マーリンズ戦に先発したメッツ・千賀滉大【写真:ロイター】

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立ち上がりは「ぐちゃぐちゃなフォームで投げていた」

■メッツ 5ー1 マーリンズ(日本時間3日・マイアミ)

 メッツの千賀滉大投手が2日(日本時間3日)、敵地マイアミでのマーリンズ戦でメジャーデビューを果たした。先発のマウンドに上がり、5回1/3を投げ3安打1失点8三振の内容で白星を挙げた。8奪三振は日本人投手のデビュー戦において4位タイとなり、球団新人では3位に並んだ。【マイアミ(米フロリダ州)=木崎英夫】

 オフにソフトバンクから海外FA権を行使して、5年総額7500万ドル(契約時のレート約102億円)の大型契約でメッツに移籍したが、ここまでには長い道のりがあった。千賀は2017年オフからメジャー挑戦を球団に直訴。話し合いを重ねてきたが、球団からはポスティング制度の利用が認められず6年の月日を要した。

 待ち焦がれた思いが心を揺らした。打者に立ち向かう気持ちを強く持って誰よりも先にフィールドに飛び出しても、燃えたぎる闘争心は押し込まれた。「本当に体が操れていない自分がわかっていた」。初回、抗しきれない感情がフォームに影を落とした。

 昨季、ツインズでア・リーグ首位打者に輝いた1番ルイス・アラエスにカウント2−2からフォークを中前に弾き返された。2番ホルヘ・ソレアの打席でフォークを暴投し、得点圏に走者を背負うと、97マイル(約156.1キロ)直球を右翼線に運ばれ先制点を献上した。「腕しか感覚がないような感じでぐちゃぐちゃなフォームで投げていた印象があります」。投球フォームのフェーズが微妙に狂った。2者連続四球で無死満塁のピンチを招く。ここでヘフナー投手コーチが間を取る。フランシスコ・リンドーア遊撃手の鼓舞する声にも背中を押され「しっかり地に足が着いている感じになった」。難局を迎えてようやくスイッチが入った。

「自分のやるべきことをマウンドでしっかり表現しなくちゃと思って。ピンチになって試合を壊すとヤバいと思ってから逆に冷静になれたかなと思います」

 バランスを取り直したフォームから繰り出す直球、スライダー、カッターの精度が上がり、宝刀フォークへの導線を敷いた。“お化けフォーク”で2者連続空振り三振を奪う。そして、両リーグを通じて最多の41盗塁を昨季マークした7番ジョン・ベルティを右飛に封じ最小失点で切り抜けた。

2回から6回1死までは1安打無失点…計88球で降板した

 2回からは見事に立て直した。降板する6回1死まで1安打無失点。奪った6個の三振はすべてフォーク。真骨頂の投球を披露し88球を投げきりマウンドを譲った。ヘフナー投手コーチによると、キャンプ最終調整となった3月27日の紅白戦で70球だったため、この日は100を投げさせないという制限を設けた。

 昨年11月、ラスベガスでのGM会議で千賀の移籍先を模索していたジョエル・ウルフ代理人は投手としての実力に加えこう添えている。

「甲子園を沸かせた貴公子でもドラフト1位指名されたわけもではない。彼は育成ドラフトで指名された日本人選手として初めてメジャーに来ることになる。何もないところから粉骨砕身して自分自身を磨き上げ、スターになった。我々が持つ彼への敬意は計り知れない」

 愛知県立蒲郡高校から2010年の育成ドラフト会議で、ソフトバンクから4巡目指名を受けて入団した千賀は、前日1日(同2日)の試合前、囲まれたニューヨークメディアにこう言った。

「日本で野球を仕事にするということすら思ってなかった人間だったので。本当に少しずつ(メジャーを目指す)心境が変わってきたという感じです」

 無名だった高校球児が日本プロ野球の育成からはい上がりメジャーリーグのマウンドに立つ――。物語にはヒューマンインタレストが忍んでいるからこそ、夢の初陣で主人公の心に達成感が滲み出たとしても、率直にして雄渾(ゆうこん)な真価の枠組みが歪むことはない。

初回の投球練習から異変「打者を迎える準備というところじゃなかった」

「いつもだったらすっと冷静になれる部分でも、やっぱり体がすごいヒートしているのが自分でも分かったので。本当に一杯一杯で、やっと1球目を投げられるっていうところが僕の中ですごく強くて。もう本当に何年も待ったことですし。そこに対して、これはもう仕方ないかなと思いながらマウンドにいて。戦うというよりも心がどこにあるんだろうみたいな感じだった」

 こう吐露した千賀だが、実は、その心の葛藤は初回の投球練習から出ていた。投じた8球の制球は乱れ、最後に投じたフォークはトーマス・ニド捕手の約1メートル手前でワンバウンドした。ここに水を向けると、右腕は潔く返した。

「あそこで逆に入りきれてない部分があったのが、おかしかったなぁっていうのは今思えばですかね……。やっぱりもっとバッターを迎える準備というところじゃなかったのかなというふうな印象です」

 積年の思いの硬直化をマウンドで解きほぐし、闘争心に変えた千賀滉大はメジャー初登板で白星をつかんだ。(木崎英夫 / Hideo Kizaki)