。
その中で私を含む5名のチームは『サイボウズらしいワクワクする子どもの学びの場を創ろう』というプロジェクトを立ち上げました。私自身、3人の子どもの親であり、PTA活動もやっていたので子育ての大変さ、学校の先生の忙しさは身にしみてわかっていました。
中でも、最近急増している不登校の子どもたちの問題については特に課題意識を持っていたので、なんとか一企業として関われないか、と考えたのです。
――いままでにどんな取り組みをやったのでしょうか?
まずはオンラインで生徒たちとお話ししたり、和みルームに見学に行ったり、少しずつ交流をしていくことからスタートしました。
その中で、弊社のクラウドサービスであるkintone(キントーン)を生徒たちのコミュニケーションの場に使うことを思いつきました。キントーンは、業務を構築するためのアプリですが、複数人で円滑にコミュニケーションが取れることも特徴です。
そこで私たちサイボウズの社員数名と校長先生、指導員の先生、和みルームの生徒たちでグループを作り、IT上でつながることができる小さな居場所を作ったのです。
不登校の生徒たちは横のつながりが希薄になりがちなので、その解消の一助にもなりますし、子どもたちとわれわれ企業人が直接コミュニケーションができるというのは、なかなか斬新な試みでもありました。
もちろん最初からうまくコミュニケーションができたわけではなく、最初は発信するのは大人ばかり、という時期もあったのですが、次第に「今日はこんなところに行ったよ」と発信をする子が出てきたり、同じ趣味の話で盛り上がることも出てきました。リアルの場だとうまく話せない子でも、デジタル上だといろいろ話せる、という子が出てきたのも発見でした。
そのような交流の中で、子どもたちから「会社に行ってみたい!」という提案が出て、今回の企画になりました。生徒さんたちの交流は私たちにとっても非常に学びになっています。いずれはサイボウズが学校を作りたい!と思っていて、和みルーム初め、いろんな学びの場と関わりながらどんなことができるか模索しています。
サイボウズのオフィス見学をキントーン上で提案する生徒(画像:サイボウズ提供)
「和みルーム」の生徒たちが外部との関わりを持つことにこだわる理由はどこにあるのだろうか。その理由を改めて長島校長に聞いた。
長島校長(筆者撮影)
「一口に不登校と言っても理由はそれぞれですし、教室に戻そうとしても、嫌な子もいますし、1人でないと落ち着かない子もいます。目的は、学校や通常学級に戻すことではないと考えています。
いちばんの狙いは自分の特性を知ったうえで、自分がどうすれば社会の中で生きていけるかしっかり考えて自分の道を自己決定できる人間になることです。
そのためには、学校以外の大人とできるだけ関わって、さまざまな生き方を見るのがいちばんだと思っています」(長島校長)
「不公平にならないか」
和みルームの子に手厚いのは逆に不公平にならないか、ということは教師たちの間でも議論になることがあったそうだが、長島校長は「不登校の子は普通に教室で学んでいる子以上に、早くから自分はどうやって生きていくべきかを考えていく必要があるんです。そこに特別な配慮があって当然です」ときっぱり語る。
鴨居中のように仕組みが整っていない学校に通う親ができることとは何か。長島校長は保護者たちにこうアドバイスする。
「わが子が普通の子と同じようなことができないと、保護者自身が精神的に負担を感じて不安になり、その不安が子どもに通じて『自分はダメなんじゃないか』と子どもが不安定になってしまうケースが非常に多いです。まずは保護者自身が「人生は1つではない」ということを意識してほしいです。
もしゲーム漬けになっている子がいたら一緒にゲームをしてみるのもよし、ゲームショーに行ってみようか、と誘ってみるのもいいかもしれない。うっとうしがられるならしばらく距離をとってみてもいい。とにかく保護者の方には子どもの生き方を否定せずに、1人の人間として接してほしいと思います」(長島校長)
人手不足といわれて久しい学校現場だが、今回の2例のように先生たちが積極的に外部とつながって外の力を借りることも大事だという。
「先生たちもマインドを変えていくことが必要です。今はオンラインでも学べる時代です。学校に来たいな、と思えるような学ぶ場としての魅力づくりをもっと考えていかなければいけないと思っています」(長島校長)
(江口 祐子 : 元AERA with Kids編集長)